第十三章 その一 バジョット・バンジー釈放
ソーラータイムズの元記者であるバジョット・バンジーは、「赤い邪鬼」がディバート・アルターとリーム・レンダースの引き渡しを連邦政府に応じてもらえなかったのにも関わらず、何も行動を起こさない事に不審を抱いていた。彼は無精髭の生えた顎に手を当てて、
「どういう事なんだろう?」
と呟いた。するとそこへ監視員がやって来た。彼はバンジーの前で立ち止まり、
「バジョット・バンジー、出なさい。検察官が訊きたい事があるそうだ」
「はい」
バンジーはベッドから立ち上がると、監視員が鍵を開けるのを待ち、中から出た。
「今頃になって、検事がお出ましとは、どういう事だ?」
彼が尋ねると、監視員は苛ついたようにバンジーを睨み、
「いいから歩け。第一取調室だ」
としか言ってくれなかった。
アイシドス・エスタンは、知事執務室から、トイレ以外は出させてもらえず、その日その日を過ごしていた。髭も伸び、髪もパサついて来た。彼は警備隊員達を睨みつけたまま、何も言わずにいた。
「いくらそんな目をして我々を見たところで、事態は変わりませんよ、知事。月面支部には、誰一人近づけませんし、貴方以外、連邦関係者は一人もいませんからね」
警備隊員の一人が言った。エスタンは目を伏せて、
「私はそんなつもりで君達を見ていた訳ではない。何故こんな事になってしまったのかと、考えを巡らせていただけだ」
「ほォ、なるほど」
別の警備隊員が、バカにしたような顔で頷く。彼は月面農園で栽培された林檎を齧っている。
「君達は、ディバート・アルターとリーム・リーム・レンダースの引き渡し要求に失敗したのに、何も報復措置を取らなかった。この事で、『赤い邪鬼』に対する国民の疑惑が高まるはずだ」
エスタンが目を上げて言った。しかし、林檎を齧っていた警備隊員はせせら笑って、
「そんな事はありませんよ。今、地球はそれどころではないのですからね」
とパソコンの画面をエスタンに向けた。そこには、インターネットニュースサイトが報じている連邦ビル爆破事件の映像が映っていた。
「こ、これは一体……?」
エスタンは唖然とした。最初の警備隊員が、
「連邦政府はもう終焉を迎えるのですよ。大帝の統治が始まるのです。人類の歴史始まって以来の、理想的な統治がね」
と言って、ニヤリとする。エスタンは何も言わず、画面に見入っていた。
「釈放だ」
バンジーは取り調べが終わると、検察官にそう言われた。
「警察に不法行為があった訳ではないが、君を起訴するには証拠が曖昧過ぎる。もちろん、立証責任は君にあるのだが、何しろレーア・ダスガーバンさん本人が訴えた訳ではないし、その後いくら総裁代理に連絡をしても、全く相手にしてくれない。これでは公判維持は無理だ」
検察官は、投げやりな顔で言った。
「そういう事ですか。しかし、気に入りませんね」
バンジーはムスッとしている。検察官はニヤリとして、
「そうかね?」
バンジーは検査官を見て、
「何故告訴しておきながら、ザンバースは私を放っておくんですかね。それがよくわかりません」
「今はそれどころではないからだろう」
検察官の言葉にバンジーはハッとなった。
「それはどういう意味です?」
検察官はバンジーを見て、
「連邦ビルの閣僚会議室が、爆破されたんだ」
「何ですって?」
バンジーは椅子を倒して立ち上がった。検察官はバンジーを見上げて、
「とにかく、すぐに社に戻って、詳しい情報を手に入れてくれたまえ」
「はァ?」
バンジーはキョトンとした。検察官は小声で、
「私はその事件には裏があると思っている。頼むぞ、真実を解明してくれ」
バンジーは黙って頷いた。
ミタルアム・ケスミーは、シャトールのディバートのところに連絡をしていた。彼はパソコンの画面に映るディバートに、
「レーア君が君と連絡を取りたいと言っている。戻れないかね?」
何故かその言葉にディバートは顔を赤らめ、
「はァ。戻れない事はないと思いますが……。それより、連邦ビル爆破事件の方はどうです? メディアはまだ何も掴んでいないようですが……」
「うむ。その事だがね。シークレットサービスからの情報によると、君らの仲間か、『赤い邪鬼』の仕業にするつもりらしい」
ミタルアムの言葉にディバートは隣のリームと顔を見合わせてから、
「そうですか。わかりました。もう少し時間を下さい。レーアの事、よろしく頼みます」
「わかった」
ミタルアムはパソコンの電源を切り、自分の部屋を出てリビングルームに行った。
「ディバート達は来ますか?」
ソファに座っていたレーアが立ち上がって尋ねる。ミタルアムは首を横に振り、
「いや。まだ動けないらしい。私ももう少し待った方がいいと思う。ザンバースは我々が動くのを待っているらしいからね」
「そうですか……」
レーアは寂しそうに言った。ミタルアムは微笑んで、
「ディバートが恋しいのかな、レーア君?」
「ち、違いますよ! あいつは、私に会いたくて仕方ないでしょうけど……」
レーアの強がりに、ミタルアムはクスッと笑った。
「ああ! おじ様、信じてないですね? ホントなんですよ。あいつ、私にメロメロなんですからね」
レーアはムキになって言った。その話は、半分は本当かも知れない。
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