第十一章 その二 月面支部の陥落

 レーアはテレビをつけた。そして、ニュースチャンネルに合わせる。

「こちら、旧帝国軍と警備隊との衝突地帯です。どちらもまだ大きな動きを見せていませんが、付近の住民の不安は募る一方です」

 特派員が伝えていた。カメラが切り替わって、キャスターが映る。レーア好みのイケメンだ。

「おお」

 思わず身を乗り出してしまうが、今はそれどころではない事を思い出す。

「アフリカ州からお伝えしました。次は東アジア州です」

 レーアはソファに座って画面に見入った。カメラが切り替わり、東アジア州のニホン列島が映った。

「東アジア州に勢力を張っていた旧帝国軍残存部隊『サスカッチ』は、遂に警備隊の攻撃によってその本拠地であるニホン列島に追いつめられました。ニホン列島には、二十二世紀に建造された素晴らしい建築物が数多く遺されており、文化財保護団体が、戦闘の行方を見守っています」

 ニホン列島の歴史的価値のある建築物が映し出される。レーアには、それは只の古臭い建物にしか見えない。彼女はキャスターの言葉にムッとして、

「二千百二年の世界大戦争がなければ、北アメリカ州にはもっと古い建物がたくさん残っていたわ!」

 レーア達がいるのは、その北アメリカ州である。そして、彼女はテレビのリモコンを足の指で操作し、画面を消した。潔癖性のクラリアに知られれば、もの凄い剣幕で怒られそうだ。


 翌日、月面支部のムーンシャトル発着場に、警備隊の乗った特別型ムーンシャトルが着陸した。 

 月面支部政府のアイシドス・エスタン知事は、副知事らと共にムーンシャトルのゲートに向かった。彼等が到着すると、武装した警備隊員達五人がやって来た。エスタンは不信に思って、

「おや? 十人ではなかったのか? 残りの五人はどうしたのかね?」

と尋ねた。すると警備隊員の一人がニヤリとして、

「残りの五人は、あなた方を監禁する用意をしていますよ」

「何!?」

 エスタンは思わず叫んだ。副知事が、

「貴様ら、一体どういうつもりだ? 何の目的でそんな事をする?」

「何の目的? 決まっているじゃないですか、月面支部破壊のためですよ」

 エスタン達はギョッとした。副知事は抵抗したために射殺され、エスタンの護衛二人も殴り殺された。秘書も同行していたのだが、彼女はあまりの恐ろしさに走り出し、後ろから撃たれて死んだ。エスタンは警備隊を睨みつけた。するとその中の一人が、

「安心して下さい。貴方にはもうしばらく生きていてもらいますので」

と言うと、ガツンと銃底で頭を殴り、気を失わせた。

「張り合いのない連中だな」

 旧帝国軍が存在していない月面支部には、大きな戦力は全く存在していないため、あっさりと陥落してしまった。


 その頃ザンバースは、総裁執務室のプライベートルームの椅子に座り、リストを見ていた。連邦政府高官の名簿である。そばに彼の秘書マリリア・モダラーが立っている。相変わらず微かに笑みを浮かべた顔だ。

「どうなさるおつもりですか、大帝?」

 マリリアが尋ねる。ザンバースはパンとリストを閉じ、机の上に放り出すと、

「エスタルトの息のかかった者、官僚出身の者には消えてもらう。できるだけ速やかにな。そして、それは急進派の仕業にする」

 マリリアはフッと笑い、

「差し当たって、何方どなたからになさいますの?」

「今一番邪魔な存在は、官僚出身で石頭の法務省長官、ケラミス・ラストだ。あいつには、今日にでも消えてもらいたい」

 ザンバースはマリリアを見上げて答える。マリリアは彼の顔を右手で撫でて、

「法務省長官の権限で、例の二つの法律の施行にストップをかける可能性があるかも知れないのですね」

「そういう事だ。奴ならやりかねん」

 ザンバースはマリリアの指を触りながら言った。その時、机の上のパソコンが、メールの受信を知らせた。マリリアはザンバースから離れ、モニターを見た。

「月面支部が陥落したようです」

 ザンバースはニヤリとして、

「そうか」

とだけ答えた。マリリアはモニターから目を離してザンバースを見た。

「あんなところを占拠して、どうなさるのですか?」

 マリリアは本当に不思議そうな顔で言った。ザンバースは立ち上がって彼女の腰を抱き、

「そのうちにわかる。私の大きな布石だ」

と言い、フッと笑った。


 バジョット・バンジーは、連邦警察の留置場に入れられて、毛布に包まって寝たフリをしていた。そんな時、監視員が見ているテレビから、赤い邪鬼が月面支部を占拠したというニュースが聞こえて来た。バンジーはハッとして起き上がり、耳をすませた。

「警備隊の到着は一歩遅く、赤い邪鬼は副知事であるエトアール・ドリングス氏を射殺、アイシドス・エスタン知事の秘書エレクトラ・マイトルさんも射殺、護衛二人を撲殺し、エスタン知事を監禁し、支部政府知事室に立て籠っています」

(何て事だ……。思っていた以上にもの凄い事が起こり始めているぞ)

 バンジーは更にテレビの音声に耳を傾けた。

「警備隊は、赤い邪鬼のメンバーに要求を確認しましたが、赤い邪鬼は急進派の幹部であるディバート・アルター、リーム・レンダースの二人の引き渡しという、全く考えもつかないような事を要求して来たようです」

(ディバート・アルターとリーム・レンダースと言えば、レーア・ダスガーバン誘拐の首謀者じゃないか。これは偶然なのか?)

 バンジーは毛布を蹴飛ばし、ベッドから出た。

(いや、偶然なんかじゃない。やっぱり、一部で囁かれているように、赤い邪鬼というのは、ザンバースの配下なんだ。奴はディバート・アルターとリーム・レンダースを引っ張り出すために、こんな大掛かりな事をしているんだ)

 しかし、彼の考えは間違っていた。ザンバースの考えは、もっと奥深いものだったのである。


 ザンバース邸では、婆やが一人で怒っていた。

「一体警察は何をしているのかしら? お嬢様が行方不明になられて、もう随分経つというのに……」

 婆やがレーア消失の話を聞いてから、まだ二日しか経っていない。彼女は、自分の想像を超えた事態の進展に気づくはずもなかった。

 婆やはレーアの部屋に行き、あれこれと片付けを始めた。そしてふと手に取ったアルバムを見た。

「まだ奥様がお元気だった頃のお写真ね。こんな時、奥様がいらして下さったら……」

 婆やは思わず涙を零した。

「お嬢様、今一体どこにいらっしゃるのです? 婆やは心配で、心配で……」

 写真のレーアはまだ赤ん坊で、それを抱いている彼女の母ミリアは、今のレーアにそっくりである。しかし、明るくて天真爛漫なレーアと比較して、ミリアにはどこか影があった。婆やは涙を拭って、

「改めてわかるものねえ……。お嬢様は奥様にそっくりだわ」

と呟いた。

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