第九章 その二 スクープ

 ディバート達は、トレッド・リステアの隊に潜入していたスパイが死んだ事を知らないため、不安におののいていた。

「首領は、ここを引き払った方がいいとおっしゃっていた。リーム、どうする?」

 ディバートはリームに尋ねた。リームは、

「考えるまでもない。引き払うしかないだろう。それより、カミリアはどうするんだ?」

「彼女には、ナスカート・ラシッドの隊に行ってもらおう。ナスカート隊はここから北へ百キロほど離れたところにいる。カミリアには休養が必要だよ」

 ディバートは腕組みをして答えた。リームもゆっくり頷き、

「そうだな」

 二人にはもう一つ不安があった。レーアである。

「レーアが囚われた以上、ここが完全にわかってしまう事は確かだ。そればかりでなく、他のパルチザン隊も危ない」

「当分の間、身を潜めるか?」

 リームが言う。ディバートは頷いて、

「それしかない。他のパルチザン隊には、首領から連絡が行くはずだ」

「うむ……」

 二人は沈痛な面持ちで顔を見合わせた。


 その頃、クラリア・ケスミーは、財団のCEOである父ミタルアムの部屋で話をしていた。

「財団の隠し財産?」

 クラリアはミタルアムから驚愕の事実を聞かされた。ミタルアムは笑って、

「財団が表立って各種の事業に融資していたのは、その財産の半分に過ぎない。ザンバースが法律を楯にこの家や財団の資産全てを没収しても、ビクともしない」

 クラリアはますます驚いて、

「じゃあ、ケスミー財団は、本当は連邦政府よりお金を持っているの?」

「まァ、そういう事になるかな。財政赤字が出た時は、必ず私が資金を調達していた。だからエスタルトの時代には、一度だって財政危機はなかった」

「へェ……。私、お父様が怖くなって来たわ」

 クラリアが冗談混じりにそう言うと、ミタルアムはニヤリとして、

「おいおい、お前に怖がられるくらいなら、財団の金なんて、全部ザンバースにくれてやるぞ」

「まあ!」

 クラリアはそんな父親の言葉を嬉しく思い、ニッコリした。


 そしてその翌日の事である。連邦ビルの広場に、一台のホバーカーが入って来た。ホバーカーはビルの前で止まり、中から男が一人降りた。連邦最大手の新聞社であるソーラータイムズの政治部記者、バジョット・バンジーである。バジョットは警備隊事務次官のタイト・ライカスから、スクープ提供を告げられ、出向いて来たのだ。彼はビルの玄関で警備員に身分証を提示し、

「警備隊の事務次官と約束がある。取り次いでくれ」

「お待ち下さい」

 警備員はすぐに詰め所の無線で連絡を取った。そして、

「事務次官は、ご自分のオフィスにいらっしゃいます。どうぞ」

 バンジーは警備員に敬礼してから、回転ドアを通り抜け、ロビーに入った。そしてそのままエレベーターホールに向かう。

「一体どんなネタを漏らしてくれるのかな?」

 バンジーはニヤリとした。やがてエレベーターが到着し、扉が開いた。彼は中に乗り込むと、最上階の「100」を押した。エレベーターは扉を閉じ、高速で上昇する。

「わざわざ呼び出したんだ、それなりのモノでないと、納得しないぞ」

 バンジーは呟き、階数表示を睨んだ。

 エレベーターはたちまち最上階に到着した。チンと音がし、扉が開く。バンジーは素早くエレベーターを降り、左に進んだ。廊下の端にライカスの部屋がある。そのドアの前に、二人の男が立っていた。二人は話に夢中で、バンジーが近づいているのに気づいていない。

(何を話しているんだろう?)

 バンジーは気づかれないようにソッと歩いた。

「レーアお嬢様が、正気でないというのは本当なのか?」

 バンジーは叫びそうになった。

(レーア・ダスガーバンが正気でない? 事務次官のスクープはこれか? いや、まさかな……)

「本当らしいよ。記者会見の後、医務室に連れて行かれたらしいし……」

 バンジーは、思わぬスクープを手に入れたと思い、エレベーターに戻ろうとした。

「あっ、君!」

 男二人が、バンジーに気づき、彼に向かって来た。

「ハハハ、今の話、本当でしょうね?」

「聞いていたのか!?」

 一人が怒鳴った。バンジーはニヤリとして、

「いえいえ、聞こえたんですよ。事務次官にお伝え下さい。スクープは確かに頂きましたとね」

 バンジーはそのままエレベーターの中に消えた。するともう一人の男が、

「編集長に伝えてくれたまえ。確かにスクープを差し上げた、とね」

 二人は顔を見合わせ、ニヤリとした。

「こう簡単にいくとは思わなかったぞ。奴が調べれば調べるほど、レーアお嬢様の精神異常説は強まる」

「そうだな。知らない者は、強く否定するから、あのスクープ屋は余計疑惑を強めるだろう」

 二人はニヤリとして、事務次官室に入って行った。


 バンジーは社に向かう途中、何度も後ろを確認し、道を何度も曲がり、遠回りした。

(誰もついて来ていない。大丈夫だ)

 彼はまさか、自分が仕組まれた「スクープ」を掴まされたとは夢にも思っていなかった。

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