第九章 その三 決別
レーアは医務室のベッドで目を覚ました。何時間経ったのか、全く感覚がわからない。ふと脇を見ると、ザンバースが立っていた。
「パパ……」
ザンバースはレーアの顔を覗き込み、
「お前は、昨日の記者会見で、我々の秘密を話そうとしたな?」
レーアはギクッとした。
(見透かされてる……)
ザンバースはレーアの顔色が変わったのを見て、
「やはりな。お前なら、それくらいの事は考えると思ったよ」
「……」
レーアは何も言わずに父の顔を見つめている。ザンバースは続けた。
「そして、そんな事をしても、誰も信じてくれないだろうという事にも気づくと思った」
完全に見抜かれている。レーアはまたザンバースの事が怖くなった。
「それから、今朝の表彰式で、また一段と急進派に対する国民の感情が悪化したぞ。そのように仕向けたからな」
「仕向けたって、どういう事なの?」
レーアはようやく言葉を発する事ができた。しかし、ザンバースは、
「そんな事をお前に話す必要はない。お前には別の件で話があるので、ここに来たのだ」
「別の件?」
レーアは眉をひそめ、警戒心を強める。ザンバースはフッと笑い、
「お前がどこまで急進派に染まっているのか、調べようと思ってね。逃げたいのなら、逃げるがいい。私は何も手を打たん」
「えっ?」
レーアはビックリした。
(それはどういう意味? もう私は、完全にパパの敵っていう事? どういう事なのよ?)
彼女は混乱した。ザンバースはレーアから顔を離し、
「つまり、お前の生き方には、今後一切干渉しないという事だ。父親としてはな」
レーアは涙が出そうになる。彼女は起き上がった。
「親子の縁を切るっていう事?」
レーアは涙ぐんで尋ねた。しかしザンバースは、
「そこまでは考えていない。強いて言えば、一時的な断絶だ。お前が戻ってくれば、いつでも迎え入れる。例えお前が、私の部下を何人殺していようとな」
「殺すだなんて……。私、人を殺したりしないわ」
レーアは涙を流して言い返した。ザンバースは笑って、
「バカな……。人を殺さずに戦争ができるものか。まだまだ子供だな、お前は」
レーアはキッとして、
「殺さないですむのなら、それに越した事はないでしょう?」
ザンバースはそれには答えず、
「とにかく、ここから逃げ出したければ、逃げればいい。部下にも追わせはしない」
レーアは疑いの眼差しをザンバースに向けた。ザンバースはそれに気づき、
「嘘は吐かんよ。私としては、お前に逃げて欲しくはないのだがな」
彼は心なしか寂しそうに見えた。レーアは気持ちが揺らいだ。そして目を伏せる。
(どうしたらいいの、私?)
レーアは再びザンバースを見て、
「わかったわ。私の好きにさせてもらうわ、パパ」
「そうか。それでは私は、執務室に戻るよ」
ザンバースは医務室のドアを開きながら、
「忘れるな、レーア。私はお前をいつでも迎え入れるつもりだ」
と言い、出て行った。レーアはドアが閉じ切ったのを確認してから、溜息を吐いた。
(何を考えているのよ、パパ……)
そして、ここは連邦最大手の新聞社ソーラータイムズの政治部のフロア。
「何!? レーア嬢が狂っているって?」
バジョット・バンジーの報告を受けた政治部の部長は、仰天していた。
「はい。警備隊事務次官の側近らしき二人が、話をしているのを偶然聞きました。それに何人かの連邦の職員に尋ねてみましたが、レーア嬢が医務室に連れて行かれたのは確かです」
バンジーは興奮した様子で部長に話した。部長は椅子に沈み込み、
「しかし、それだけではレーア嬢が狂っているという証拠にはならんだろう?」
「それはそうですが、何にしてももの凄い特ダネですよ。一面トップで行きましょう、部長」
「うーむ……」
部長は、連邦政府、いや、ザンバースからの圧力が怖かった。今まで、彼に睨まれて潰されたマスコミは数知れないのだ。
「もう少し、確実な証拠が欲しいな。そうでなければ、真相報道がキャッチフレーズのソーラータイムズの政治部としては、本紙の記事にはできんよ」
「わかりました」
バンジーは部長の弱腰に不満そうだったが、確かに確証はないのは事実なので、それ以上強硬には出られない。彼はそのままフロアを出た。
「相手は事実上の最高権力者の愛娘なんだぞ。何を考えているんだ、あいつは……」
部長は部長で、バンジーの暴走を恐れていた。
レーアは決断していた。
(やっぱりここを出よう。そうしないと、私はパパに同調した事になってしまう)
彼女はベッドから出て、壁に掛けられているパルチザンの制服に着替えた。そしてドアに近づく。ソッとドアノブを回し、ゆっくりとドアを開いた。
「?」
廊下には誰もいない。いつもなら、必ず警備員が立っているはずだ。正面玄関まで走ったが、誰も彼女を呼び止めたりしない。皆会釈をして通り過ぎて行く。
「本当に逃がすつもりなの……?」
パパは本当に何もしないの? それはそれで何か気味が悪い。そして悲しくもある。
(もう、私の事、嫌いになっちゃったの、パパ?)
レーアは危うく泣きそうになった。
(もしかして、私がディバートのところに行くのをこっそりつけさせるつもりかしら?)
でも、
(そうなると、私はどこに行けばいいの?)
レーアは悲しくなり、駆け出して連邦ビル前の大通りに出た。
「あっ」
ふと前を見ると、大型の高級ホバーカーが走って来るのが見えた。そのボンネットには、ケスミー財団のエンブレムが着いていた。
「あれは、ミタルアムおじ様の車」
レーアは知り合いだとわかったので嬉しくなり、大きく手を振りながら走り出した。ミタルアムの車はレーアの前で止まり、後部座席のドアを開いた。そこには、ミタルアムとクラリアが乗っていた。
「レーア、久しぶりね」
クラリアが微笑んで言う。レーアはあまりにも懐かしい気がして、
「クラリア!」
と涙を流して叫んだ。クラリアは、
「さァ、早く乗って」
「ええ」
レーアが乗り込むと、ホバーカーはまた走り出した。
「おじ様、私、何て言ったらいいのか……」
レーアは気まずかったが、何も言わないわけにはいかないと思い、ミタルアムに言った。
「あの法律の事かな?」
ミタルアムは微笑んで尋ねた。
「はい、そうです」
レーアは俯いてしまった。ミタルアムは笑って、
「別にどうという事はないよ。君には失礼かも知れないが、ザンバース・ダスガーバンも、私ほど狡賢くないようだ」
「狡賢い?」
レーアはビックリしてミタルアムを見た。クラリアが、
「とにかく、私、お父様が怖くなったわ。こんなに悪い人だと思わなかったから」
「おいおい、クラリア、
ミタルアムの顔は、追いつめられて強がりを言っているようには見えなかった。それはレーアにもわかった。
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