第九章 その一 悪夢の記者会見
地球連邦の中枢である連邦ビルには、全ての国家機関がある。連邦政府も、その下部組織も、連邦議会も、連邦最高裁判所もある。箱もの行政を嫌ったエスタルトの発案だ。経費と時間の短縮にもなると彼は主張し、それを断行した。しかし、エスタルトの真意が本当にそれだけだったのかは、彼が死んでしまった今となっては、確認しようがない。
その連邦ビルの二階にある大記者会見ホールには、連邦中のトップ記者達が、レーア嬢はまだかとひしめき合っていた。時刻は午後七時を過ぎている。会見開始は午後七時のはずだったのだ。そこへタイト・ライカスが現れた。記者達は色めき立ち、ライカスにフラッシュが焚かれる。そして、矢のように質問が浴びせられた。しかし、ライカスはまるで聞こえていないように無反応のまま、演壇に上がった。
「お待たせ致しました。レーア嬢が到着なさいました。総裁代理とご一緒ですので、くれぐれも質問には気をつけていただきたい。総裁代理は、娘の事となると、三歳の子供程も分別がありませんから」
ライカスがジョークを言ったので、記者達はドッと笑った。ライカスはニヤッとして、演壇を降りた。その直後に、ザンバースに連れられて、本日のヒロインであるレーアが登場した。フラッシュが嵐のように焚かれ、記者達が口々に何か叫ぶ。しかしザンバースはそれら全てからレーアを守るように立ち塞がり、彼女を演壇へと導いた。
「お待たせしたようですな。謝っておきましょう。後でどんな悪口を書かれるかわかりませんから」
一同はまたドッと受けた。しかし、レーアは只一人、ニコリともせずに壇上にいた。彼女は真っ白なドレスを着せられ、化粧も撮影用にさせられ、機嫌が悪かった。
(何なのよ、本当に! 私は着せ替え人形じゃないんだから!)
レーアはチラッとザンバースを見上げた。彼はさっき見たのとは全く違う顔をしていた。上機嫌だ。まるでレーアの誕生日を祝ってくれた時のような笑顔である。
(これがあのパパ? 何て変わりようなの?)
レーアは身震いした。その時ザンバースが、
「さァ、レーア。皆さんはお前が話すのを待っているのだ。質問に答えて差し上げなさい」
レーアは父親の声にハッとした。
(テレビ、ラジオ、新聞、インターネットサイト。この機会に真実を話せば……)
しかしふと考える。
(でも、私がそんな事をしても、誰が信じてくれるだろう? パパは事実上の最高権力者。私は只の高校生……)
レーアは顔を下に向け、たくさんのマイクが設置されているテーブルの手前にある椅子に座った。ザンバースがそれに続いて隣に腰を下ろす。
レーアは記者達の質問に自分が何と答えているのか全くわからなかった。やがて会見は終了し、彼女はザンバースと共にホールを出た。彼女がわずかに覚えているのは、
「貴女は亡くなったお母様によく似て来ましたね」
と言われた事くらいだった。レーアはザンバースに医務室に連れて行かれた。彼女は鎮静剤を注射されて、ベッドに寝かされた。ザンバースが医務室を出て行くと、タイト・ライカスが待っていた。
「記者会見にお嬢様も出席なさると聞いて、冷や汗が出ました」
ライカスの言葉にザンバースはフッと笑い、
「レーアが我々の事を話すと思ったのか?」
「はい」
ザンバースはニヤリとして、
「あの
「しかし、胡散臭い連中もおりますから……。万が一の事も……」
ライカスは慎重な男だ。念には念を入れて、更に警戒するような性格である。
「もちろん、その辺も考えている。今日集まった連中で、スクープ専門の記者はいるか?」
ザンバースの意外な質問に、ライカスは一瞬戸惑ったが、
「はァ。いると思います。記者連中の中にも、急進派系の者もおりますから。わかり次第、お知らせ致します」
「いや、別に私に知らせる必要はない」
「とおっしゃいますと?」
ライカスはますますザンバースの考えがわからなくなった。ザンバースはライカスを見て、
「そういう類いの記者がわかったら、そいつにスクープを掴ませてやれ。レーアは実は精神に異常を来しているとな」
ライカスは仰天した。自分の実の娘を狂人に仕立て上げる親など、現実には考えられないからだ。ザンバースはそれを全く気にする事なく言ってのけたのだ。
「何故ですか?」
ライカスも人の親である。当然の疑問だった。ザンバースはライカスから視線を外して医務室のドアを見やり、
「レーアが狂っているとなれば、何を喋られても大丈夫だ。信じる奴などいない」
「しかし、逆に我々が仕込んだと思われはしないでしょうか?」
ライカスの危惧も頷けるものだ。しかし、ザンバースは更にその一歩先を考えていた。
「だから、そうは思われんように漏らすのだ。やり方はお前が考えろ。ダットスの部下でも使えば良かろう」
「はァ……」
ザンバースはそのまま廊下を歩いて行ってしまった。ライカスはしばらく唖然としていた。
レーアの親友であるクラリア・ケスミーは、テレビを消し、ソファに身を沈めた。
「レーア嬢救出、か……。救出か、監禁か、わからないけどね」
彼女は、レーアにはすまないと思ったが、今はそれどころではないと考えていた。自分の父親であるミタルアム・ケスミーの財団が、後二十日、細かく言うと十九日と何時間かで、崩壊してしまうかも知れないのだ。いつもは一緒にテレビを見ているクラスメートのアーミー・キャロルドとステファミー・ラードキンスがいないのはそのせいである。二人共クラリアに遠慮して、遊びに来ていないのだ。
(でもお父様は平然としている。虚勢を張るような人ではないから、何か対策でもあるのかしら?)
聡明なクラリアは、父親の思惑をほぼ見抜いていた。
「ふう」
いくら父でも、この危機を乗り切る術をそれほど簡単に思いつくとは思えない。クラリアは目眩がしそうだった。その時、ドアがノックされた。
「どうぞ」
ドアを見ないで答える。執事が入って来て、
「旦那様がお帰りになりました」
と告げた。
「わかったわ。すぐに行く」
執事はお辞儀をして退室した。クラリアはソファから立ち上がり、部屋を出た。
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