第八章 その三 劇的展開
ディバートは、逃げたスパイを必死に追いかけたが、すでにその影すら見えなかった。
「くそ」
彼は絶望しかけていた。
(このままでは、我々の全てを把握されてしまう。どうすればいいんだ?)
彼はなす術なく、アジトへと戻った。
「そうか。見つからなかったか」
リームが出迎えて言った。ディバートは意気消沈していたが、
「それより、カミリアの方はどうだ?」
「何とか落ち着いた。鎮静剤を飲ませたので、今は眠っているよ」
「そうか。それなら大丈夫だな」
ディバートは力なく微笑んだ。リームが、
「どうするんだ?」
と尋ねる。ディバートはリームを見て、
「首領に判断を仰ぐしかない。場合によっては、ここを破壊し、証拠を消さないといけないだろう」
「そうだな……」
リームも声を落として応じた。
しかし、二人の心配は必要なくなっていた。スパイは、事情を知らない暗殺団の隊員に射殺されていたのだ。彼は早めにパルチザンの制服を脱ぐべきだったのだが、急ぐあまり、その事に思いが至らなかった。その結果、敵と思われ、撃たれてしまったのだ。
「この男、以前どこかで見た事があるぞ」
第二隊の隊長が呟く。第一隊の隊長が、
「どこで見たんだ?」
「それはわからない。こいつ、もしかすると、パルチザンではないかも知れないぞ」
「どういう事だ?」
第一隊の隊長が尋ねた。第二隊の隊長は、
「パルチザンには、スパイを潜入させていたはずだ。その一人かも知れないぞ」
「何だって?」
その言葉に、スパイを射殺した隊員が蒼ざめた。第二隊の隊長は、
「一人でいたという事は、パルチザンを抜け出して、情報を伝えるために動いていたのかも知れんぞ」
スパイを射殺した隊員は、ガタガタと震え出していた。しかし、誰も彼を咎める者はいない。咎めるとしたら、パルチザンの制服を着たままで行動していたスパイ自身だ。皆、そう結論づけていた。
「フーッ」
レーアは温かいお湯を全身に浴びせながら、今日一日の事を振り返っていた。
(一体どうなっちゃうのかしら、私?)
このままディバート達と別れた状態で終わるのは嫌だ。レーアはそう思っていた。それはもちろん、ディバートがイケメンだからではない。多少はそれもあるが、今では彼等を信用できると感じ始めているのだ。
「何とかしないと……」
彼女はここから逃げ出せないかといろいろ考えてみた。しかし、パパをうまくかわしたとしても、その隣の部屋には、何だかもの凄く色っぽいお姉さんと、生真面目そうなおじさんがいた。あのお姉さん、いくつなのかな? 凄く綺麗だし、ファッショナブルだった。化粧品とかどこのメーカーを使っているかしら? 後で訊けないかな? ああ、今はそんな事を考えている場合じゃないわ。あの二人から逃げるのは無理ね。ではどうすれば? 他に手立てはない気がするなあ。
(やっぱり、逃げ出す事はできないのかな?)
シャワールームの端のフックに懸けられたバスローブを羽織る。ワゴンに積み重ねられたタオルを一枚取り、ぬれた髪を拭く。
(もう少し、様子を見るしかないわね)
レーアはシャワールームから出た。
「これでもう文句ないでしょ、パパ?」
レーアはツンとして言い放った。ザンバースはニヤリとして、
「そうツンケンするな。もう少し柔らかい言い方ができんのか? そんな風に育てた覚えはないぞ」
「そんな風に育てられた覚えもないけどね」
レーアの反発心は何故か大きくなって行く。ザンバースは呆れ顔で、
「どうも悪い環境にいたようだな。口の利き方が下品になったぞ」
「そうみたいね」
レーアは髪をタオルで拭いながら、ソファに腰を下ろした。
「財閥解体法の事は、ミッテルムから聞いているな?」
ザンバースの言葉に耳を傾けながら、レーアはタオルを使って髪を乾かして行く。
「ええ。聞いたわ」
またあのハゲ親父の顔を思い出しちゃったじゃない! レーアはミッテルムの残りの髪の毛をむしり取るシミュレーションを頭の中でしてみた。
「まだその続きがある」
「続き?」
レーアはタオルから手を放して、ザンバースを見た。ザンバースもレーアを見て、
「ケスミー財団は、その法律の施行によって解体される。それが完了したら、私の部下達が一斉に急進派の殲滅作戦を開始する」
「えっ?」
レーアはギョッとした。ザンバースは続ける。
「お前も救出されたし、ちょうど良いタイミングだ」
レーアはタオルをソファの上に放り出して、
「まだディバート達を追いつめるの? ケスミー財団が崩壊したら、彼等はもう無力なんでしょ? だったら……」
「例えそうだとしても、敵は徹底的に潰しておく。それが私のやり方だ」
「パパ……」
レーアは唖然とした。小さい頃、ザンバースの大切にしていた絵画に落書きしても、彼はレーアを叱らなかった。しかし、食事で好き嫌いを言うと、きつく叱られた。その時のパパは本当に怖かったと今でも思っているが、今日のパパはもっと怖い、とレーアは感じていた。その様子に気づいたザンバースがフッと笑い、
「私が怖いか、レーア?」
「ええ。小さい頃、叱られた時より、ずっと怖いわ」
レーアの答えに、ザンバースは満足そうに頷き、
「服はやはり着替えてもらおう。これから私と一緒に記者会見に出席するのだ」
「記者会見?」
レーアはすっかり驚いていた。
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