第八章 その一 地球帝国の影

 トレッド・リステアとラミス・バトランの二人の命を一瞬にして奪った爆発は、次第に収まりつつあった。

「はっ!」

 その現場に急いでいたディバート達は、警備隊に出くわした。

「隠れろ」

 彼等は慌てて角に避難した。しかし、警備隊員達は、まるで気がつかなかったかのようにそのまま歩いて行ってしまった。

「おい、どうしたっていうんだ?」

 リームが呟いた。カミリアは、

「とにかく、気づかれなくて良かったよ。早くトレッド達のところに行こう」

「ああ」

 ディバートは警備隊の行動が気になったが、トレッド達のアジトに向かって走り出した。リーム、カミリア、そしてもう一人のパルチザンの男がそれに続いた。

「何だ?」

 前方から、人の話し声が聞こえて来る。

「何だろう?」

 リームが言った。ディバートは、

「取り敢えず、行ってみよう」

「ああ」

 四人は、警戒しながら声のする方に歩いて行った。角を曲がると、そこはまるで別世界になっていた。瓦礫の山だ。人間が焼け焦げたのか、吐き気を催すような臭いが漂っている。

「イヤアッ!」

 カミリアが絶叫した。トレッド達のアジトは跡形もなく吹き飛ばれていて、地上に大きな穴を開けていた。

「あれ、トレッドの……」

 リームがライトで指し示した。カミリアは泣いていた。しかし声は出さなかった。

「何て……何て事だ……。トレッド達が……」

 ディバートも言葉を失った。リームが、

「さっき途中で見た四人の遺体、あれは暗殺団の連中のものだったが、焼かれていたのはどうしてなんだろう?」

と話題を変えながら、トレッドの服の切れ端を拾った。ディバートは、

「恐らく、証拠隠滅のためだろう。それに、その旗もだ」

とライトで照らした。「赤い邪鬼」の旗が、側道の上に置かれていた。

「また、赤い邪鬼の仕業にするつもりなのか……」

と言った時、サイレンが聞こえて来た。ディバートはハッとして、

「まずい、警察と消防が来たようだ。アジトへ引き返そう。レーアの事はまた改めて考える事にして」

「わかった」

 リームとパルチザンの男は、嫌がるカミリアを無理矢理連れて、地下道を走った。


「そうか……。お嬢様をね。すぐに、連邦の第一放送と第二放送、そしてラジオ、インターネットニュースサイトを通じて、お嬢様の救出を報道させろ。民放にも手配する事を忘れるな」

 警備隊事務次官という表の顔を持つザンバースの右腕であるタイト・ライカスは、インターフォンに言った。彼は席を立つと自室を出て、秘書のいる控え室に行った。

「何でしょうか、事務次官?」

 まだ二十代前半のその秘書は、ライカスに気づくと立ち上がった。ライカスは彼女を見て、

「総裁代理にお会いしたい。連絡を取ってくれ」

「はい」

 この秘書は、ライカスの裏の顔を知らない。彼女は微笑んで机の上のパソコンを操作した。


 その当のレーアは、まだ装甲車で移動中であった。彼女はベッドから出て、窓の外を見ていた。小さい窓からは、夕闇に包まれ始めた外の景色が見えた。そこへミッテルムが現れた。

(出たな、ハゲ親父)

 レーアにとって、ミッテルムは敵以外の何者でもない。

「どうです、お嬢様? 地上の様子をごらんになるのはお久しぶりでしょう?」

「別に。それと、私の事をお嬢様って呼ぶの、やめてよ」

 レーアはミッテルムを睨みつけた。ミッテルムは肩を竦めて、

「ほォ。では、何とお呼びすればよろしいのですかな?」

「……」

 レーアは心の中でミッテルムを罵った。

(嫌味なハゲヒゲ親父!)

 そしてプイと顔を背ける。ミッテルムはニヤリとして、またそこから出て行った。


 その頃ライカスは、総裁執務室の前に来ていた。ドアをノックすると、

「入れ」

とザンバースが答えた。

「失礼します」

 ライカスが中に入ると、総裁の椅子に座るザンバースと、その脇に立つマリリア・モダラーの姿が目に入った。マリリアはザンバースの表と裏の秘書を務めている。噂では、愛人だとも言われている。だが、ライカスには真相はわからない。そして賢明な彼は、そんな事を知ろうともしない。

「君もいたのか、マリリア」

 ライカスはそれだけ口にした。マリリアはフッと笑い、

「それはそうですわ。私は大帝の秘書ですから」

 ザンバースはライカスを見上げて、

「座れ」

「はっ」

 ライカスはザンバースの目が鋭くなっているので、慌ててソファに腰を下ろした。ザンバースは続けた。

「大体の事はわかっている。ミッテルムとドードスが、レーアを救出したのだろう?」

「はい。どうしてそれを?」

 ライカスの背中に冷たい汗が伝わる。ザンバースはニヤリとして、

「他にどんな重要な用件がある? 他の事なら、全て君の一存で処理できるはずだ。違うかね?」

「はァ……」

 ライカスには、理由がそれだけとは思えなかった。自分の知らない機関が、自分達を監視しているのではないかと思えてしまう。ザンバースはそんなライカスを面白そうに観察していたが、

「とにかく、レーアが救出されたのはこちらにとっては好都合だ。レーア救出の件、報道態勢は整っているか?」

「はい。万全です。後はお嬢様のご到着を待つだけです」

 ライカスは居ずまいを正してザンバースを見た。ザンバースはニヤリとして、

「そうか。しかし、まずレーアが到着したら、ここへ連れて来い」

「はい」

 ザンバースはライカスの目の奥を覗き込むようにして、

「わかったな?」

と念を押した。

「はい、わかりました」

 ライカスは立ち上がった。ザンバースは真剣な眼差しのままで、

「頼んだぞ」

と言い添えた。

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