第六章 その二 虐殺
帝国情報部長官であるミッテルム・ラードは、表の顔である連邦警察署長として、反連邦過激派「赤い邪鬼」の捜索をしている。しかし、その実はディバート達の仲間である共和主義者の殺戮である。彼は帝国反乱分子暗殺団首領のドードス・カッテムと共同して、その任に当たっていた。
「この地下道の上では、何も知らない間抜けな国民共が、赤い邪鬼と急進派の争いに巻き込まれはしないかと怯えているのだな」
トードスがニヤリとする。ミッテルムもニッとして、
「そうだ。ドードス、とうとう本命が近いぞ」
「本命?」
ドードスは眉を吊り上げた。ミッテルムは頷き、
「ディバート・アルター達の居場所だ」
「わかったのか?」
ドードスが身を乗り出す。しかしミッテルムは、首を横に振り、
「あいつらがどこにいるのかは判明していない。しかし、レーアお嬢様の高校からそう遠くない場所なのは確かだ。あの周辺を攻撃すれば、ディバート達は必ず現れる」
「なるほど」
ミッテルムは手にした銃を眺めながら、
「しかし、どうも私はこういう暗くて狭い空間は好かん。出るぞ」
と部下に言った。ドードスも肩を竦めて、
「私もだ」
二人は笑いながら、出口へと歩き出した。これが事件のきっかけだった。
トレッド・リステア達は、今までいたところを出て、別の場所に移動していたが、それがミッテルム達に知られるのも時間の問題となっていた。
「この付近で、ミッテルム・ラード率いる特別機動隊がいるのを見た者がいる。そろそろここにも連中がやって来るはずだ。内部のスパイが誰なのかわからないうちは、俺達は永久に奴らの魔手から逃れられない」
トレッドが言った。カミリア・ストナーが憤然として、
「レーアじゃないの?」
と言い放つ。トレッドはカミリアを睨み、
「いや、レーアはここを知らない。もしここに連中が来たら、レーアは潔白だぞ、カミリア」
「フン」
カミリアは不満そうにそっぽを向く。キリマスが、
「いいか、みんな。捕まるなよ。連中は、俺達のトップが誰か知りたいんだ。それがわかってしまったら、俺達の今までの苦労は水の泡だ」
「はっきり言って、この中にディバート達の首領の正体を知っている奴なんて、一人もいないだろう」
そう口を挟んだのは、ラミス・バトランと言う男である。キリマスはラミスを見て、
「それはそうだが……。しかし捕まって拷問されて犬死になんて、バカらしいだろう?」
「ああ。まァな」
ラミスはキリマスに同意した。するとその時、見張りに立っていた者が戻って来て、
「誰か来るぞ。こちらの合図にも反応しない」
「やるか?」
キリマスがトレッドを見た。しかしトレッドは、
「いや、やり過ごそう。一応戦闘態勢はとっておけ。しかし、静かにな。なるべくなら、騒ぎを起こしたくない」
「了解」
キリマス達は銃を手に持ち、立ち上がった。
「本当にこの辺に奴らのアジトがあるのかよ?」
暗殺団の第一部隊の隊長が呟く。部下の一人が辺りを照らしながら、
「はい。間違いありません。この辺にあるはずです」
「気楽に言ってくれるよ、首領も」
隊長はウンザリした顔で言う。隊は五人で、角を曲がって前進を続けた。
「待て」
隊長が止まる。彼は地下道の路面をライトで照らした。下水道が廃止されてから数世紀経つとは言え、雨水は多少流れ込む。そのため、元の水路には少ないながらも水が流れていた。
「おい、あそこだ」
隊長がライトで指し示す。そこには、水によってできた足跡がクッキリと残っていた。
「誰かが水路を横切ったようだな。まだそれほど時間が経っていない。この辺りに何者かが潜んでいるのは確かだ」
隊長は部下を見て、
「この辺りの壁を隈無く調べろ。必ず何かあるはずだ」
「はっ!」
隊員達は、銃やライトでコツコツと壁を叩き始めた。
「何だって? 水路を横切った?」
トレッドは見張りの男の失策に目を見開いた。
「すまない」
男は泣きそうな顔で詫びた。しかし、今更詫びられても何も進展しない。
「仕方がない。全員、銃を持って、散るんだ。上体を低くして、連中の攻撃に備えろ」
その頃、隊員の一人がトレッド達のアジトの入口付近に達していた。
「ここ、音が違います」
「よし」
隊長は隊員を下がらせた。そして、付近にいる別働隊も呼び寄せる。
「爆弾を使って、この壁をぶち抜け。中の奴ら諸共、吹き飛ばしてしまえ」
隊長はそう命じた。隊員の一人が爆弾を壁にセットし、彼等は一斉にその場から離れた。
「やります」
仕掛けた隊員が、起爆スイッチを入れる。途端にグワワンという爆発が起こり、地下道が揺れ、土煙が舞った。
「うわああっ!」
何も知らないトレッド達は、散乱した壁の破片で負傷してしまった。彼は辛うじて目を潰されなかったので、顔を上げて辺りを見た。
「畜生、こんなところで、爆弾なんか使いやがって……」
トレッドは銃を構えて身を伏せた。
「天井に穴は開かなかったろうな?」
隊長が確認する。
「はい、大丈夫です。突っ込んで、全員を捕えますか?」
「いや。皆殺しにしろ。死体は改めて運び出し、『赤い邪鬼』のせいにする」
「はっ!」
「畜生、このままじゃ全滅だ」
いきなり降り注いだ銃弾の嵐で、トレッド隊はその大半の人間が死んでしまった。
「くそ」
トレッドは、ポケットに忍ばせていた小型発信器のスイッチを入れた。隣にいたカミリアがそれに気づき、
「ディバート達に救援を求めるの?」
「ああ。仕方ないだろう?」
むせ返りながら言う。カミリアは泣きべそをかいて、
「でも……」
トレッドはキリマスを探した。彼は砕け散った瓦礫の下敷きになって息絶えていた。
「キリマス……」
トレッドは呆然としたが、更に激しさを増す銃撃にハッとなり、撃ち返した。ラミスが、
「畜生、弾薬が尽きて来たぞ。持久戦は無理だ。こっちの弾が底を尽いたのを知れば、一気に攻め込まれるぞ」
「言うな! 不安が募るだけだ!」
トレッドは怒鳴った。
「何? どうしたの?」
別室でシャワーを浴びていたレーアが、髪から雫を垂らしながら出て来た。ディバートとリームは通信機に声をかけていた。
「トレッド達からの救援信号だ」
「ええ? 見つかっちゃったの?」
レーアが尋ねる。
「らしいな」
ディバートは振り返って仰天した。レーアは、バスローブも羽織らず、タオル一枚を身体に巻いた姿で立っていたのだ。
「おい、何て格好してるんだ?」
リームも驚いている。レーアはキョトンとして、
「何? 何か問題?」
と仁王立ちをした。その時、バスタオルがハラリと落ちてしまった。
「イヤーッ!」
レーアの絶叫がアジトに轟いた。
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