第六章 その一 赤い邪鬼

 地球連邦議会は、エスタルトの考案で全く新しい組織として誕生した。議長と副議長は強大な権限を有し、「立法府の総裁」たるに十分である。

 さて、その連邦議会下院の経済法委員会では、委員長を中心に二つの重要法案が審議されていた。テレビ局やインターネットニュースサイトのクルー達がこれを撮影し、報道している。新聞記者達が速記をし、カメラマンがフラッシュを焚く。

「この程、下院に提出された二つの法案が、両院の経済委員会で審議されております。財閥解体法と財産所有関係法の二つは、前々から下院に提出を予定され、長い期間をかけて分析されて来たものです」

 テレビのニュースでナレーションが流れる。レーア達は、それを食い入るように見ていた。

「この二つの法案が通って、法律として制定されると、大変なことになる」

 ディバートが言った。レーアは、

「どうしてよ? 財閥解体なんて、国民にとってはいい事じゃないの?」

「そうでもないんだよ、レーア」

 トレッドが口を挟んだ。レーアはギクッとして、

「な、何でしょう?」

と妙に腰の低い口調になった。次にカミリアが、

「どうもわからない事を言うわね、トレッド? どういう意味?」

 するとディバートが、

「ザンバースの目的は、恐らくケスミー財団の解体だ。我々を援助してくれているケスミー財団を解体するとなると、我々にとっても相当な痛手となる」

 ケスミー財団の解体と聞き、レーアは仰天した。

「ええ? じゃあ、クラリアはどうなっちゃうのかしら?」

 彼女もようやく事の重大さに気づいたようだ。トレッドが、

「クラリアって言うと、ミタルアム・ケスミーの娘か?」

「そうよ。私と同じくらい可愛い子よ」

 レーアが臆面もなく言ってのけたので、トレッドは呆れ顔だ。カミリアがニヤッとして、

「クラリアって子、どこかの誰かさんと違って、知性と教養に溢れている令嬢って感じだよね」

「そうそう。私も尊敬しちゃうくらいよ」

 皮肉を言われた当人が全く気づいていないのを知り、カミリアはガッカリしてしまった。

「教えなくて大丈夫なの?」

 レーアはディバートを見た。ディバートは、

「財団はそのくらいの情報はすでに入手しているさ。知らせるまでもない」

「そうなんだ」

 レーアは腕組みをして大きく頷いた。するとテレビの女性アナウンサーが、

「さて、近頃、世間を騒がせている『赤い邪鬼』と名乗る反連邦の過激派が、急進派の一部のグループと抗争を起こし、急進派グループの全員が死亡、過激派は何人かが負傷した模様ですが、そのまま逃亡したとの事です。市民としては、レーア嬢誘拐の関係者と見られる急進派のメンバー達の死を、複雑な思いで受け止めており、『赤い邪鬼』の影に怯える毎日です」

 リームがそれを聞いて、

「『赤い邪鬼』か……。一体何者なんだろう?」

「プロだな。パルチザン隊だって、一通りの戦闘訓練は受けている。それなのに全滅だぜ」

 トレッドが顎に手を当てて言う。カミリアも、

「となると、苦戦を強いられるって事ね」

と真剣な表情で言う。レーアは、「赤い邪鬼」が何者なのか不安になった。


 ザンバースは、警備隊の地下格納庫に来ていた。そこには、巨大な戦車やミサイル、砲塔を装備したトレーラーが並んでいた。どれもこれも、連邦警備隊法の定める基準を遥かに上回る兵器である。警備隊法には、「警備隊の武器は、人が直接操作できるものに限る」とあるのだが、ザンバース達はそれを拡大解釈して、戦車、ミサイルなども、「人が直接操作できるもの」と看做し、導入していた。

「『赤い邪鬼』の方はどうだ、ライカス?」

 ザンバースは戦車を眺めながら尋ねた。ライカスは、

「はっ、順調のようです。かなりの数の抵抗派が全滅しました」

「かなりではダメだ。全てだ。一つも残すな」

 ザンバースはキッとしてライカスを見た。ライカスは黙って深々と頭を下げた。その後ろには、リタルエス・ダットスが控えている。彼は表向きは警備隊本部の本部長を務めている。しかし、実質は帝国軍司令長官である。

「ダットス」

 ザンバースはダットスに視線を移す。

「はっ」

「総裁選が終わったら、本格的に活動する。その日のために、戦力を十分蓄えておけ。我々に協力してくれる旧帝国の軍人達は大勢いる。しかも、財閥解体法と財産所有関係法が成立すれば、ケスミー財団の巨万の富が我々のものになるのだ。いくら急進派の組織が大きくても、後ろ盾がなくなれば大した事はない」

「はい」

 ザンバースはそのまま歩き出し、トレーラーを眺め始める。ライカスとダットスは顔を見合わせてから、その後に続いた。

 

 その頃、ケスミー財団のミタルアムのプライベートルームでは、ミタルアムがジッとインターフォンを見守っていた。彼は親友の新聞記者からの情報を待っているのだ。

「私だ」

 ミタルアムは、インターフォンがなるや否や、応答した。

「外線からです。お繋ぎします」

 秘書の声が言った。

「ミタルアム、とうとう上院も通過したぞ。財閥解体法と財産所有関係法は、二十日後に施行される」

「そうか。忙しいのにすまなかったな」

 ミタルアムは親友を労った。

「いや、何て事はないさ。それで、これからどうするんだ?」

 ミタルアムはフッと笑って、

「心配いらないよ。私だって、何も手を拱いていた訳ではない。十分承知して、対策は練ってある」

「そうか。それならいいが。まァ、あまり無理しないでくれよ」

「ああ。ありがとう」

 ミタルアムはインターフォンを切り、椅子に沈み込んだ。

「ザンバースめ、驚くなよ。私は私を陥れようとした者には、必ず報復するのが信条なのでね」

 ミタルアムは全く慌てた様子がない。彼には策があったのだ。

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