第五章 その二 クラリア・ケスミー
レーアは、一時的にディバート達のアジトに留まる事になった。
「さ、召し上がれ」
レーアがコーヒーを振る舞っていた時である。
「ディバート、リーム、いるか?」
通信機から男の声が聞こえた。
(あれ、この声は確か……)
レーアはその声に聞き覚えがある。確か、パルチザンのリーダーであるトレッド・リステアの隊にいたキリマスとかいう男の声だ。
「キリマスか? どうした?」
リームが応答した。
「中に入れてくれ」
キリマスの動揺は、声からも伝わるほどだった。彼はドアが開くなり、
「大変だぞ。ザンバースの暗殺団が動き出したらしい。ある筋の話では、赤い邪鬼とかいう捏ち上げの過激派を装っているって話だ」
そこまで話してから、キリマスはレーアの存在に気づいた。
「詳しく話してくれ」
ディバートが促すと、キリマスはレーアを睨んだままで、
「スパイがいる前では話せない」
「何ですって!?」
レーアが身を乗り出し、今にもキリマスに掴みかかろうとした。
「落ち着け、レーア」
ディバートはレーアを押えつけてから、
「彼女はスパイなんかじゃない。口の利き方に気をつけろ、キリマス」
「フン」
キリマスはそれでも話そうとしない。レーアはムッとして、
「わかったわよ。私が出て行けばいいんでしょ!」
とディバートの手を振り払った。ディバートはレーアの腕を掴み、
「そういう問題じゃない。そんな風に解決するのは間違っている」
彼はキリマスを睨みつけ、
「個人的な判断で情報を話さないのなら、俺にも考えがあるぞ、キリマス」
「わかったよ」
キリマスはディバートの剣幕に驚き、話し始めた。
「我々と繋がりのあるパルチザン隊のいくつかが、暗殺団に襲われたらしいんだ。生き残った者が、赤い邪鬼と書かれた旗を見ている。ザンバースの暗殺団には違いないんだが、今のところ証拠がないらしい」
「なるほど。我々連邦派を全滅させるつもりか?」
リームが口を挟んだ。キリマスはリームを見て、
「そのようだな。しかも、両面攻撃だ。一つは今の話、もう一つはその女のせいだ」
とレーアを指差す。レーアはムッとして何か言い返そうとしたが、ディバートが割って入った。
「レーアのせいじゃない。彼女を仲間に引き入れた俺の責任だ」
彼は悲しそうな顔で呟いた。キリマスは、ディバートの顔を見て決まりが悪くなったのか、
「わ、わかったよ。今は責任問題を論じている時じゃない。何とか、他のパルチザン隊と合流できないだろうか?」
ディバートは顎に手を当てて考え込み、
「今のところ、ザンバースは表立って我々を弾圧できる立場ではない。何とか集まる事はできるだろう。首領に進言してみるよ」
「頼むぜ」
キリマスはそう言うと、レーアを一瞥して出て行った。レーアはすかさず、
「ベーッ!」
と舌を出した。そして、
「どうして私を庇ってくれたの? 私が可愛いから?」
ニヤニヤして言うレーアに、ディバートは呆れ顔で、
「庇った訳じゃない。本当の事を言っただけだ」
「またまた! ホントは私に惚れてるんでしょ? 隠さなくてもいいわよ、ディバート」
レーアは悪乗りしていた。リームは関わりたくないのか、部屋をそそくさと出て行ってしまう。
「誰が君になんか惚れるか!」
ディバートはつい感情的になり、怒鳴ってしまった。
「酷い。そんな言い方、酷い!」
レーアは嘘泣きをした。しばらく続けていたが、ディバートが慰めてくれる気配がない。
「あ」
顔を上げると、そこには誰もいなかった。
その日の午後、レーアの親友であるクラリア・ケスミーは、父親のミタルアム・ケスミーがいる財団の本部ビルに出向いた。
ケスミー財団は、巨額な資金を保有するだけの巨大な企業体である。その資金は、地球連邦政府の予算の半分に匹敵するとも言われている。それほど大きな企業のため、ザンバースはケスミー財団の存在を恐れているのだ。
「よく来たね、クラリア」
CEO(最高経営責任者)のオフィスに入ると、父親のミタルアムは相好を崩して彼女を迎えた。多くの企業人達が、恐ろしくて近寄り難いと評するミタルアムも、一人娘のクラリアの前では、只の父親である。
「お久しぶりです、お父様」
クラリアは笑顔で父親に抱きついた。彼女はレーアのような重度のファザコンではないが、彼女と同じく幼くして母親を亡くしているため、普通の女子高生達よりは父親っ子かも知れない。そしてミタルアムも、クラリアのためならば、財団などいつでも人に渡してもいいと思っているほどの子煩悩だ。彼女が生まれる前には、絶対に考えなかった事だ。
「ねえ、レーアの事、何かわかった?」
クラリアはミタルアムから離れ、ソファに腰を下ろす。ミタルアムも彼女の向かいに座り、
「いや。
「そう」
クラリアはションボリした。そして、
「レーアが連れ去られたっていう記事は、捏ち上げなの?」
「そのようだ。シークレットサービスの連中は、連邦警察にも潜入しているからね。内部の情報も筒抜けさ」
ミタルアムはテーブルの上のシガーケースから葉巻を取り出そうとした。
「ダメ!」
その手をクラリアがピシャリと叩く。
「もう! 葉巻なんかやめなさいよ、お父様」
「そんなところまであいつに似なくても良さそうなものだ」
「まあ!」
クラリアはドキッとして、壁に掛けられた美しい女性の肖像画に目を向ける。それは彼女の母エメリアのものだ。亡き母もまた、父の葉巻好きを窘(たしな)めていたのだと言う。クラリアはコホンと咳払いして、
「何故そんな事までして隠そうとするのかしら? レーアが急進派の味方だとわかると、そんなにザンバース・ダスガーバンにとって痛手なの?」
「それはそうだよ。ザンバースが今一番気にしているのは、国民感情だ。今やザンバース以上に国民の支持を集めているのは、レーア君だ。そのレーア君が、実は急進派の味方をしたなどとわかったら、連邦の国民はどちらを信用すると思う?」
ミタルアムは、クラリアがシガーケースを手の届かないところに移動してしまったのを見ながら答えた。クラリアはその様子にクスッと笑いながら、
「そうね。レーアを使って、急進派に対する国民の感情を悪化させようとしたのに、それが裏目に出た訳ね」
「そうだな。レーア君が急進派に味方した事に最も驚いたのは、ザンバースだろうな」
ミタルアムは愉快そうに言った。
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