第五章 その一 煽動作戦

「その角を曲がった先の花屋が、地下室の入口になっている」

 ディバートが言った。レーアはホバーカーを左折させながら、

「誰の花屋?」

 レーアはスピードを緩めながら尋ねる。ディバートはレーアを見て、

「俺達のさ」

「ええっ?」

 レーアは驚いてホバーカーを停めた。その花屋の看板には、英語で「アルターフラワーショップ」と書いてある。しかし、地球帝国時代に、英語もフランス語も中国語も日本語もドイツ語も、その他のあらゆる言語すら、皇帝アーマン・ダスガーバンの横暴な言語統制によって使用禁止となり、「帝国標準語」のみが公用語となった。その後、連邦制に移行した際に「連邦共通語」となったが、すでに半世紀以上に渡る言語弾圧で、多くの国民が自分達の母国語を忘れてしまった。だから、レーアもそこに書かれている文字を読む事もできない。地球帝国の歴史は、アーマンとアーベルの劣等感の裏返しだった。彼等二人は、自分達と相容れないものを全て弾圧し、排除したのだ。人類史上稀に見る暴君達だ。

「何て書いてあるの?」

 レーアはディバートに尋ねた。ディバートは、

「さァ」

「ああ、また私の事、すっごくバカだと思ったでしょ!」

 レーアはすかさず突っ込んだ。ディバートはレーアを見て、

「思わないよ。君が読めないのは、君のせいじゃない。地球帝国の言語統制のせいだからね」

「?」

 レーアは、その歴史を学んでいない。それは彼女のせいだ。歴史の授業を寝ていたからである。

「さ、入ってくれ。ホバーカーも一緒だ」

 ディバートは扉を開き、レーアを導き入れた。中にはフェニックスの大きな鉢植えがあり、リームがそれをずらした。するとそこには人が一人通れるくらいの穴が開いていた。

「この入口は二度と使えないから、溶接してしまおう」

 ディバートが言った。

「そうだな」

 リームが答える。二人はシートを取り出し、ホバーカーに被せると、シャッターを閉じた。

「また地下道に入るの?」

 レーアは穴を覗き込んだ。ディバートは先に穴に入り、

「そうだよ」

「ああ、私が先! スカート覗かれたくないから!」

「そんな事、するか!」

 レーアの主張も虚しく、ディバートは先に降りた。レーアはリームを睨み、

「私が先!」

と怒鳴ると、穴を降りる。リームは肩を竦めた。

「上、見ないでよ、ディバート」

 レーアはスカートの裾を気にしながら梯子段を降りた。

「頼まれたって見るか!」

 しつこいレーアにディバートもムッとしたようだ。

「頼む訳ないでしょ!」

 レーアも言い返す。


 翌日の朝刊に、レーアが急進派の二人に「拉致された」記事が一面トップで掲載された。一般国民のレーアに対する同情は大きかった。彼女の写真が地球中に配信されて以来、レーアの人気は異常なほど高くなり、急進派への憎悪が国民の中に浸透して行った。特にレーアと同世代の男子達は、すっかりレーアの容姿に惹かれ、恋人から愛想をつかされる連中もいる始末だった。

 レーア救出運動が若い世代から沸き上がり、遂には政治的活動にまで発展した。そこまで進むのに三日とかからなかった。異常な事である。

「私、どうしても信じられないのよね」

 レーアの親友であるクラリア・ケスミーは、自分の部屋にクラスメートを招き、話していた。

「信じられないって、何が?」

 ステファミー・ラードキンスが尋ねる。クラリアは肩を竦めて、

「いい? レーアのホバーカーの腕前は、連邦警察のパトカーも追いつけないほどなのよ? そのレーアが、ホバーカーに乗って逃げようとしたのを急進派の人達が捕まえられると思う?」

「言われてみると、確かにそうね」

 アーミー・キャロルドが頷く。クラリアは二人を見て、

「ここ二、三日で、恐ろしいほどレーアの崇拝者が増加したわ。これも異常よ。何者かが煽っているとしか思えない」

 ステファミーとアーミーは顔を見合わせた。

「男の子達が、レーアを助けようって立ち上がるのはわかるのよ。あの子、可愛いし、人気者だから。でも、いい大人までもが、それに加わって大騒ぎするなんて、どうかしてるわ」

 クラリアの熱弁に気圧されたステファミーが、

「貴女はどう考えているの?」

「私は、レーアが彼等に味方したんじゃないかって思ってる」

 クラリアの大胆な推理に、ステファミーとアーミーは異口同音に叫んだ。

「まさか!?」

 アーミーはクラリアを見て、

「じゃあ、報道はデタラメで、政府の裏工作だって言うの?」

「ええ。そうだと思う。お父様が、諜報機関シークレットサービスの人達と多少付き合いがあるから、今連邦政府の内部で何が起こっているか、少しはわかるの」

 クラリアの父親は、地球最大の企業グループであるケスミー財団の最高経営責任者CEOである。ケスミー財団は、ザンバースに暗殺されたエスタルト総裁と関係が深かったので、シークレットサービスとも繋がりがあるのだ。そのため、ザンバースはケスミー財団の事を快く思っていない。


「ケスミー財団は、エスタルトの資金源だった。だからこれからの計画には、非常に邪魔な存在だ。そこで合法的に潰す」

 ザンバースは総裁執務室で、補佐官のタイト・ライカスと話していた。

「合法的に、ですか?」

 ライカスはザンバースの言わんとする事がわからないようだ。ザンバースはニヤリとして、

「連邦議会が満場一致で可決する法案だ」

「とおっしゃいますと?」

 ライカスは身を乗り出した。ザンバースは続ける。

「財閥解体法、財産所有関係法の二つだ。これでケスミー財団を解体する」

 ライカスは唖然とした。確かにそれなら、合法的ケスミー財団を叩ける。

「今までそのような法案が提出されなかったのは、エスタルトが連邦議会に圧力をかけていたからだ。仮に抜き打ちで提出されても、総裁には拒否権があるから、奴の時代には絶対に成立しない法律だった」

「はァ。国民の支持も得られる、正当な方法ですね」

 ライカスはザンバースの考えを賞賛した。

「その通りだ。ケスミー財団が健在なうちは、こちらも迂闊な事はできん。それに財団と繋がりがあるシークレットサービスのエーシェントも多い。そいつらを叩くにもいいのだ」

「なるほど」

 ライカスは賞賛を通り越して、脅威を感じていた。

(何があっても、この方には逆らうまい)

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