第四章③

 九回表の『錦守ハイランダーズ』の攻撃は〇点に終わり、いよいよ最後の攻撃――延長に入れば違うが――が始まる。見逃し三振に倒れた『風神』は、打てなかった自分への怒りと、打たせなかった投手への複雑な感情とが混雑したような視線を、九頭竜坂へと向けている。

 しかし現状、ビハインドなのは陽目側である事実には依然変わりない。こと八、九回は陽目が押し気味とはいえ、彼は未だに一度も錦守陣営からリードを奪えていないのだ。陽目が『風神』攻略を見つけ、何とか二点を返したものの、その後は純粋な実力差――風を使わず――で押し切られ追加点を奪えなかったのだ。

 ここまで試合の一部始終を余さず観戦していた大名寺蓮華は、本人曰くチャームポイントである広いおでこを持ち上げるように両手を当てていた。

 彼は『風神』攻略に必要不可欠な違和感を二つとも暴いてみせた。一つは彼女の助言もあったとはいえ、ほぼ自力で気付いたのである。対して自分は、その入り口に立つことはできてもゴールに達することはできなかった。これは歴然とした違いである。

 その両手の土手の部分で両目を圧迫するように押し付ける大名寺。今は攻守交代時に与えられる既定の投球練習の最中だ。だから、少しくらい俯いていたって構わないだろう。

(……どうして――――)

 彼女は錦守アキラに――『風神』に負けた。前情報もなしで、それでいて最高峰の投手をぶつけられたのだから仕方ない――――本当にそうか?

三点差に開いた時点で、どこか『負けたな』と無意識的に考えてなかったか?

 近衛一本が奪われた時点で、もう二度と錦守に勝つことは叶わないと諦めてなかったか?

 選手と同調するということは即ち、その選手と心を通わせるということ。負けだの諦めだのと、そんな感情を僅かながらに抱く監督の下で、どうして選手たちが実力を発揮できようか。

 目を塞き止めているはずの手の平から、手首を伝って涙が滴り落ちてくる。

(――どうして。今、私は『あの場』にいない? どうして、勝負することを最初から諦め、こんなところにただ座っている……!?)

 どうして疑った。どうして見失った。

 自分には勝つための情報も、選手も揃っていたはずなのに。勝負など、そんなものは蓋を開けてみなくては解らないはずなのに。

 陽目葵の前では精一杯先輩の仮面を被り演じていたが、それも先日の電話で化けの皮が剥がれてしまった。我ながら情けない真似をしたと思っている。あの時、彼が大名寺をこの試合に誘っていなければ、間違いなく彼女は自室に籠ったままだったろう。あの少年に何らかの意図を含んだものはなかっただろうけれど、それでも彼女には得るものがあった。

 とにかく今は、彼の大事な試合に集中しよう。今度こそ、試合の結末から目を逸らさぬために。

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