第三章 一方その頃

 バックネットに一人、その試合を生で観戦する者の姿があった。

 ――大名寺蓮華。錦守アキラに『昇格戦』で敗れ、そのチームの三番を担っている近衛市本を奪われた張本人である。

 そこに平生の彼女たり得る快活さは見られなかった。日の出を恐れているように黒のフードを目深に被り、自分を慕ってくれている後輩に声援一つ送ろうとしない。ただ、何回も観た映画を惰性で見直しているような、そんな目つきだった。

 フードの下の顔はやや痩せこけているようで、肌の具合も悪い。ただそこにいるだけ――無理矢理生かされているようでもあった。そんな彼女が、どうしてこの試合を観戦しに来たのか。実のところ彼女自身も解っていない。

 陽目葵に「見に来てください」と言われたものの、約束したわけでもないので見に行かずにいれたのである。自分の自信を打ち砕いた『風神』が、マウンドでまたもや猛威を振るっている――その事実だけで、大名寺は目を背けたくなった。

 しかし、それは何故かできなかった。

 背けることを許さない、使命感のような、はたまた引力のようなものが彼女をここへと誘ったのである。付け加えるなら、この試合を見逃したら自分は生涯二度とこの世界に足を踏み入れなくなってしまう――そんな予感もあった。

 試合は序盤を終え、スコアは二‐〇。初回の失点以降スコアボードに〇が連続している。九頭竜坂は悪条件の中苦戦しながらも、持ち前の剛速球で要所を締めるピッチングを披露していた。その一方で『風神』シルヴィア・アレクサンドラは。三回を四番のヒット一本に抑え、ここまで無四球奪三振三つと安定感を発揮している。大名寺との試合では序盤で三振の山を築かれ、終わってみれば十三奪三振を記録したのを考慮すると、陽目が『風神』を相当研究したのだと解る。

 ――大名寺は少年に、『風神』の弱点は風にあると告げた。それは映像越しからでは決して判明しない、グラウンドで相対した者だけが感じる違和感である。彼女にはついぞ解き明かすことができなかった。それを抱いたまま九回を迎え――負けた。

 そしてもう一つ。電話の時には話せなかった違和感があった。

 一つ目の明確な違和感と違って、それはほんの少し首を傾げさせる程度のもの。――されど、大名寺は直感していた。

 それら二つの違和感の正体を突き止めなければ、真の意味で『風神』を攻略することはできないと。

 そして相手チームに待つものは、『敗北』の二文字である――――と。

 彼女は虚ろな眼光のまま、試合は中盤へと移る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る