第三章 幕間

 錦守アキラは、己のことを傑物だと思っていた。

 裕福な家庭に生まれ、質の高い教育を受けて育ち、『監督』になるために必要な『マネージャーカード』も簡単に用意できた。何の苦労もなく野球の練習に専念できたのですぐに上達していった。

 『チーム戦』に挑むと両親に打ち明けた際に三百万程支度金として貰ったが、彼自身はいずれ出世払いで返してやろうと考えていた。自分であればそれほど時間をかけずとも稼げるはずだと。

 傑物たる自分はやはり運にも恵まれているようで、初めてのガチャでSレアを引き当てた。自分がその他の有象無象とは一線を画す存在だと、信じて疑わなかった。その照明であるかのように、『チーム戦』に上がってからも怒涛の勢いで領土を増やし、『ランク戦』でも全勝で『昇格戦』の権利を得た。

 当然だと思った。

 Fランクマスター相手でも、負けるはずがないと思った。

 ――しかしそれは大きな勘違いだったのだと、負けてようやく気付いた。

 そのFランクマスターはSレアを三枚保有していた。彼は未だSレアを一枚しか持っていなかったので、戦力的には大幅に負けていたのも敗因としてある。そしてそれ以上に、監督としての力量差に愕然とした。

 チームの連携も完璧で、選手の実力を完全に引き出している。後で調べて、そのマスターは現在Cランクにまで駆け上がっているほどの天才だったのだと判明した。相手が悪かった、と言えばその通りだが、上には上がいるのだと証明されてしまった。――見えていなかった天井が、すぐ目の前まで接近している風に錯覚した。自分の限界のように、錯覚した。

 敗北後Gランクに残留してからというもの、待ち受けていたのはまさしく臥薪嘗胆の日々であった。Sレアを持っていかれ、柱が抜けた状態の脆弱な彼のチームをお礼参りと言わんばかりに攻め入られた。『侵略戦』の申し込みが、示し合わせたように三日連続で舞い込んだ。

 今までの栄華のしっぺ返しだったのだろう、当然の如く三連敗――『昇格戦』込みで四連敗を喫した。レアで有力な選手を引き抜かれ、三人目にはお金を盗られた。

――もう駄目だと、挫けそうになった。いや。そこで挫けていられたらどれだけ心が軽くなっただろうか。

 しかし錦守は諦めなかった。カードに頼り切るのではなく、まず監督としての技量に磨きをかけた。残った戦力で戦えるよう工夫を凝らした。結果、その後に行われた『侵略戦』に辛勝ながらも勝利を収めた。

 それを契機に、カモだと高を括っていたマスターたちが怯み、申請が一時留まった。戦力を立て直すには今しかないとガチャを引きに行き――――そこで『神』に出会った。

 『風神』。その異名を持つ選手を中心にチームを再編した。その矢先に、大名寺蓮華なる人物から『昇格戦』の申し込みが入った。以前の自分であれば舐めた真似を、と激高していたかもしれない。だがこの時の彼は、むしろチャンスと捉えた。

 ――――自分を甘く見た連中に対する、宣戦布告の材料として。

 新参の彼女を圧倒することで自らの力を誇示し、他のマスターに震えて待っていろと、重厚を突きつける――その見せしめとして、だ。

 端的に言って、大名寺蓮華は思いのほか強敵であった。それは認める。なかなかの高位Sレアを所有しており、彼女自身の技量も高い。天狗になっていた頃の錦守であれば容易く勝利していたと思えるほどに。

 だが、勝った。『風神』の加護を得た彼には及ばなかった。それと同時に、自分自身の成長も感じられた一戦だった。

 その試合で得たSレアを調整している際、またもや『昇格戦』の申し込みが入った。余程の阿呆でなければ、前回の試合を見ているはずだ。そんな敵であれば相手にならない。

 しかし、もしも相手がその試合を研究していたのなら、その人物は勝てると判断できる程度の戦力を有しているのか――それとも、過去の錦守のような自信家か。そのどちらかだろう。

 その申請内容を確認すると、対戦相手の名前には『陽目葵』と記載されていた。

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