第三章④

 翌日、陽目は昨日の試合を何度も繰り返し観て研究をしていた。

 相手の粗探しをしていく過程で判明したことはいくつかある。『風神』関連ではまず、彼女の持ち球はストレート、緩いカーブ、縦に大きく割れるスライダーの三球種である。常時一四〇キロ中盤を計測するストレートを軸に、カーブでカウントを稼ぎ縦スライダーを決め球に据えているようだった。この映像では解らなかったが、それに加えて風向操作も行っているはずである。

 打線に関しては、現状出ていた選手のステータスくらいは調べたものの、やはり不安が残る。それもそのはずで、あの打線には大名寺から奪った近衛一本が加入するのだ。シルヴィア・アレクサンドラとその男が務めるであろうクリーンナップは、陽目のそれと比較すると数倍上の破壊力を秘めている。

 錦守の前の試合も遡って研究しているものの、起用しているメンバーの顔触れにかなり変更が為されている。おそらくは『風神』を引く際に出たレア軍団を使用しているのだろう。

「マスター」

 ブツブツと得た情報をまとめていると、不意に背後から声をかけられた。その主は当然綴町で、頼んでいたことについての報告を始める。

「錦守アキラに関してですが、予想通りこれから十日以内に『侵略戦』を行う予定はありませんでした。……なので、マスターからの指示通り十日後、『昇格戦』を申し込んできました」

「ご苦労さま」

 ――陽目はもうすでに錦守アキラに挑戦状を叩き付けたのだ。理由は二つあって、一つは奪ったばかりの近衛一本と完全に同調させないためである。Sレアの力は強大故に、同調するには時間を要する。『チーム戦』では原則試合申し込みを拒否できないので、早めに楔を打ち込もうとしたのだ。

 もう一つは錦守が『侵略戦』を行い、そこで勝利されてさらに戦力を増強されることを恐れたからであった。Sレア最高峰の選手たる『風神』シルヴィア・アレクサンドラと、野手の中では高位Sレアに値する近衛一本。この二枚を要している監督なら、Gランクでなら無双できるレベルだ。そこからまたSレアを補充されるようなことがあっては、陽目が錦守に挑むのは完全に自殺行為となってしまう。

 もちろん、陽目もまだチームができあがっておらず、急ピッチで仕上げる必要がある。加えて相手チームの研究なども並行してやっていかなければならない。――戦いは、試合が始まる前からとっくに始まっているのだ。

「それと、頼まれていたピッチングマシンの使用申請出しておきました。一四五キロ出てかつ、変化球も二種類設定できるやつを。四時間借りましたので、ひと段落ついたら練習場に向かいましょう」

「ああ、解った」

「……あの、マスター?」

 ふと、彼女は不安に揺れる声色で、懸念を口にする。

「止めにしませんか、この戦い。――あまりに無謀過ぎます」

「…………、」

「『風神』が相手側にあるだけできついのに、前回こてんぱんにやられた近衛一本までいるんですよ? 対してこちらは九頭竜坂の一枚のみ。……戦力差は、始まる前から歴然です。オッズだったら、錦守側に一倍ちょっとしかつかないレベルです」

 綴町の言葉は次第に、語気を強めていく。それは心配だからこそ漏れ出るのだと、聞く手の陽目もよく理解している。であるから、彼は彼女と向き合うよう身体を回転させる。

「マスターだって解っているはずです! 今回のは私怨とか敵討ちで挑んで良い次元の範疇を超えているって! 負けたら、間違いなく九頭竜坂を失います。そうなったらマスターが『チーム戦』に上がる計画は、少なく見積もっても半年はずれ込みます。……最悪、復帰できないかもしれません……っ!」

 『チーム戦』で一度負けるということは、そういうことなんですと、綴町は心底憂慮した表情をして言った。マスターをサポートする存在の彼女の言葉は、基本的に正しい。それに従うことが最善の道だと考える人もいる。

 ――それを理解してなお、陽目は首を横に振った。

「違うんだよ、綴町」

 違うって何がですか、と少し湿った風の声で彼女は問うてくる。彼は続ける。

「私怨とか、ましてや敵討ちでもない。――自分はただ、錦守アキラと戦ってみたいんだよ」

 そこだった。最適解とはかけ離れた、実に身勝手な欲望。サポートする立場からでは想像もつかない発想に対し、綴町の表情が面食らったそれに変わる。

 それに気付いているのか否か、陽目は熱弁する。

「あの『風神』を実際に打席から見てみたい。打ってみたい。それを率いる錦守と戦って、勝ちたい――――それだけだよ、自分が為したいことは」

「そんな、理由で……?」

「前にも言ったけど、錦守にこれ以上力を蓄えられると本格的に手出しできなくなる。なら今がまさに戦うことのできる好機。彼に勝利することが可能なのは、せいぜい二週間だけだろうね」

「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………、」

 絶句。正しくそんな表情で固定された彼女の顔は、見ていて正直面白い。喜怒哀楽の激しい彼女には、内心すごく助けられていると感じているのが本音だ。

 ハッ、と時間停止から解き放たれたように目の焦点を陽目に合わせた綴町は、おっかなびっくり尋ねた。

「……ひょっとして、それが理由ですか?」

「イエスアイドゥー」

「キルユー……じゃなくて! マスター、ひょっとしなくても貴方バカでしょう!? このカードバカ!」

「う、うん。まあな」

「何でカードバカ呼ばわりされて喜んでんですかこの変態めっ! あー私完全に仕える相手を間違えた~!」

 本気なのか軽口なのか、真剣に判断がつかないと困惑する陽目。けれど、いくらか余裕が戻ってきたのは確かであった。

 その後数分間罵られてから、ようやく切り替えられたといった風に一転、彼女はパンパンと己の頬を叩いた。よし、と小さく漏らし腰に手を当てて、

「まあ、これ以上マスターを責めても始まりませんし、こうなったら腹を括って『風神』退治に乗り出しましょうか」

「ああ。よろしく頼むよ」

「頼まれましたっ! 任せてください!」

 お互いに拳を握ってコツンと軽くぶつけ合う。主従の二人の目指すものは一致し、二人三脚で共に挑戦する決意を固めた。もう何も怖いものはない――――

「ところで、そんなに自信満々なら勝つための妙策を思い付いてるんですね?」

「うむ。――……それもこれから一緒に考えよう」

「知ってた知ってた知ってました」

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