第三章②

「いやー、さっきはうちのがゴメンね」

 そう言って片手を立てて謝ったのはやはり大名寺だった。元はと言えば陽目が話しかけなければ防げたことで、結局二人して謝罪することになった。

 九頭竜坂も近衛もカードへと【帰還】させており、今いるのはマスター二人と綴町の三人だった。ちなみに、大名寺は無闇に『マネージャーカード』を出さないらしく、個人的な場に限定して現界させているようであった。

 綴町が陽目の謝罪にうんうんと繰り返し頷き、

「そうですよ。カードの中には気高いのとか頑固なのもいて、マスターであれども礼節を弁えて接しなければ命令に背くのもいるんですよ、SSレアの王族シリーズとか」

「へえ、ぜひ手に入れたいな」

「何故今の説明を聞いて入手したくなるのか……私には解りません」

「せっかくだから色んな選手と触れ合ってみたいと思うのは、マスターとして当然の性じゃないか?」

 未知なるカードに思いを馳せる陽目の姿を見て、ニコニコと微笑んでいる大名寺は手の甲で顎を支えるように両手を組んだ。

「相変わらず、そのカードに対する情熱は変わんないねえ。私も選手達とはなるたけ親身に接しているとは思うけど、キミには及ばないだろうね」

「その選手を知るには、仲良くなるのが一番ですから。他の人はそんな暇あったら練習した方がマシ、って人もいましたけど、それなら自分の睡眠時間でもなんでも削ればいいんですよ」

「スパルタだね……、選手にも自分にも」

「?」

 そうか? とかなり真剣に首を傾げている様子の彼を見て、彼女の笑みは苦笑へと変わった。上位ランクに上がるような人間は、陽目以上に頭のネジが数本弾け飛んだ連中だと言われている。ということは、彼もこれから登ってくる可能性だってあるわけだ。

 そうだ、と思い出した風に小さく呟き、彼女は真剣味を帯びた表情で問いかけてくる。

「――葵くん。君はやっぱり、この地区から『チーム戦』に挑むのかい?」

 問われた少年は即座にその意味を汲み取る。『チーム戦』に加わっていないマスターは、基本的にどんな地区でも挑戦することができる。彼の場合で言えば、極論を言えば世界の端で『チーム戦』に挑んだっていいわけだ。

 しかし、一度その身がランクマスターになってしまえば、その者は自分の担当地区を治めなければならない。治めるといっても何らかの政策を打ち出す必要はなく、ただ地区内から税金を徴収するだけだが。つまり、そう身軽に地区替えを行うことはできなくなってしまうのだ。手持ちの領地を全て失うまで、そのマスターは生涯そこで上を目指さなくてはならない。

 そこから彼女の言いたいことを読み取ると、『私はこの地区からGランクに上がるけど、君も同じ道を歩むと私を倒さなくちゃならないぞ』という風になる。大名寺を倒さずして、陽目は真のマスターにはなれないのだ。

陽目自身も、今の計画に沿うならぶち当たる壁だと考えていた。大名寺もどう考えての確認かも定まっていない。いずれ戦わなければならないことを『嫌だな』と思っているのか、『ラッキー』と感じているのかすら、陽目には解っていないのだ。

 彼はじっくりとその問いを吟味して――いや、答えは始めから決まっていた。その返す言葉を探っていたのだ。

「――はい。たとえそれが元で、貴方と敵対することになっても」

 それを受けた大名寺はそうか、と軽く頷くだけで、それ以上追及する姿勢を見せなかった。ただ、何か納得したように頷くだけだった。

「だいたい、大名寺さんはまだGランクにも上がってないじゃないですか。そんなことを心配するのは時期尚早では?」

「まあねえ。けど、君らもある程度は調べてると思うけど、そこまで強敵じゃないからね~」

「自分調べてないんスけど」

「そんなこともあろうかと私が事前に調査しておきました!」

「マジか」

 自分の相棒の有能さには時折驚かされる。時折、というのもオンオフの落差があり過ぎて、それを発揮する場面が少ないからである。

 ちょっと待ってください、と時間をもらい、彼女は予め纏めておいたのであろう情報にアクセスをかけている。『マネーカード』特有の権限で、ランクマスターのデータ全て閲覧できるのだ。今も綴町は眼前にウィンドウを広げてそれを探している。

「あ。ありましたよ。えーと……、この第七区のGランクマスターの名前は錦(にしき)守(もり)アキラ。現在の領土は二つですね」

 目当てのデータを発見した彼女は、その一覧を反転させて陽目たちに掲示する。そこには件のマスターの顔写真やら戦績やらが記載されていた。その顔写真を見た第一印象は、まだ若く自信家っぽい雰囲気がまず目に入った。これがいつ撮られたものか定かではないが、齢は二十歳前半で、野心に燃えた者特有のギラギラとした眼が特徴的だった。

 綴町は少し間を置いて続ける。

「彼は約一年前に『チーム戦』に参戦。Sレアを一枚保有しており、それを駆使して次々と領土を確保、そして五つ目を手に入れた直後に行われた『ランク戦』で優勝、瞬く間にFランクマスターと対戦しました」

 『チーム戦』にも二種類あって、まず一つが自分の意思で相手の領土を攻めることができる『侵略戦』。もう一つが先述にも挙げた、定期的に開催される、同地域内の『ランク戦』――昔で言うところのペナントレースのようなものだ。これは総当たりで行われ、最も勝率の高いチームが、そこを治める一つ上のマスターと対戦する権利を得るのである。昇格戦を拒否することもできるが。

「――しかし、そのFランクマスターとの対戦で惨敗、その試合で唯一のSレアを持っていかれてしまい、レア選手のみになった錦守はその後同地域のGランクマスターらに狙われ、立て続けに連敗。この前何とか撃退できたため今は侵略も静まっていますが……、まあ束の間の休息であることは確かでしょう。倒しやすい相手ではありますから」

 それにもうじき、大名寺さんが攻めますからね、と最後に付け加えて、綴町の説明は一旦終了した

 『侵略戦』と『昇格戦』――『ランク戦』は負けても領土と選手は失わない――では、勝ったチームには報酬として相手チームから『カード一枚』か『お金』を得ることができる。たいていのマスターはカードを選ぶので、自分の主力をほぼ確実に一枚失うことになるのだ。

 無論、大名寺も近く控える『昇格戦』で敗れてしまえば選手カード――間違いなく近衛一本を奪われてしまう。そうなれば、彼女がGランクに上がる計画は大幅に遅れる。陽目の方が早く『昇格戦』に挑むことになるだろう。陽目が危惧しているのはそこだった。

 彼女もそれを理解したらしく、手を振りながら朗らかに言った。

「ダイジョーブだって。私も錦守の過去の対戦動画は全てチャックしたし、相手投手の対策も積んだからね」

「でも、もしそれとは別の選手を手に入れたとしたら……」

「それは失言だよ、葵クン」

 言って、彼もハッとなった。――そうだ、彼女はデータなしだったSレア投手・九頭竜坂雅を打ち崩したのだ。

 彼女はふふん、と薄い胸を張って言い切る。

「そーゆーことさ。前情報なしの投手であっても、SSレアとかそれに比するレベルの投手でなければ、九イニング中に捉えることができる。どちらかと言えば、厄介なのはSレア野手を手に入れてた場合だね。そっちとはまだ戦ったことがないから、抑えられる確証がない」

 誇示するように、けれど淡々と事実だけを述べていく彼女は、小柄な体格以上に大きく見えた。

 相手はさして驚異的な存在ではない。それは大名寺にとって油断する材料にはならないのだ。彼女はきっと誰にでも全力を尽くし、そして勝ってくれる。そんな期待感のある敏腕監督だ。

 陽目はそんな彼女を疑いもせず、遠くない未来で対戦することを夢見ていた。



 ――『チーム戦』では今日の大富豪が一夜にして根無し草になる。

 これは『チーム戦』の恐ろしさを語られる際によく用いられる実話である。BランクだかCランクだか、とにかく領土からの税収と自身が立ち上げた会社により年間十億円以上を稼ぐマスターがいた。SSレアも所有していたらしく、監督としても一定程度優秀であったことは間違いない。

 しかし、そんな一見盤石に映るそのマスターも、たった一度の負けで虎の子のSSレアを持っていかれ、弱体化したと睨んだ他マスターらがこぞって彼の領土に攻め入ったのだ。失ったSSレアの不在は強く影響し次戦も敗れ、そこでまた主力選手を強奪されてその穴の影響でまた敗れ――――そんな負の連鎖を数回繰り返し、その大富豪は全ての領土を失い失墜した。

 正確には一夜ではないのだが、少なくとも最初の一敗がその男から全てを奪う要因になったことには違いない。たった一つの黒星が全てを狂わせる――そういう弱肉強食の世界なのだと、その話は語り継がれている。

 そしてまた、陽目と大名寺の二人も身を持って知ることになる。

 『チーム戦』の世界は、寸分違わず弱肉強食の世界であるのだと。

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