第二章⑤
数ある野球場にて。
「――よし、次いくぞぉおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
投球練習に勤しむ一組のバッテリーの姿があった。
ここは、陽目が『マネージャーカード』を通じて借りている練習場である。グレードは低く、一月の利用料が十万を少し下回るという親切設計になっている。とはいえ、地方球場みたく外野は狭く、土質も悪い。使える機材も古いピッチングマシーンだけ。最高ランクになるとトレーナーも付いてくるらしかった。臥薪嘗胆の想いである。
受ける捕手は山郷。操作をしているのは当然陽目である。彼自身は左打席付近から観察するように立っており、『合同チーム戦』の時みたく一人の選手に没頭している訳ではない。マウンド上にいる投手にも意識を割いているのだ。
その投手は、女性だった。現実の女性としては長身の、百七十を優に超える体格で、鍛えられた様子が窺える引き締まった体躯。綺麗な栗色の髪は邪魔にならないよう後ろに纏めて結っていて、勝気な眼が特徴的であった。カード欄に『性別:女性』と表記されてなければ危うく男と勘違いしていたかもしれない。
ワインドアップから入る投球フォームの始動は、ゆったりとしている。力感がない、と言い換えてもいい。脚を上げ、グラブを胸元へと持ってくる。そして、テイクバックの後の右腕から、ボールが放たれ――――
ッッッドン!! と。
凶暴な唸りを上げて、それはミットへと炸裂した。
受けた山郷のミットも、高めのボールを受け止めた際に弾かれた風に仰け反っている。ビリビリ、とその衝撃が捕手の手を通じて陽目のそれにも伝わってくる。焼けたような、痛み。
やや顔を歪めた彼は、山郷の背後で構えていた綴町に尋ねる。彼女にはスピードガンと呼ばれる球速を測る道具を持ってもらっていたのだ。
「何キロ出た?」
「……一五一キロ、です」
この剛速球を前にして、陽目はそんなものなのか、と若干冷めた様子でそれを受け止めていた。一五〇台の直球は、レアでは絶対に弾き出せない速度だ。しかし、山郷の視点を借りて捕球を補佐した身としては、球速以上の圧力を感じたのである。それこそ、一六〇に迫るほどの威力を。
何せ、今でさえようやく捕球できたとはいえ、それに至るまでに五十一球を要している。初球なんて顔面直撃したくらいで、マスクをしていなければ首から上が吹き飛んでいたのではないかと背筋が凍ってしまった。真剣に。
チラッと投手に目を遣ると、何やら違和感があるのかしきりに首を傾げている。もしや怪我でもしたのか、と不安になった陽目は彼女に呼びかける。
「どうかしたのか、九(く)頭(ず)竜(りゅう)坂(ざか)?」
投手――九頭竜坂雅(みやび)は、凛々しい顔を上げてピシッと人差し指をこちらへ向けてきた。
「――駄目だ。全っ然なってねえぜマスター。俺の力をこの程度までしか引き出せていないとは、いくら何でも打たれた責務を全て背負いかねちまう」
そう指摘された陽目は、それに対して震えていた。彼女の言葉を屈辱と捉えた故ではない。九頭竜坂も気になったのか、覗き込むように上体を折り曲げた。
「どしたー? まだ上があるって怖くなったか?」
「――いや? むしろもっと凄いボールを見られるのかと、震えてきたんだ」
「……へえ」
ギラギラとしたと光を放つ双眸を見据えた彼女は、一瞬呆気に取られた風に詰まったが、すぐににやりと好戦的に笑った。
「いいね。アンタは、俺のマスターになり得る素質を秘めているようだ」
「その期待に応えられるよう、一日も早く全力を引き出せるよう努力するよ」
「よっしゃあっ! まだまだ投げ込み続けんぜーっ!」
うおおおっ!! と熱く燃えている二人を見て、蚊帳の外であった綴町は無言のままやれやれ、とため息を吐いた。
(この二人……また妙に波長が合ってるなあ…………)
Sレアの九頭竜坂雅を当てた時は飛び跳ねて喜んだものだが、その性能は良くも悪くもぶっ飛んでいたのを知り、お茶を濁された感じになってしまった。
彼女のステータス欄には、『選手名:九頭竜坂雅』『分類:投手(Sレア)』『球速:A+ 制球力:C 変化球:G 持久力:C+ 守備力:C 運:C+』と記載されていた。本来SRのステータスは『B+』が限界値なのだが、彼女の場合パッシブスキル【直球バカ】を所持しているのだ。このスキルには『変化球をほぼ投げられなくする代償に、球速値を三段階アップさせる』効果があり、元の『B+』から『A+』まで引き上げられているのである。デメリットとして変化球が『G』になってしまうのだが。
あまりにピーキーすぎるその性能は、球速だけ見ればSSレアでもトップクラスだろう。全力を引き出せれば一六〇キロに到達することも充分可能だ。けれどこの投手、Sレアの中ではあまり人気がないのであった。
まずスキルの影響で変化球を投げられないのが大きい。スローボールくらいは投げられるらしいが、とても実戦で使い物になるレベルではない。上のランクへ上がれば上がるほど、他監督の力量も増していく。直球一本で抑えきるのは困難だという判断である。
次に、これはCランクまでの話であるが、その脅威的な直球である。最大の武器であるはずの剛速球が、最大の問題なのだ。
大名寺のエース投手『マシュー』も相方探しに苦労していたが、性能面であまりに差があるとまともに受けることは難しい。マシューであれば『変化球:C-』であったから、受ける側の捕手には最低でも『D-』以上の守備力が求められる。これ未満のステータスなら、守備力補正が足りず後逸が増える恐れがあるのだ。
つまり、『球速:A+』を誇る九頭竜坂の相棒には、最低でも『B-』程度の守備力が必要となる。直球一本ということを鑑みると、『C+』でも対応できないこともないが、どうしたって危険が付きまとう。ゆとりを持って受けるには『B』前後の守備力を求められるが、それだけの守備力は相当な高位Sレアか、守備特化捕手の二種類しかない。EランクまでだとSレアでスタメンを固めるには至らず、ということが大半なのでレア捕手が受けるチームもある。そのキャッチャーがいかに守備特化でも、レアでは『C』が最大値。スキルで補うことが可能でも毎イニングはまず不可能である。――つまり、九頭竜坂のバッテリーとなり得るのは基本的にSレアしかあり得ないのだ。それ以外では彼女を扱いきれず、涙を持ってトレードに出すしかないが相手もそれを承知して足元を見てくる。相場としては千万に届くかどうかといったところだ。
現に今も、守備補正が足りていないのか陽目も完全な捕球には程遠い。オールBの選手だったならまだ御しやすかっただろうに、性能が極端な投手は異常に扱いづらい。
(これ……彼女を制御できるまでにどれだけ時間がかかるか……前途多難だなぁ…………)
先行きの危うい未来を、綴町は今さらながらに痛感したのだった。
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