第二章④

「馬鹿な……っ! そんな……あり得ない…………ッ!」

ぐにゃあ、と顔を歪ませる陽目と綴町。それもそのはず、予定の半分を超えるカードを引いて、未だレア枚数は九枚。およそ二回に一回はレアカードが排出されるので、少なくとも十二、三枚には達していなければ確率的におかしい。もちろん中にはレアでもチーム編成の穴を埋めてくれるカードもあったのだが、ポジションが被っていたりいまいち使い勝手の悪いとされる『獣シリーズ』のカードが混じっていたりと、もしこの場に知人がいて励まそうとしても顔が引き攣るか吹き出しているだろう。綴町はそのどちらでもなく、途中結果にある程度絶望したのち、頭を激しく掻き毟り出した。

「ああああああああっ! もう駄目だもうお終いだぁ……。何か月もかけて貯めた資金がぁ、私の息子たちがぁ……! 大して使えないカードに変わっていくぅ……!」

「どうどう」

「どうどうじゃないでしょおおおおおおおおおおおおおおっ!! なぁにが勝負パンツですかじぇんじぇん当たんないじゃないですかーーーーっ!! そうだった、この人が妙に自信がある時は信じちゃいけないんだった……!」

(これ以上ないくらい自信満々だったんだけどな……)

 ああ、と魂が漏れるような慟哭に、ズキッと良心が痛む。いや、運任せなのだから悔やんでも仕方ないのだろうが、何故か実力不足を責められているように錯覚してしまう。これが泣き落としというやつか。

 これ以上心労を負わせるのも忍びない――なので、迅速に残り枚数を引くことにした。

「――――ってちょっと待てぇえええええええええええぇい!!」

 次のガチャチケに手を伸ばした俺のそれを、ガシッと鷲掴みにして綴町は静止を求めてきた。ミシミシ、と骨が嫌な音を立てているような気がする。

「何スかパイセン?」

「『えー』みたいな顔しないでくださいってかまだ引くつもりですか!? 正直今日はアンラッキーデーですって! もう諦めて占い一位になるまで待ちましょうよ!」

「でも三位だったし……」

「そんなのどーせ他のテレビ局見たら同じ星座でも最下位とかになってますよ!」

「マジか」

 きょとんと動じていないマスターを見て、はぁああと心底深いため息を吐き出す相棒。そのうち胃に穴が開くんじゃないだろうかと心配になってくる。

 金持ちになったら慰安旅行に連れていこう、と密かに決意し、陽目は自説を述べる。

「でも、確率的に悪い方引き続けてるんだから、逆説的に次辺りは良いカードが出るんじゃないの?」

「駄目だこの典型的なギャンブラー脳……早く何とかしないと…………」

 頭痛を抑える風に頭を抱え出す綴町は、いいですかとあたかも説教を始めるような口調で言う。

「大成する人間は、引き際を弁えているんですよ。沈みゆく泥船に愛着抱いて乗り続ける船乗りはいないでしょう?」

「そんなことは」

「あるんですっ! 私なら保険かけた後で沈めますけど! ……ごほん。えー、つまりマスター、神がどうとか語るつもりはありませんが、それでもついてない日はあります。なので、ここは一旦引いた方が――――」

「それはあり得ないよ」

 っ、と面食らったように黙り込んだ彼女は、やはり不満げな表情だった。

 綴町京子は、外見も内面もまさしく人間そのものだ。これから先、人類がどれほど進歩しようと彼女たちほど見分けのつかないものは造り出せないだろう。それに釣られてか、彼も彼女を人形扱いしたことはない。けれど、裏を返せば彼女は自分に使役されるカードに過ぎない。もしマスターが命令すれば、それがいかに痴呆行為だとしても飲み込むしかない。

 ――そんな真似、陽目はしたくなかった。だから自分の内心を惜しまず披露する。

「時間はそんなに余っているわけじゃない。むしろ足りないくらいだ。さっきも言ったけど、大名寺さんとの試合まであと十日しかない。今日で何とか戦力を整えて、守備連携やその選手の癖なんかもチャックして慣れなきゃならないからね」

「……そんなに大名寺さんと戦うことが楽しみなんですか?」

「うん。だって恩人でかつ、憧れのプレイヤーだからね。その人と何の立場もわだかまりもなく戦えるなんて、上に行けば考えられないことだ。だから、今全力で臨めるように準備しておきたいんだ。それに――――」

 それに、とまだ続きがあるのかと若干呆れた様子の彼女は、それでも耳を傾けてくる。

「――――時間をかければかけるほど、君と一緒に上の景色を観れなくなってしまうじゃないか。自分をどん底から救い上げてくれた相棒には、自分がどれだけ駆け上がれるかを見届けてほしいんだ」

「…………………………………………………………、」

 鳩が豆鉄砲を食らった――まさしくそんな顔になって、彼女は途端に呆けてしまった。目の前で手を振ってやっても毛ほども反応しない綴町に対して首を傾げて、今のうちだとここぞとばかりにガチャチケを投入する。

 それを見てか、彼女はハッと我に返り、

「甘い言葉に思わず面食らってしまってるうちに何勝手に引いてんですかマスターっ!?」

「いや、つい……」

「ついじゃないですよ! 話し合いはまだ終わってないですよってああもう出てきたどうせまたHNカードだぁ……」

 綴町は出て来るカードを見もしないうちにガクッと肩を落とす。怒ったり嘆いたり、傍から見ている分には面白い人材である。とはいえそんなこと、死んでも口にできないが。

 さて、と陽目は相変わらず心を小躍りさせてカードを待ち構える。ん? と発してしまったのはその時だ。


 排出口から勿体付けて現れたのは、何やら光を放つカードだったからである。


 二人がそれを見て絶叫したのは、言うまでもないことだ。

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