第二章②
「……あの、マスター? 本気でやるんですか?」
不安そうに陽目に尋ねたのは、傍らに控えるマネージャーカード・綴町京子だった。あうあうと口元に手を寄せ、目の前に鎮座するガチャ機体を前に狼狽えている様子である。
とはいえそれを回す張本人はどこ吹く風といった感じで、努めて冷静に頷く。
「君だってここに来るまでは了承していたじゃないか。今更慌てたって仕方がない。覚悟を決めて一球入魂の精神で挑もう!」
「いや、そりゃあ私だって解ってるんですよ? ガチャ費用としての目標額の五百万に達しましたし、『チーム戦』を見越して戦力増強することも間違いではありません。ですが…………っ!」
苦悶の表情を浮かべる綴町。お腹を壊した時よりの三倍は苦しそうである。若干心配になりかけたが、それが固まる前に彼女は心情を吐露する。
「――ですが、このお金で万が一Sレアを一枚も当てられなかったらどうなると思います!? マスターが目指している『チーム戦』から大きく後退する羽目になります! このグレードのガチャでも五十回引いたところでSレアが排出される確率は三割にも届きません! 表向きは三%の確率でSレアが出るとなっていますが、実際はそれよりも低いです。……ここはもっと資金を貯めて、ワンランクほど上の機体を回すのもアリだと思います」
「…………、」
金にうるさい綴町も、裏を返せばマスターの行く末を案じていることに他ならない。自分にもっと甲斐性があれば、と悔やまなくもない。
陽目は彼女の肩にポンと手を置き、宥めるような口調で諭す。
「綴町、君の言い分はもっともだ。……けど、それじゃあ遅いんだ。今、ここで、引くことに意味がある。でないと大名寺さんと万全な状態で戦えなくなる。それに、心配はいらないよ。今日は君を引き当てた時に履いていた勝負パンツを着用してきたからね。まあ、あの時一位だった星座占いが、今回は三位だったのが気がかりではあるけれど」
親指をグッと立ててバチコーン! と力強くウインクを添えてみる。呆れたのか諦めたのか、綴町ははあとため息を漏らす。
「やっぱりこうなりますよねえ……。解ってました解ってました。けどガチャって私ぶっちゃけ苦手なんですよ! だって私が苦労に苦労を重ねて貯金してきた資金が、たった一回しで十万も溶けてなくなるなんて……息子を奴隷商に売るより辛いです」
「息子っているの?」
「いませんけど! お金が私の息子ですから! 絶対に息子より大切に扱いますよ、私!」
それはどうかと思うが……、と首を傾げて、綴町も渋々納得しているようなので改めてガチャへと向き直る。今回のものは初めてのガチャ機体とは大きく違ってコンパクトサイズとなっており、今回のは一メートル四方といったところだろうか。
『マネージャーカード』の機能の一つにガチャを設置している場所へアクセスすることができる、というものがある。ガチャのグレードにより場所代も上下するが、完全個室制となっており神の名の下に情報は決して漏らさない造りとなっている。つまり、『今日陽目葵が何を引いたか』、なんて情報は絶対に外部へ伝わらないのだ。
「よし。じゃあそろそろ引いていこうか」
気合を入れたらしく、フンスと意気込むマスターを見て一層不安に襲われる綴町。コモンガチャでSレアを引き当てた――その過程でどれだけチケットを消費してようが――のは、素直に賞賛に値する。それは選手カードだけでなく多種類のカードを内包している。要はそれだけ枚数が多いと目当てのカードを引く確率も当然下がるということ。恐らく、今のガチャと同等の金額を費やしてもSレアを再び引くのは困難だろう。そんな狭き門だからこそ、監督になれる者は数少ないのだ。
一枚十万円のチケットをガチャの投入口へと差し込む。スーッとそれは飲み込まれていき、代わりに排出口から一枚のカードが出てくる。予定ではこれを残り五十回程度繰り返す。単純な作業――そう思われるかもしれないが、実際は当人にとっては魂をチケットに吹き込み続けているのだ。
――しかし。
ガチャというのは運の要素が試されるもの。人の身では制圧できぬ領域に、彼らは既に足を踏み入れていたのだった。それに気付かされるのは、今より三十分後の話である。
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