第一章⑦

「いっただっきまあーっす!!」

 その日の夜のこと。結局あの後大名寺による投手リレーで三‐〇で完封勝ちを収めた彼女と陽目は、『スタジアム』から程近い位置にあるファミレスに来ていた。所謂祝勝会というやつである。

 元気良く手を合わせた大名寺は、今日の立役者であるマシューを召喚したまま食事を取り始めた。『カード連れ添い可』という文言がこの店には掲げられているので贔屓にしているのだ。今までも事あるごとにここで祝杯を上げたものだった。もちろん、二人はまだ未成年なのでソフトドリンクで、だが。

 陽目もそれに倣うように綴町と沫住を出していた。本音を言えば山郷も召喚したいのだが、どうも彼は第三者と接することが苦手らしい。試合が終わると早々に【帰還】させてくれコールを送り続けてきていたことを思い出す。

 大名寺は平生の活発さもあって場を盛り上げていて、沫住ともすっかり打ち解けている。時折、女の子同士特有の会話が挟まれることに居心地の悪さを感じる時もあるくらいだ。どうやら彼女の手持ちカードには女性系が少ないらしく逆ハーレム状態らしかった。もっと可愛らしい女性カードが欲しいとしょっちゅう嘆いている。

 とはいえ、この場で最も盛り上がっているのは彼の相棒・綴町京子だろう。大名寺と組んだ『合同チーム戦』での配当金でかなり儲かったらしくご機嫌なのである。百万円近く賭けさせていたのだから当然だが。

「あぁ~、このお金でチームがさらに強化できますよ~。目標額の八百万までもう少しで届きますし、そうなればランクの高いガチャに挑戦できます。それであわよくばSレアをゲットしてGランクに上がり、その地区のアガリを手に入れればさらに…………グフフフ」

 仮にも女の子がそんな下品な笑い声出しちゃいけません、と半ばヘブン状態の綴町にチョップを入れた陽目。途端ハッとなった彼女は涎をごしごしと袖で拭い、ゴホンと一つ咳払いを入れた。

「真面目な話、マスターは目標額が溜まったらどうするんですか? 隠居するというのなら止めませんが……」

「馬鹿を言うな。当然、ガチャを回しに行く。本格的に『チーム戦』を視野に入れてもいいと言ったのは、他ならぬ君じゃないか」

「ですね。一応、そういう選択肢もあるぞとお伝えするのも、『マネーカード』の務めの一つでして。――それで運良くSレアを手に入れられたなら、チームプレーの訓練を積んで即Gランクマスターに挑むことになるでしょう。焦りは禁物ですが、選手カードには期限が二年間とある以上、踏み止まるのは愚策です」

「解っているとも。……そう言えば、大名寺さんはもうGランクに挑むんでしたね」

 試合前にそのようなことを言い漏らしていたのを思い出した彼は、ピザにがっついている先輩監督に尋ねた。口元に付いた食べカスをペロリと舐め回してから、満足したように微笑みながら返した。

「そうだねえ。『スタジアム』にはもう一年以上世話になったし、上を目指すならいい加減抜け出さなきゃいけない。それに、念願のSレアも引き当てたことだしねー」

「!?」

 と、真っ先に驚いたのは綴町だった。いや、陽目もそれなりにびっくりしたのだが、彼女がええっ!? と奇声を上げたためその拍子を外されてしまった形になったのだ。

 向かい席に座っている大名寺に擦り寄った相棒は、はあはあと些か興奮状態に陥っているようで、捲くし立てるように追求する。彼にとっては身内なので、やや気恥ずかしく感じてしまう。

「そ、それはおいくらくらいの値段なんですか!? 一目、一目だけでもお見せいただけないでしょうかっ!!!???」

「お、おう。解ったからちょい落ち着いてあと離れて」

 急激に鼻息が荒くなってきている綴町を強引に引っぺがし、両肩を持ってグラグラと肩を思い切り揺すってやる。正気に戻ってから狂うまでが早過ぎる。

 三十回ほど高速で前後に揺らしてやると、ようやく自我を取り戻したらしき綴町の眼が切り替わる。先程まで瞳がコインになっていたのはきっと気のせいだろう、そうだろう。

「わ、私としたことが……今日で二回も失態をお見せしてしまいましたね……。皆の憧れたるSレア――キングオブSレアがこの様では示しがつきませんし、ちゃんと切り替えますのでご安心くださいね、マスター!」

「あっはい」

 そういうことにしておこう。マネージャーカードのSレアの中でトップかと言えば疑問符が付くが、本人のやる気に繋がるなら放置もやむを得ない。陽目葵の半分は優しさでできているのだ。

 ともかく、これ以上綴町に口を開かせる訳にはいかない。加えて大名寺が手に入れたというSレアカードにも興味がある。なので、彼は率先して詳細を求める。

「そのSレアって、どんな選手なんですか?」

「んーとねぇ、野手の中でもなかなか有名なカードらしいよ。私もつい先週引き当てたばっかだから、調整も何も済んでないんだけどね。確か、相場価格は安くて五千万くらいだったかな」

 ごせっ!? などとまた狂人化しかけている綴町をマスター権限でドリンクバーへ行かせた。これで束の間静かになるだろう。

 Sレアにも当然性能差があって、最上位Sレアともなると一億を超えるらしい。五千万であれば、間違いなく上位に食い込んでくるに違いない。おまけに単純なステータスだけでなく、スキルが優秀だという可能性もある。強いカードということを聞くだけで胸が高鳴るような気分に陥る陽目。彼もまた、綴町とは違った意味で狂人であるかもしれない。

 これが知らない者同士であるならカードの性能を間違っても教えたりしない。ログを閲覧すればある程度は解るとしても、わざわざご高説するほど甘い思考をしている人間はそうはいないのだ。大名寺が彼に打ち明けているというのも、ひとえに今までで積み重ねてきた信頼の証左であろう。

「――あっ、そうだ」

 そのSレアを引いた時のことを事細かに熱く語っていた大名寺だったが、不意に面白いこと思いついたと言わんばかりに口角を吊り上げて言った。

「今から十日後くらいに練習試合しない? 『合同チーム戦』じゃSレアは使用禁止だし、実践積めないから困ってたんだよねー。どう? 私のSレア選手の初お披露目に立ち会う良い機会だよ?」

「…………、」

 急な申し出にもかかわらず、少しも戸惑った素振りを見せずに彼は即答した。

「――――ぜひやりましょう」

 綴町が両手にソフトドリンクを携えて戻ってきたのは、その返答をしてすぐ後のことだった。

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