第一章⑤

 両チームともにゼロ行進で試合は進み三回裏、ついに陽目、もとい山郷の初打席が回ってきた。

 状況はノーアウトランナーなし。ステータスを見て判断したのか、外野が少し浅く守っている。事実、山郷はH(ハイ)N(ノーマル)上位程度の打力しかないのでは、慢心を抱かせるのも頷けるが。

 相手ピッチャーはバランス重視の性能のサウスポーだった。山郷は右打者なので特にマイナス補正を受けることはない――左投手に弱い弱点を持つ選手もいるのだ。安定して試合を作ることに長けた投手なのだろう、マシューと違って調子が悪くても大崩れしないタイプの投手だ。

 マスターがカードを直接操作する際、ステータスはその行為に補正を掛ける。多少バットの芯からボールがズレたとしても、巧打力が働きヒットにしてくれる。走力だと、カードの走力値がそのまま足の速さに繋がる。巧打力がFの山郷では、操作によって精度を上げてもヒットを打つのは難しい。上位レア投手相手に打率二割残せれば御の字だろう。

(普通に打席に立つだけでは、結果は残せない。だから少しでも工夫して意義あるものにしなくては)

 ヒットが出れば良し、ホームランが打てればなお良し。しかしそれが容易く為せれば投手戦なんてものは生まれない。粘って四球でも上々、仮にアウトになっても球数を費やさせれば良い。無論、安打を諦めているわけではないが。

 陽目は自打者の力量、相手投手のそれを比べて攻め方を変える。今回の敵投手はある程度制球力が高めなので狙い球を絞っていくことにした。追い込まれてもその姿勢を崩さず、最悪見逃し三振に終わってもいいという気持ちで挑む。『見逃し三振は悪』という風潮があった時代があるらしいが、陽目に言わせれば情報――狙い球や苦手コースなど――が漏れない分空振りよりマシだとさえ考えている。

 陽目は初球ストライク、二球目ボール球を見送り、ワンワンで迎えた三球目――――

(――来たッ!)

 内角直球に山を張っていた彼は、多少ボール気味であったそれを強引に打ちにいった。ギン、と鈍い感触が現実と何ら変わりなく伝わってくる。フラッと頼りなく上がった打球はサード後方まで飛び、ポトリとフェアグラウンドに落下した。ヒットである。

 内角は外角より打ちやすい、という人がいる。目が近いからなんて理由があるが、陽目もその枠から漏れない。大名寺曰く、脇の締め方が良いだとかコンパクトらしい。事実、彼は多少外れている球でも内角であるなら手を出す。その分打てないという訳でもないが、外角は内に比べると打率が落ちる。

 一塁を少し回ったところで止まった陽目は、若干痺れの残る手をはたはたと振り今の打席を振り返る。

(うーん……また内角かあ。外角一辺倒の投手もいるし、上に行けば研究だってされるって言うし、目の前の結果だけに拘るのもそろそろ止めないとな)

 どの道、苦手コースが浮き彫りになっているようでは話にならない。『スタジアム』でも『チーム戦』に上がろうとしている人はここでも熱心にデータ取りをしている。陽目もまた、今から将来敵に回りそうな人物を中心に研究を進めている。

 ――その後、九番マシューの送りバントが成功し二死後ホームへと生還した陽目は、ウインドウを開き防具姿へと換装し次の守りへと備えたのだった。

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