第一章④
「――――プレイボール!」
各チーム九人ずつ、計十八人が集った試合が幕を上げた。『スタジアム』によって用意された審判は、ほとんど誤審をしない。さながら機械のような存在。まず陽目は左打席に立った相手選手を見つめる。すると簡易な情報――名前やステータスなど――が目の前に表示されたので確認する。『筋力:E- 巧打力:D- 走力:C- 肩力:E 守備力:D 運:E』のようだ。なるほど、一番打者向きの能力と言える。総合力も悪くない。
陽目は山郷の身体を借りて、以前より決めていたサインでマシューに指示を出す。コクリ、と小さく頷いた投手は、ノーワインドアップから一投目を投じた。気の抜けたような球はバッターのベルト高付近に浮いてしまっている。然らば、その絶好球を見逃すはずがない――――
グラッ、と。
あたかも宙を漂う木の葉のように、マシューの投げたボールは揺れ、ホームベース手前で落下した。
――ナックルボール。球速にしてみれば一〇〇キロにも満たない変化球。だが、そのボールは捉えきれない。スピンをかける他の球種と違って、ナックルはボールに回転を加えない――だからこそ、空気抵抗をモロに受けて、揺れる。その変化は投げた本人も、受ける捕手にも解らない。それであれば、打者が見極めきれないのも道理だろう。守備力補正があっても、始めは取ることに難儀したものだった。
過去のAランクの試合では、SSレアのナックルボーラーがノーヒットノーランを達成したという記録もある。マシューのナックルはそれと比べるとやはり数段落ちるが、レア投手の中で『変化球:C-』はトップクラスだ。
その弊害として、マシューはほぼこのナックルしか投げない。投げられない。当然、ストレートを投げることもできるが、一二〇キロ程度でフォームもナックル投球時と若干変わってしまう。それでは使い物にならないと、開き直ってナックルしか投げないらしい。
先頭打者は二球目を打ってセカンドゴロ、続く二人の打者も内野ゴロで仕留めて一回表を切り抜けた。ベンチに引き揚げる際に、マシューに近寄って「ナイスピー」と声をかける。男も「うーす」と答えながら帽子を取って汗を拭った。どうやら今はマシューに操作権を返しているようだ。
自陣ベンチに座り込むなり、マシューはフレンドリーに接してくる。彼とバッテリーを組む機会はわりとあるので、打ち解けているのだから当然といえばそれまでだが。
「いやあ、おたくは相変わらず優秀で助かるぜ。うちの捕手陣はあんたと比べると守備力で劣るから少し不安でよぉ」
「その分、打撃ステが悪いから援護できないんで申し訳ないけど」
「いやいやいや、投手ってのは投げるのが仕事で勝つことは仕事じゃない。俺のポリシーだがね。極論言っちまえば、打撃ステがオールGでも守備ステがAなら問題な――ってオーケーオーケー、マスター。少し黙りますよっと」
どうやら大名寺に釘を刺されたらしい。よいしょっと腰を上げたマシューと共に、ファールゾーンでキャッチボールを始める。肩を冷やさないためだ。打順は『スタジアム』がステータスを見て自動で組んでくれるので、打撃ステの低い山郷と投手のマシューは仲良く八、九番である。
マシューは何やら大名寺と内輪で会話しているようで、独り言みたく口を動かしながらボールを投げ合う。すると、どうも大名寺からのオーダーらしく、「はいはい」と気怠げに男は返しながら言葉を飛ばしてきた。
「『常時ダイブしていて疲れないのか』ーって、うちのマスターが聞いてるぜ?」
「さほどないですね。憑依体験って普段じゃそうできない上に他人の身体を使えるのって楽しいじゃないですか」
「なになに……『そりゃまあ同意するけど、自分以外の身体に入ると酔うとかそもそもそこまで集中できないとか、色々あるじゃん。私もそこまで苦手じゃないケド、ずっとは無理』だってさ。ていうか、間に俺を挟むの止めてくんないスか? 文通の受け渡し役みたいなんですが」
現在陽目がしているように、監督(マスター)は自分の出したカードの意識に侵入し操作することができるのだ。そうすることで本来の性能以上の実力を引き出し、かつ精度を高めるのだ。ただ、『チーム戦』は九人を召喚しなければならず、同時に制御できるのは三、四人が限度だろう。同時操作數が多ければ多いほど、監督の技量が高いとも言われている。
談笑しつつキャッチボールを続けていると、どうやらこちらの攻撃も三者凡退に終わったようだった。綴町が言うにはオッズはほぼ互角らしいので、そこまで戦力差はないということだろう。
(えてしてこういう試合は、投手の出来で大きく左右されるからな……。こっちの【スキル】の使い所をきちんと見極めないと)
陽目はボールをスタンドへ適当に投げ込み――不要な物体は『スタジアム』側が自動で削除してくれるため――、マシューと共にそのままグラウンド内へと駆けていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます