第一章③
ブースに入った陽目は、まず設置されたパソコンのような機械で現在の試合の空き状況を調べる。すると数十の検索結果が表示され、『試合中』と『試合前』とがそれぞれにタグ付けされていた。彼は『試合前』だけに絞り、簡易な今の参加者情報を眺めていくと『大名寺蓮華』の名前を見つけた。投手欄に彼女の名前と使用する選手情報が記載されている。つまり、大名寺は投手カードを操作して参加するということだ。
その選手は『選手名:マシュー』『分類:投手(レア)』『球速:E- 制球力:D 変化球:C- 持久力:D- 守備力:D 運:E+』となっている。いつもと変わりないことを確認した陽目は、やはり空いている捕手枠に自分の操作するカードをセットした。今度は彼の情報が液晶に追加された。それを視認した陽目は次に用意されたヘルメット状の機器を被り、右耳付近に付いているスイッチを押す。
『loading』の状態が少しの間視界を占有していたが一転、クリアになった。と思った矢先、自分がいたはずの殺風景なブースとは違う場所に立っているのだと認識する。このギャップも始めは戸惑ったものだが、今では慣れたものである。人工芝で覆われた外野に土で敷き詰められた内野。両翼は九五メートルとやや狭く、それでいて上を見上げど空は見えない――ドーム球場だった。
陽目はその内部では捕手のポジションにいるようで、少し視線を上げればマウンド上にいる投手の姿が確認できる。いつもの自分と視点が若干食い違っていることに、始めは狼狽えたものだ。――彼は今、先ほど自分が【召喚(サモン)】した選手に乗り移った状態なのである。
『選手名:山郷』『分類:野手(レア)』『筋力:E- 巧打力:F 走力:E+ 肩力:D 守備力:C- 運:E+』。完全に守備重視の野手。総合守備力ならレアでも上位に食い込むのだが、打撃に難があり過ぎる故人気が薄い。陽目としては満足いく性能なのだが。
そも、捕手というポジションはこの『合同チーム対戦』では敬遠されがちである。何故ならこの試合での賞金は勝敗とは別に『MVP』を獲得した者――最もそのチームに貢献した者が選出される。選考基準は全て明るみになっているわけではないが、傾向としてやはり投手なら投球内容が、野手ならば打撃成績が優先されるのだ。守備での活躍も多少は換算されるだろうが、それならヒット一本打った方がMVPに近付ける、とほとんどの者達はそう判断しているらしい。
(けど、守備が緩かったら全体としてはマイナスだしなあ……。勝たなきゃMVPも何もないんだし、ある程度は勝利を優先してほしいけどな……)
そう口酸っぱく説いても無意味に反感買うだけなので、口には出さないけれど。せっかく監督同士だというのに、もっと語り合いたいなと常々願っている陽目であった。
彼は意識を切り替えて、改めて投手と向き合う。一目で外国人投手と解る風貌をしていた。色白の肌にやや茶色がかった口髭。身長は一八〇を優に超えている。見た目通りなら速球投手なのだろうが、これで変化球投手ステだから驚かされる。
この男の名前はマシュー。操作しているのは当然大名寺である。「投球練習いくぞー」と口調は彼女そのものなのに、声は渋みの効いたそれだった。自律して行動できるので先程のロビーでの沫住のように会話することも可能だが、自分がカードの意識にダイブして動かした方が精度が増すので皆そうしている。
右オーバースローからボールを放る。体格に似合わぬ縮こまったフォームからは、一三〇に届くか否かくらいの球速しか出ていない。その後規定の投球練習を終えたマシューは、一呼吸入れて球審の合図を待つ。
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