第一章②

「あらあらー、やっぱり今日もいたんだ葵クン。ちょうど良かった」

 そちらに首を向けると、まず長い黒髪が目に付いた。ホットパンツから伸びる素足が、少し眩しく見える。

 陽目はどうも、と若干会釈を返す。彼女の名は大名寺(だいみょうじ)蓮華(れんか)、彼と同じ監督であり一足早くGランクに挑もうとしている者でもあった。かといって敵愾心はなく、『監督』としての基礎以外の知識を教えてくれた恩義ある人物である。

 ――陽目が『スタジアム』に足を踏み入れた時、傍にいたのは綴町と急ぎで購入した選手カード一枚のみだった。憧れの場に興奮していたこともあり緊張や寂しさはあまり感じなかったが、周囲からすれば絶好のカモに見えたことだろう。目を光らせる獣から身を守る処世術を伝授してくれた人――それが大名寺なのだ。

 やはり彼女も『スタジアム』に参加しに来たのか、と尋ねたところ、そうだと頷いて、

「まあにぃ。私ももう、ここに足を運ぶ気はない予定だから、最後の記念にね」

「……そうですか」

 基本無表情を貫く彼も、やや声音の落ち込んだ様子までは隠し切れなかった。

 それを知ってか知らずか、大名寺は努めて明るく振舞って言った。

「――だから、今日は勝って気持ちよくここを卒業したいんだよ。よければ、キミも手助けしてくれるかね?」

「……もちろんですよ。カードは、いつものアレで?」

「そうだねー。じゃあ、先にブースに入って準備しておくから」

 彼女は優雅に手を振りながらプレイヤー専用ブースの並ぶ通路へと消えていった。彼も続いて入る前に、傍らにいる綴町に一声命じた。

「綴町。この試合はオッズにかかわらず、……そうだな。五〇万円賭けておいてくれ」

「ええっ!? い、いつもは十万以下しか賭けないのにですかあっ!? 三十万あったら、下手なレアカードでも一枚は引けますよ!? 負けたら一歩『チーム戦』に遠ざかるんですよ、解ってます!?」

「解ってる。けど、よろしく。愛してるよ相棒」

「そんな言葉には騙されねーぞこらあっ!!」

 ひらひら~、とパートナーの怒号から逃れるためであるかのように、陽目も空きブースへと向かっていった。

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