第一章 『スタジアム』
わあああっ!! と破裂音のような歓声が、『スタジアム』内に木霊した。勝敗が決し、それも劣るとされていた側のチームの勝利に終わったからだった。そちらに賭けていた人はさぞ儲けたことだろう。ちなみに、その試合のMVPを的中させればさらに配当金も跳ね上がる。
『スタジアム』では通常の『監督』同士が対戦する形式の他に、九人の『監督』が集って一人ずつ選手を出し合って共闘する形式もある。俗に『合同チーム対戦』という。この対戦はいくつか並行して行われており、二チームのポジションが全て埋まると同時に開始される。選んだポジション内でなら、代打を出そうが守備固めを出そうが構わない。当然、投手カードにも疲労があるので継投も考えなくてはならない。
――試合に参加する『監督』用個室が並ぶ廊下を抜けて、『スタジアム』の地下と地上を行き来するためのロビーに足を運ぶ、何の変哲もない少年監督の姿があった。彼は隣に女性型選手カードを連れ添って、ひとまず用意されたソファーに腰を落ち着けてから労いの言葉をかけた。
「お疲れさま、沫(あわ)住(すみ)。今回も君のおかげで勝てた」
「いやいやチョロイもんッスよ~。この私にかかればあの程度、お茶の子さいさいッス!」
全力で照れてますっ! と言わんばかりの様子で頭をわしわしと掻く彼女の動きは、パッと見カードだとは気付かないだろうな、とその『監督』――陽目(ひなため)葵(あおい)は改めて思った。
常時定められたユニフォーム姿ではあるが、肩に届く程度の茶髪や華奢な体つきは人間と遜色ない。陽目も選手達を物扱いしたことなどないし、そうだと思わなければ至らないほどだ。
しかし人ならざる部分もやはり存在し――端的に言えばステータスなるものがあるのだ。打者は筋力、巧打力、走力、肩力、守備力、運。投手は球速、制球力、変化球、持久力、守備力、運のそれぞれ六つの要素から選手の強さは決められる。人間の一流選手をオールGに換算すれば、たとえばこの沫住は『分類:野手(レア)』で『筋力:E 巧打力:D+(プラス) 走力:D-(マイナス) 肩力:E- 守備力:D+ 運:D+』と表記されている。レアカードのステータス上限がCまで見ると、平均的で使い勝手の良い選手くらいの位置づけとなる。Sレアともなると上限がB+にまで伸びるので、かなり性能的に物足りなくなるのだが。
要は常人視点から鑑みるに、彼女も怪物の域に達しているということである。恐らく、近衛が十人がかりで腕相撲を挑んでもピクリとも動かせられないだろう。
「マスター! 今回もお疲れ様でした!」
沫住を労っていた陽目の元に、一人の少女が駆け寄ってきた。金髪ロングを遊ばせながら、それ以上に輝いた表情をして言う。
「いやあ、今回もまた儲かりましたよー。なんせ、相手に超有望株がいたとかで、オッズが向こうに傾きっ放しでしたから!」
「そうか。なら、今日の夕飯は少し豪勢にいくか」
「えっ!? それ、私も食べていいんスか!?」
「勿論だ。本日の主役は、間違いなく君だからね。なんなら『本日の主役』タスキをかけてあげるよ」
「あざす! けどタスキはいらないッス!」
などと和やかムードな三人。沫住は体育会系っぽい性格をしていて――『設定』とも言うが――、もう一人もカードである。『マネージャーカード』――およそ半年前に、崖っぷちの陽目がラスト一枚で引き当てたカードだった。
彼女はその中でもSレアに分類され、カードのトレードだったりチーム補強など、GMのような仕事に長けている。他にも選手の調子や疲労回復に長けた健康管理カードや、試合での戦術面に特化したカードもある。もちろん、全てに優れた万能型もあるのだが。
名前を綴(つづら)町(まち)京子(きょうこ)と言い、もはや彼女なしでは今の陽目の成功はなかったと断言できる。とあるカジノで巡り合えたこともそうだし、引いたは良いものの肝心の活動資金がほぼ尽きてしまい、そこから何とかやり繰りしてレア選手を複数所持できるまで手を引いてきてくれたのも綴町の尽力が大きい。「私はカードなんで、マスターを手助けするのは当たり前です」と、感謝を真っ向から受け止めてくれずにいるが。
回顧もほどほどに、陽目は頭の中を切り替えた様子に綴町も気付いたらしく、次の行動の指針について確認を始める。
「さてマスター。この次はどうしますか? いつも通りカード達との訓練をしても良いですし、まだ試合に出るというのなら、それも良いと思いますが」
「君はどう思う?」
「そりゃあ私は少しでもチーム運営の資金が欲しいので試合に出てほしいです! ……けど、マスターの目指す場所はここじゃありませんよね? なら、個人を鍛えるよりチームとしての実力を鍛えていっても良い時期だと私は思います」
「…………、」
これは彼女と初めて会話を交わした時から常々確認してきたことだった。自分の引いたカード達を携えて、世界中の強敵と戦うこと。そのためには、ランク戦もしくは侵略戦で領土を確保していくしかない。そうやって徐々に上のランクにいる相手と戦う権利を得ていくのだ。
この世界は野球で領土の保有者が決められる。所有者にもランクがあって、最下層がGランク、最上層がAランク。Aランクが世界の半分を治め、Bランクがその地域の一部を任される。さらにCランクがBランクの土地の一部を――――という具合に構成されている。基本はGランクの一番小さな地区から始め、同じFランク領地内にあるGランク領地を三分の一以上集めることで上のランクへの挑戦権を得るのだ。陽目葵に至っては、まだGランクにすらなっていない。Gランクに上がるためには、この土地の管理者に勝負を挑み、勝たなければならない。
この『スタジアム』にある『合同チーム対戦』と違って、そのチーム戦は一人の監督が九人を召喚して戦うのだ。一選手に集中して操作するのとは訳が違い、九選手を全てコントロールしなければならない上、全てレアで統一するだけでもかなりの資金がかかる。それなら『スタジアム』で細々と生きていく、と考える人も当然出てくる。むしろチーム戦に身を投じるのは監督の中でも一握りだ。
陽目はふむ、と一考してから答えを出した。
「いや、まだ何試合か経験を積んでおこう。資金面でも万全じゃないし、Gランクに挑むなら最低Sレアが一枚は欲しい」
「そうですね……。もっとも、オールレア編成でも通用しないこともないでしょうが、確実に領土を確保するなら必要になりますから。引いたSレアが何にしても、それを中心にスタメンを組むことになります」
「そのレアもまだ完全じゃないしな……。使いこなせていないのもある上に、層が薄い」
「打線の主軸を張れるのが二、三人と、センターラインを任せられる選手。投手も二枚は欲しいですし、欲を言えば代打の切り札と控えにユーティリティプレイヤーも置いておきたいところです」
近いうちに選手ガチャを所有しているお店に足を運ぶ予定だが、一回十万円もするグレードの機体だ。レア排出率が五割を超えており、Sレアも五%にも確率的に満たないが全く出ないというわけでもない。せめて五十回は引ける資金を用意しておきたいのだ。
『スタジアム』では試合に賭けることもできるが、プレイヤーとして参加し勝利することで賞金を手に入れることもできる。負ければその分取られてしまうが。陽目達はまず本人がプレイヤーとして参戦し、綴町も観客としてお金を賭けているのだ。
陽目は一旦沫住をカードへ帰還させ、綴町に戦力差の少ない試合を『マネージャーカード』権限で検索してもらっていると、不意に横合いから声をかけられた。妙に艶のある声だった。
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