翔の未来を変える

「フン、貴様がどういうつもりなのか知らんが、我等はたとえ拷問を受けようと屈しはせん!」


 栗ボーが開口一番にそう言ってきた。

 ここに留まった理由はもちろんバンドのことだ。このまま放っておけばあいつは俺の人生と十中八九同じ道を辿る。だから何としてでもこいつらを巻き込み翔の未来を変えてみせる。それが俺の使命。こうすることがあいつにとって正しいかどうかなんて二の次だ。


 信じる信じないは別として、今からこいつらに俺の素性をできるだけそのままに伝える。話はそれからだ。


 鼻頭に垂れてきた汗を親指で横に弾き、


「あー、今から言うことを真面目に受け取ってもらいてーンだが……さっき翔が俺を従姉弟とか言ってたがありゃ少し違う。俺は未来からきたアイツの姉みたいなもんだ」


 多少は事実と異なるがそこは問題にならないだろう。要は未来からきたという事実を解ってもらえればそれでいい。俺が女になったとか言ったら余計にややこしくなるし、話が明後日の方向へ飛んでしまう。


 みんな思った通りの反応であっけらかんとしている。少し間が空いたのち、ポッキーが最初の行動に出た。


「未来……。はは、みんな行こう。それにこんなことしてる場合じゃ――」


 まあ待てや、と言って、俺の隣をすり抜けようとする彼の肩を掴み、耳元でこう呟く。


「よお、俺知ってンだぜ。オメー……小6ン時みんなと一緒に川原で拾ったエロ本、机の引き出しの奥にまだ隠し持ってンだろ」


 ポッキーが目を見開いて硬直する。予め、こいつが真っ先にそうくるだろうと予測していた。

 彼はまるで金縛りを解こうするように懸命に首だけを俺に振り向け、


「な、なぜそれを……ッ」


 額の汗は暑さのせいでもあるが、目に映る驚愕の色とハの字にかたどられた眉が、それは違う意味をもった汗だということを物語っている。俺はさらに畳み掛けるべく、彼の耳元に吐息を吹きかけながらこう囁きかける。


「テラべっぴん、つったけなー。みんなの宝の保存先を探していたところ率先して引き受け数日経ったあと親に見つかったとかいってうやむやにしたよなたしか。なんで知ってるかって? あっちの世界で翔とお前ンち行ってこっそり発見したってわけよ」


「く、でもそれって一歩間違えれば犯罪では………」


「小難しい本と本の間に隠してたのは褒めてやる。そこでだ、あいにく俺の口は時と場合によっては重くなったり軽くなったりすることがある。今からその真実をみんなの前で語るっつーのもオツな結果になりそうだな。みんなどう思うだろうなー。あの頃はまだガキの頃だ。俺たちにとって希少価値の高い宝物を独占したとなりゃ晒し首どころの騒ぎじゃ済――」


「はい、ちゅうもーく! おいお前たち、今からこのお姉様の言うことちゃんと聞けー。わかったかー」


 はい、まずひとり。

 ポッキーの変わり様に他の二人から批難の声が上げる。


「なんでいきなり命令形? しかもちょっと体育教師っぽいし気持ち悪い」


「貴様、早速この女に屈したのか! 裏切り者!」


 ――ククク、まずは作戦成功といったところだな。


 俺は内輪もめしだした彼らを強引に引き離し、次の作戦に出る。


「ヨーシいーかよく聞けオメーラ、なぜこの俺が未来からきたのかっていうとだな、オメーラの将来があぶねー方向に進んじまうことを警告しにきてやったのよ」


「警告? まさか貴様、突然現れて私が三千世界を救う闇の救世主とでも言うのではあるまいな?」


「オメーラの今後。有体に言えばバンドの危機だ。今まさにその分水嶺にいるといってもいい」


 彼らは頷きもせずただ無言で俺を見ている。


「その証拠を今からたンまり説明してやる。オメーラしか知らねぇ内緒の恥ずかしい過去話を織り交ぜながらな」


 それから半時間ほどかけ、彼らひとりひとりに話してやった。多少は違う事もあったけれど、ほぼほぼ的中している事に流石の彼らもグウの根も出ないとった様子で、ポッキーなんかは先ほどから地面を転げ回って自らの過ちを嘆いている。

 そして最後の締めに、この先、待ち受けているバンドの未来のことを話した。


「姉御、その話本当なのか?」


 姉御というあだ名には気にも留めず、


「ああ、オメーラのバンドは紆余曲折しながらもなんとかメジャーデビューを飾ることに成功するが、その後いいギタリストに恵まれず、鳴かず飛ばずの三文バンドに成り果てる。それがオメーラの確定された未来よ」


 戸惑いや不安が混ざり合った様な複雑な表情。

 そんな彼らの顔を見るだけで胸が痛い。


 あの頃、頑なに人前で弾けないと意地を張り続けたことで、悔いが残る結果を生み出してしまった。だからこそ、ここで軌道修正してやらないと、翔は一生後悔する羽目になる。一等大切な、夢を共有できる掛け替えのない仲間を失ってしまう。本当は翔をぶん殴ってでも正しいと思える未来に軌道修正させたいのだが、それでは意味がない。


 翔が自分でそのことに気づいて行動しないことには、なにも解決しないのだ。


「で、具体的に何をやればいいんだよ姉御」


 ゴメンなみんな。こんな小さな肩になんもかんも背負わしてしまって。けどよ、あいつがここに戻ってきた暁には、お前たちは今以上の輝きを放てることになる。これは俺たちにとっても、お前たちにとっても、重要なことなのだから。


「オメーラが認める最高のギタリストって誰だ」


 俺が言うのも憚れるが、彼らは、俺が彼らを最高と認めているのと同じ気持ちでその答えを返してくれた。


「ブラックヘッド」


 この今にもポッキリと折れてしまいそうな腕から生まれる力強く刻まれる低音ビート。

 ベースは、真っ直ぐで短気なお前にはピッタリの楽器だ。どこまでもアツイ性格の裏に見える冷静さで、これからもチームの抑止力となってほしい。


「リーダーしかいないよ」


 メンバーの中で一番の仲良しで、いつも変わらず安定したハリのあるリズムを供給してくれる。俺たちの背中を安心して預けられるのはお前を置いて他にいない。あとデブなことは気にしなくていい。太っている分、長時間の演奏にも耐えれる秘訣はそれだ。折を見て、質量とエネルギーは同等だということを教えてやる。


「フン、端からうちのギタリストは黒き乳頭チチガシラに決まっている」


 脳天に響くような高音と自然に語尾が掠れる声帯。チビで生意気だがずば抜けた個性のあるその声は、今後何人もの観衆を虜にする。ヴィジュアルのせいで相変わらずモテることはないが、身長があと1センチだけ伸びるから安心しろ。


 この一見バラバラで不協和音を奏でる弦たちを、アイツがチューニングしないで誰がやるというのか。翔はああ見えて、曲がりなりにもバンドのリーダーなのだ。


 物分かりが良すぎる彼らに抱きしめたくなる衝動を抑え、


「そう翔だ。アイツをもう一度ステージに上がらせる。それが、ここにいる俺たちの使命だ」


「けど、それは言われなくてもやってるぜ」


「バカヤロー! 今のようにチンタラ油売ってるようじゃアイツは戻ってこねーぞ? 未来からきた俺が言ってンだから間違いねえ。このまま刻みたくもねえビート刻んで、歌いたくもねえウレセンのラブソングうたって、世間に踊らされちまってもいーのかヨ!」


「そ、それは嫌だけど……けど」


「けどもへったくれもねーッ! 翔のヤローもオメーラもあとになって絶対後悔する。だから手遅れになる前に、なんとしてでもアイツを連れ戻さねぇと……アイツはオメーラには想像もつかねえほど心に傷を負ってる。これは俺ひとりが頑張ってもどうにも変わらねンだよ。それにはオメーラの……、お、オメーラの……」


 だめだ。これ以上コイツラのあどけない顔を見ていると胸が張り裂けてしまいそうだ。純粋無垢でなにも知らない顔。ここにきて心に小さな穴が空く。俺ごときが本当に彼らの未来を捻じ曲げてしまってもいいのだろうか。自分が歩んできたくだらない人生を棚に上げ、お前たちだけは後悔させたくないという虫がよすぎる親の心理ではないのだろうか。


 いや、違う。

 俺がこの世界にきた意味。


 そうだ、30年間生きてきた結果の上に、俺は今ここにいる。彼らに道を示すために、俺はこの世界にやって来た。


 汗で湿った拳を握り締め、彼らに深々と頭を下げ、


「オメーラの手助けが必要なんだ! 翔を、アイツを助けてやってくれ、頼む……ッ」


 本当は彼らを半ば強引に仕向けるつもりであったが、いつの間にか願いに変わっていた。彼らがいいと言うまで、頭を上げるつもりはない。


「フ、貴様ら。大の男が揃って手弱女をいじめるのは……男の美学に反する行為だ」


 上げた。

 栗ボーは目を細め、遠くの空を眺めるようにこう続けた。


「それによく考えて見ろ。この女を救うことによって黒き乳頭を救う事に繋がる。もし騙されたとしても、相手はか弱きレディ。ひと夏の甘酸っぱい思い出に酔いしれるのも……男の勲章と言うもの。ま、貴様ら凡愚共にはいくら言ってもわからんと思うが」


 栗ボーが、冬でもないのに鼻をすすり、ポッキーがひとりでいいとこ持ってくなと彼の頭を小突き、たまごっちがそれを見て笑っている。


「栗ボーッ!」


「おいおい俺様に恋すると逆に火傷を負いかねないぜ、ってオオオオイ! 常識的に考えてここは俺様の胸に飛び込むシーンだろ!」


 俺は他の二人に抱きついた。彼らの首に回した両腕に汗と汗が絡みつく。これほど仲間のありがたみを感じたことはかつてなかった。翔にこれを体感させてあげたい。


 午前中で部活動を終えた誰もいないグランドに、セミの声が途切れることなく響いている。いつもはうんざりする黄金色の照り返しが、真っ白のシャツに張りつく汗が、なぜか今日だけは心地よく感じた。

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