第7話
六限目までがっつりと授業を受けた後、俺は急いで帰宅した。
いつもは織春と一緒に帰って来るのだが、ホームルームが終了した途端「すまない、先に帰っててくれ。ちょっと調べたい事があるんだ」と言って、織春はそそくさと教室を飛び出して行った。
おそらく昼間の件についてだろう。あの後少し考えてみたのだが、政府が報道規制をかけ自衛隊を巡回せているにも関わらず、堂々と聞き込み調査が行われているというのはどう考えてもおかしい。
政府も今回の件が公になる事を恐れているはずだ。なのに必死で塞いだ穴を掘り返すような行動を果たして許すだろうか?そんな目立つ行動をとっていればすぐに捕まっても良いずなのだが、おかしな事に、政府は未だにその黒服の少女のことを黙認しているのだ。
当然、織春もその事を疑問に感じたのだろう。だから奴は、その少女が一体何者なのか、それを調べに行ったに違いない。いつミラ達の事がバレてもおかしくないこの状況下では、出来るだけ情報を集め、事前に対応策を練っておく必要がある。とはいえ、かなり危険を伴う行為だ。出来れば一緒について行きたかったが、家に残してきたミラや美鈴の事が気がかりだった俺は、なくなく情報収集を織春にまかせ、こうして一目散に我が家へと帰ってきたのだった。
「ただいまー」
「オカエリナサイ貴方。ゴ飯ニスル?オ風呂ニスル?ソレトモ、ワ タ シ?」
玄関のドアを開けるなり俺は一瞬にして凍りついた。
なぜなら、素肌にフリルの付いた純白のエプロンのみを着用したミラが、開口一番こんな事を言って出迎えたからだ。
俺はすぐさま玄関のドアを締め、無言でミラの手を引きリビングへと向かう。
そしてミラを押さえ込むようにソファーに座らせた後、胸に宿った激情を思いのままに吐き出した。
「アホかお前!!!あんなとこに突っ立ってるなんてどういうつもりだ!誰かに見られでもしたら大変な事になるんだぞ!」
心配になってダッシュで帰ってきてみればこんなアホな事をしやがって!
一体こいつは何を考えてるんだ?バレてやばいのは俺じゃなくお前だろうが!
頭に来た俺はぐっとミラを睨みつける。しかしミラは、なぜ俺が怒っているのか理解できないようで、首を傾げたままこちらをじっと見上げていた。
『夜真十様、すみません!私がいけないんです。ミラ様はただ、私のお手伝いをしてくれてただけなのです』
突然ミラが着ていたエプロンが光り出したかと思うと、胸のあたりにいつものハニワ顔が浮かび上がった。どうやらこのエプロンは、カクタスが変身したものらしい。
「はぁ?!どういう事だ?」
『その......朝からなんだか元気がなかったようなので、少しでも元気づけようかと』
「それで何で裸エプロンて事になるんだよ!」
『それは、人間の男性はこんな風に女性に迎えられると喜ぶと、ネットに書いてあったので、つい......』
「ネットって、お前な......」
呆れ果てた俺は、ため息を吐き出しながらミラの横に座る。
「あのな、お前らが俺の事を元気づけようとしてくれるのは嬉しいが、もうちょっと考えて行動してくれないか?街にはお前らの事を探してる連中がうようよいるんだぞ。あんなとこ誰かに見られでもしたら一巻の終わりだ」
『申し訳有りません。ですが、そこはご安心ください。仮に今のを誰かに見られていたとしても、その者には我々の姿は映っていませんから』
「は?どういう事だ?」
俺は眉をひそめカクタスに問いかけた。
『えーとですね、今はステルスモードというものを発動しておりまして、まぁ簡単に言うと、こちらが許可した者にしか我々の声や姿を感知出来ないようにしてあるんです』
なんだそれ?カクタスにはそんな便利な機能もついてるのか?
そう言われてみれば、ミラの全身を覆うように何だか薄い膜のような物が見て取れる。
『他にも色々なモードがありますが、今はこれくらいで充分でしょう。ですから、絶対にバレる事はありませんよ』
「なんだ、そうだったのか。まったくヒヤヒヤさせやがって」
『まぁ、このモードを使うとかなりエネルギーを消費しますので、充電期間が少し伸びてしまうんですけどね』
「本末転倒じゃねーか!」
俺は再び重く息を吐き出した。
なぜこいつはこうもバカなんだ?こんなんでよく自分の事を宇宙一の人工知能だとか言えるな......。
「ネェ、夜真十......」
カクタスのアホさ加減にうなだれていた俺の顔を、ふいにミラが覗き込む。
「夜真十ハ、コノ格好ガ嫌イ?」
「は?別に嫌いとかそんな事言ってないだろ。てか......」
むしろナイスだと褒めてやりたいくらいだ。
女の子と縁の無いこの俺が、まさか裸エプロンを拝めるなんて夢にも思っていなかったからな。それにしても......。
俺はミラの胸元へと視線を忍ばせる。少し緩めに紐を縛っているせいか、胸元からは主張の少ないミラの双丘が顔を覗かせていた。それもラッキーな事に、この角度からだとその先にある突起物が微妙に見えそうなのだ。
既にミラの裸を見ているとは言え、この絶妙なチラリズムは全裸の時よりも、かなり男心をくすぐるものがある。そう言えば以前織春が『珠玉のエロスとは、チラリズムの中にあり』なんて事を言ってたっけか?その時は何をバカな事を言ってるんだと思ったが、なるほど、今ならその言葉にも納得がいく。
「夜真十......ドウシタノ?」
なんとか彼女の秘部を見ようと顔の角度を調整していた俺に、再びミラが問いかけた。
「え?!いっ、いや、なんでもない。まぁ、たまには良いんじゃないか?でも俺一人の時だけだぞ。他の連中がそんな格好を見たらびっくりするからな」
「ワカッタ。夜真十ト二人ノ時ダケ」
ミラはこくりと頷くと姿勢を元に戻し、頭の上の触覚をブンブンと左右に振った。
くそっ!後もうちょいだったのに......。ミッションに失敗した俺は、やるせない気持ちを胸にしまい込み、軽くリビングを見渡した。
ソファーの前にある四十二インチの薄型テレビや、リビングの中央に置かれた木製のテーブルなど、いつもと変わらない風景が目に映る。
どうやら俺が学校に行っている間ミラは大人しくしていたみたいだ。
その証拠に、どこも壊れてはいない。
「ところで、美鈴はどうしたんだ?今どこにいる?」
『あぁ、美鈴様なら夏鈴様と一緒に二階でお休みになられています』
「そうか。それなら安心だな」
ホッと胸を撫で下ろした俺は、娘の顔でも見に行くかと、ゆっくりと立ち上がった。
すると、ーーピンポーンと、突然インターホンが鳴り、誰かが玄関のドアをノックした。
「ん?誰だ?」
俺はミラ達にステルスモードを維持したままその場で待機するよう命じた後、おもむろに玄関へと向かう。織春達ならチャイムなど鳴らすはずがないので、間違いなく他の誰かだろう。
それにしても一体誰だ?宅急便なんて頼んでないし、ましてや俺の家に押し掛けて来る奴なんてそうはいないはずだが......。
色々な可能性を考慮しながらドアスコープで外の様子を確認しようとしたその瞬間ーードンドンドン!と、再び玄関のドアが叩かれた。しかしその叩き方は先ほどとは違い明らかに悪意に満ちたものだ。それも次第にその強さは増していき、もはや殴打と言っても良いほどの打撃音が玄関に響き渡る。
そのあまりにも非常識な行動に我慢の限界だった俺は、すぐさま扉を開き怒鳴り散らす。
「やめろー!人ん家のドアをサンドバック代わりにしてんじゃねー!」
「なんだ、やっぱり居るんじゃない。ならさっさと出て来ないさよね」
「はぁ?!!!」
一瞬怒りで我を忘れそうになったが、目の前の人物を見た途端、一気に血の気が引いた。
長く艶やかなブロンドヘアーを手で払い、青い瞳でこちらを見据える美少女がそこに立っていた。
しなやかに伸びる四肢はまるでモデルのようで、羽織っている黒いスーツの上からでも、その胸の豊満さが見て取れる。年齢はだいたい俺と同じぐらいだろうか?しかし、醸し出す雰囲気はどこか大人びいていて、なぜか社会の荒波にもまれたやり手のキャリアウーマンを彷彿させた。
初対面だがこいつが一体誰なのか、俺は即座に理解した。
間違いない。こいつが織春の言っていた謎の少女だ。
予想外の訪問者に空いた口が塞がらない俺に向かって、少女は毅然とした態度で問いかける。
「少しお時間をもらえるかしら?いくつか貴方に質問したい事があるの」
そう言って少女は、ドアの隙間から家の中を覗き込むと、ニヤリと陰湿な笑みを浮かべた。
「あの......失礼ですが、どちら様で?」
「あっ、自己紹介がまだだったわね」
少女はおもむろに懐に手を入れ、黒い手帳のような物を取り出した。
そして、それを俺の目の前にかざすと、はっきりと分かりやすくこう告げたのだ。
「私はCIAのジュリア:ローゼン。四日前に起きた事件の事について色々と調べていてね、貴方にいくつか質問したいんだけど良いかしら?」
「!!?」
俺は衝撃のあまり言葉を失った。
CIAだって?!それって海外ドラマとかによく出て来るあのCIAの事か?
何でそんな奴が今回の件を調べてるんだ?そもそもCIAってアメリカの機関のはずじゃ......。
ーーいや、待てよ。
前に織春に聞いた事がある。CIAはスパイ活動の他に、世界各地で起こった奇妙な事件を調べ上げ、それを秘密裏に処理しているのだとか......。だとしたら、日本政府はアメリカ政府に協力をあおいだって事か?それなら、こいつが平然と聞き込み調査をしてた事にも納得がいく。
それにしてもCIAってスパイのはずだよな?こんな風に簡単に身元を明かしていいものなのか......?
「ねえ、聞こえてるかしから?」
「えっ!なっ、何でしょう?」
「だ、か、ら!いくつか質問させてもらえるかしら?まぁ、立ち話もなんだし、中に入れてもらえる?」
そう言ってジュリアと名乗る少女は、手帳をしまい平然と家の中に入ろうとする。
「いやいやいや!それはちょっと困ります!」
俺は慌てて両手をばたつかせ彼女の侵入を阻止した。
「なぜ?」
なぜ?って宇宙人が家の中にいるからだよ!!!
なんて言えるはずもないので、何か良いごまかし方は無いかと必死に頭を働かせていたその時、ふいにジュリアが口火を切った。
「もしかして......中に見られちゃマズイものでもあるのかしら?」
「!!!」
「ふふっ。貴方って本当に分りやすいわね。思った事が全て顔に出てるわよ。九 夜真十君?」
「なっ、なぜ俺の名前を?!」
「貴方の事は既に調べさせてもらったわ。もちろん、親友の八雲 織春の事もね。それにーー」
ジュリアは不敵な笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「ーー貴方達があの日、あの山に行っていた事もね」
「!!?」
さすがにその言葉に動揺を隠せなかった。
みるみる全身から汗が噴き出し、次第に小刻みに体が震えていく。
そんな俺を見てジュリアはより笑みを深め、辛辣な言葉を口にした。
「さぁ、洗いざらい吐いてもらいましょうか?あの日、あそこで何があったのかをね」
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