第3話
あの後も奇怪な現象は続いた。
UFOらしき水晶が再び強い光を放った後、急に弾けて光の粒子へと姿を変えた。
最初は証拠隠滅のために爆発させたのかと思ったが、どうやらそうではなかったらしい。
光の粒子は少女の......えっと、ミラだっけ?の体にまとわりつき、今彼女が着ている白いウエットスーツに変わったのだ。
あの巨大なUFOが、なぜこんなにもコンパクトになるのか俺の頭じゃまったく理解できなかったが、織春は「なるほど......物質を再構築できるのか」と、妙に納得している様子だった。
そのあと放心状態の俺の頭にミラがそっと手を当てると、周りの景色が突然歪み出し、俺達はいつの間にか全員この部屋に瞬間移動していたのだった。
「はぁ......」
我が身に起こった事を一通り思い出した俺は、重く息を吐き出した。
やっぱり未だに信じられん。というか、信じろという方が無理だろこれ......。
てかなんだよ!貴方の子って!何だ?詐欺か?詐欺なのか?宇宙ではオレオレ詐欺じゃなく、産め産め詐欺でも流行ってるのか?!
冗談じゃない。
自慢じゃないが、俺はまだ童貞だ。絶賛売り出し中のチェリーボーイなんだぞ。
そんな俺がどうやって子作りなどできると言うのだ。
それに、いきなり「貴方が父親です」と言われ、「はい、そうですか」って簡単に受け入れられるはずが無い。なにせ、自分にはまったく思い当たる節がないのだから。......そうだ、そうだよ!
やっぱり何かの間違えに違いない!
と、暗雲に一筋の光が差した俺の耳に、突然『コンコン』と誰かがドアをノックする音が聞こえてきた。
「夜真十、俺だ......入ってもいいか?」
声の主は織春だった。
そういえば織春は、赤ん坊をバスタオルでくるんで俺に手渡した後、『一端家に帰る』と言って出て行ったきりだったな。......うーん。それにしても妙だ......。
俺は、織春の一連の行動に首を傾げる。
普段からノックなんて絶対にしない織春が、なぜ今になってこんな事をする?
もしかしてミラがいるからか?いや、そんな事でこいつが気を使うとは思えん。こちらの都合などまったく気にせず、勝手にプライベートルームに侵入してくるような奴んだぞ。
そのせいで何回こいつに恥ずかしい姿を見られたことか。エロ本を隠す暇さえ与えてくれないなのだ。
それに互いの家はもはや、第二の我が家と言っても良いはずだ。
なら今更、何をそんなに改まる必要があるんだ?
そんな疑問を抱きつつ、俺は織春に入室の許可を出す。
「あっ、あぁ。入れよ」
扉がゆっくりと開き、織春がぬっと部屋の中に入ってきた。
Tシャツにスエットというラフな格好だが、ちゃんとキレイな服に着替えてきたようだ。
だが、シャワーを浴びていないせいで顔や髪にはまだ汚れが残っている。
それになぜか、織春の顔はとてつもなく暗い。
もう誰か死んだのかと心配になるほど、その甘いマスクには泥と共に憂いの表情がこびりついていた。
織春は俺の腕の中で泣きわめく赤ん坊を見るなり、ぐっと歯を食いしばり目を背ける。いつもと違う織春の態度に再び疑問を覚えた俺は、すぐさま声をかけようとしたが、それよりも先に織春が動く。織春は急にその場で正座をし、床に手を突いたかと思うと、何を血迷ったのか勢い良く自分の額を床に叩き付けたのだ。
「おっ、おい!何してーー」
「ーー夜真十!ほんとにすまん!!!」
俺の言葉を遮り、織春は土下座の体勢のまま大声を張り上げる。
「俺が......俺が裏山に行こうなんて言わなけきゃ、こんな事にはならなかった。全部俺の責任だ!」
「いやっ、ちょっと待ーー」
「ーー謝って済むなんてこれっぽっちも思っちゃいない!お前の人生をめちゃくちゃにしちまったんだ!一生かけてこの罪をつぐなーー」
「ーーいいから話を聞け!!!」
思わず俺は怒鳴り声を上げていた。
一瞬、時間が止まったように室内は静まり返る。
その声にびっくりしたのか、赤ん坊ですら泣く事を止めていた。
俺は大きなため息をついた後、頭を上げるよう必死に織春を説得したが、織春は一向にそうしようとはしなかった。本当に昔から頑固な奴だ......。
説得を諦めた俺は、仕方なく土下座をしたままの織春に語りかけることにした。
「いいか織春。何を勘違いしてるのか知らねーが、お前は何にも悪くない。別に罪の意識なんか感じる必要なんてねーんだよ」
「いっ、いや!でも!」
「でももへったくれもねー!いいか、よく聞け。お前は俺の事を思って裏山に行こうて誘ってくれたんだ。それのどこが罪なんだ?」
「でっ、でも......俺があの時、お前の忠告を聞いてUFOなんかに近寄らなけりゃ、こんな事には......」
確かに織春の言う通りだ。
あそこでこいつがあんな行動をとらなければ、こんな馬鹿げた展開にはならなかっただろう。そうすれば、今みたいに頭を悩ませる事も無く、普段と変わらない日常を送れていたはずだ。
だが、そんな事はただの責任転換でしかない。
なぜなら、織春についていくと決めたのは他の誰でもない、俺自身なのだ。
自分が選んだ選択でこうなったのであれば、全ての責任は自分にある。
人のせいにするのは、まったくもってお門違いなのだ。
「あぁ、そうだな。それは事実だ。でもな、お前について行くと決めたのはまぎれもなく俺だ。本当に嫌ならお前を置いてでも帰ってくりゃ良かっただけの話だろ?だから、お前が負い目を感じる必要はねーよ」
「でっ、でも!」
織春はふいに顔を上げ首を左右に振った。その目には涙が溢れ今にもこぼれ落ちそうだ。
「はぁ......あのな織春。お前が俺の人生を台無しにしたなんて思うのは思い上がりも良い所だぞ?確かに何かのきっかけで人生が変わる事はあるかもしれない。だけど、それをプラスにとるかマイナスにとるかは自分次第だろ?それにほら、言うじゃねーか。起こる事は起こるべくして起こるってさ!だから今回の件はお前のせいじゃねーよ」
「......夜真十」
自分でも何でそんな言葉が口を衝いたのかは分からない。
さっきまで絶望的な状況に打ちひしがれていた人間の言葉とは到底思えないが、織春の顔を見ているとなぜか自然とそんな言葉が出て来たのだ。
おそらく織春に言い聞かせるのと同時に自分にも言い聞かせているのだろう。
そんな事を考えながら、俺は言葉を続けた。
「まぁ、全部母ちゃんからの受け入りだけどな。俺もそう思うんだよ。だからもう泣くな!男がいつまでもメソメソしてると、かっこ悪りーだろ!」
「うぅぅ.....夜真十ー!!!」
いきなり織春が抱きついてきた。
俺の首に腕を回し、ほおずりしながらわんわんと泣きわめく。
「ううぅぅ......俺、一生お前についていく!俺も一緒にその子を育てる!そんでもって俺もお前の子どもを産むー!!!」
「アホ!恐ろしい事を言うな!今ならそんな事も出来そうで恐えーんだよ!それより、気持ち悪いから離れろー!」
俺の本気の抵抗をものともせず、織春は「いやだー!」と言って一向に離れようとしない。このままじゃらちがあかないと思った俺は、さっきふと思いついた可能性を口にした。
「そっ、それに、この子が俺の子とまだ決まったわけじゃねーだろ!なんでそんな事を言ったのか、あのミラって奴にちゃんと聞いてみねーと分かんねーだろ?!」
その言葉を聞いた途端、織春の動きがピタリと止まった。
「......たっ、確かに」
織春は俺の首からゆっくりと手を離し、そのまま目線を落とし赤ん坊の顔を覗き込む。
「なんで今までその事に気がつかなかったんだ?そうだよ!夜真十の言い通りだ!その可能性も充分にあり得る!」
そう意気込んだ織春は涙を拭った後、勉強机と本棚の間に挟まるようにして座るミラの方へと顔を向けた。ミラはというと、食事を終え何もする事がなく暇だったのか、こちらの様子を観察するようにじっと俺達の事を見つめていた。
そんなミラに織春が声をかけようとしたその時、玄関からいきなり大きな音が聞こえてきた。
玄関のドアを勢い良く閉めたた音が聞こえかと思うと、そのまま誰かが階段を上る音へと変わり、そしてーー『ドーーン!』。
急に俺の部屋のドアが破壊された。
「ひぃー!!!」「うわぁー!!!」
俺と織春は思わず悲鳴を上げる。
木製の扉がまるで大砲でも打ち込まれたかのように、部屋の中に飛び込んできたのだ。扉の破片が勢い良くベッドに突き刺ささり、薄い掛け布団の中から吐き出された羽毛がヒラヒラと宙を舞った。もしもあと一メートルほど部屋の中心にいれば、俺と織春は間違いなく串刺しにされていたところだ。
「夜真十ー!!!無事かー!?」
部屋の扉を壊した張本人が、握りこぶしを作ったまま大声で叫ぶ。
年齢にそぐわない美しさと若々しさを兼ね備えた女性がそこに立っていた。
おそらくこの人を見て、アラフォーなんて言葉は絶対に思い浮かばないだろう。
誰がどう見ても美人だと思うその顔には、なぜか鬼気迫るものがあった。
急いで帰って来たからなのか、息は乱れ、緩くウエーブがかかった金髪はややセットがくずれている。しかしそれでいても、エレガントさを失った訳ではない。
多少髪が乱れた所で、この人の美貌が損なわれる事は決してないのだ。
世の女性が羨むボディーを赤いミニスカートのドレスがこれでもかと締め付け、なんとも男心をくすぐる淫美なラインを作り出している。
そんな夜の蝶丸出しの見掛けとは裏腹に、熊でも一撃で倒してしまいそうな腕力を持つこの人物こそ、この家の家長であり、俺の唯一の家族。
性は
「無事か?じゃねー!何やってんだよ母ちゃん!死んだらどうすんだー!」
「はぁっ、はぁっ......なんだ。......元気そうじゃねーか。ったく!心配かけさせやがってこの野郎!」
そう言うなり母ちゃんは、ダッシュで俺のもとまで駆け寄り、俺の頭を脇に抱えてぐグリグリと拳をめり込ませた。
「痛い痛い痛い痛い!」
「あたしがどれだけ肝を冷やしたか分かってんのか?!えぇ!このくそガキー!」
「ちょっ、ちょっと夏鈴おばさん!違うんだ、夜真十はーー」
「ーー織春!てめーも同罪だ!こっちに来い!」
「えっ?!何で!?ちょっと待っーー痛ててててて」
俺から手を離した母ちゃんは、織春にも同じくグリグリの刑を実行する。
その隙に俺は、巻き添えを食わないようベットのキレイな部分にそっと赤ん坊を寝かせ、後ろを振り返る。織春は嫌がりながらも笑顔で母ちゃんの刑罰を受けていた。どうやら母ちゃんのおっぱいが自分の顔に当たっているのを楽しんでいるようなのだ......。それから俺達は一分ほど交互に頭を弄もてあそばれた。
地獄の時間が終了し、ボロボロになった俺と織春は、崩れ落ちるようにして床に倒れ込む。
「まぁ、無事だったし今日はこれくらいで勘弁してやる。てめーら!ありがたく思えよ!」
暴君は腕を組み俺達を見下ろしそう言った。
「はぁっ、はぁっ......てかっ、何で母ちゃんがここにいんだよ?!今日は仕事だろ?店はどうした?!」
「あぁん?てめーが電話に出ねーから心配ですっ飛んで来たんだろーがボケ!
「えっ!母さんが?」
織春は驚いた顔で母ちゃんを見上げる。
「あぁ、そうだ!お前、帰って来るなり『夜真十の家に行って来る』つって何の説明もしねーで家を飛び出したそうじゃねーか!薫子の奴えらく心配してたぞ!お前らがプリン山に行くって事は夜真十から聞いて知ってたが、まさか隕石が降って来るとわな......。それにしても、本当に無事でよかったぜ」
そうか......俺達以外はまだ、UFOが墜落し事を知らないんだ。
俺も最初は隕石だと思っていたしな。というか、まだその方がよっぽど現実味が有る。
「それより......そこの赤ちゃんと、あそこの隅にいる変な奴はなんだ?お前らの連れか?」
と、母ちゃんは、ミラの頭に生えた触覚を見つめ訝しげに目を細めた。
「!!?」
そうだ!すっかり忘れてた......。
母ちゃんにこいつらの事をどうやって説明したらいいんだ?
説明したところで絶対に信じてくれるはずがない。
母ちゃんはこういった事に対して、俺以上に否定的なのだ。
どうする?何か良いごまかし方はないか?と、必死に知恵を絞り出そうとしていたその瞬間、突如、奇妙な声が室内に響いた。
『あーあーあー。ただいまマイクのテスト中。聞こえますかー?どうぞー』
どこからともなく子どものような中世的な声がした。
その声はまるでカラオケのマイクのようにエコーがかかった不思議なものだった。
織春と母ちゃんにも聞こえたのか、俺達三人は辺りを見渡しその声の発生源を探す。
『あー聞こえてるようですね。すみません、ここです。ここ』
いきなりミラの右手が上がる。だが、奇妙な事にミラの口は閉じたままだ。
テレパシーか何かか?最初はそう思った。しかし、さっき聞いたミラの声とはどこか違う気がする。というか、まったくの別人だ。
ミラはすっと立ち上がると、無表情のままえっへんと威張るようにして両手を腰にあてた。すると、白いウエットスーツを駆け巡っていた幾何学模様がミラの腹部に集まり、そこに突然ハニワを思わせるまぬけな顔が浮かび上がった。
『えーっとですね、今話しているのはミラ様ではなく、ミラ様が着てらっしゃるこの服、すなわち私です』
その声とシンクロするかのように、ハニワの口が動く。
人間の順応力とは恐ろしいもので、この小一時間の間にいくつもの非現実的な体験をする事によって、俺と織春はもはやこれくらいの事では驚かなくなっていた。
しかし、母ちゃんは違う。何がなんだか分からないのだろう。あんぐりと口を大きく開き、ミラとハニワを交互に見つめながら呆然と立ち尽くしていた。
『申し遅れました、私の名はカクタス。惑星ケプラスが生んだ宇宙一の人工知能でございます。
そう言ってカクタスと名乗るハニワは、流暢な日本語で話し始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます