第2話


 ーーなんじゃこりゃ!!!


 謎の物体のもとまで辿り着いた俺は、衝撃のあまり言葉を失った。

 直径百メートルを超えるクレーターの中心に、青白い光を放つ水晶の結晶を思わせる巨大な物体が、大地にめりこむようにして斜めに突き刺さっていたのだ。

 それは、ただの石の塊を想像していた俺にとって予想外のフォルムであり、また、今まで培った常識を一瞬で崩壊させるには充分なほどの異質さを兼ね備えていた。

 驚きのあまり開いた口が塞がらない俺の横で、織春はいぶかしげにつぶやいた。


 「おかしい......」


 俺は、織春のその言葉に俺は安堵した。

 なぜなら、そう考えていたのが自分だけではないと知ったからだ。

 そもそもこんな物が空から降って来るはずがない。まだ、買った宝くじが当たっていたという方がよっぽど現実味がある。

 おそらく俺達はさっきの爆発でどこか頭を強く打ち、こんな幻覚を見ているのだろう。

 そう考えれば全て納得がいく。織春もそんな風に考えたに違いない。

 何の根拠も無いがそう結論づけた俺は、真剣な面持ちで水晶を見下ろす織春に向かって明るく賛同した。


 「ははっ。あぁ、そうだな!これはあれだ、幻覚か何かだな!それか、俺達まだ気絶してるってパターンてのもあり得るな!いやーまいったなこりゃ。はははははは」


 「いや、そう言う事じゃなくて......」


 「え?」


 肩すかしをくらった俺に、織春は坦々と自分の考えを述べていく。


 「クレーターがあまりにも小さ過ぎるんだ。通常、隕石が落ちた時、その隕石の約二十倍ものクレーターが出来るって言われてるんだけど、あれは全長二十メートルを軽く超えている。それなら四百メートル以上のクレーターが出来てもおかしくないはずなのに。......これじゃまるで、衝突の際に減速したとしか考えられないじゃないか......」


 「............」


 織春のその言葉に俺は耳を疑った。衝突の際に隕石が減速した?こいつは一体何を言ってるんだ?

 確かに大気圏に突入する際、いくらかスピードが落ちる事は知っている。空気抵抗というやつだ。

 だが、織春が言っている事はそういう事じゃない。『地面に激突する間際、隕石が減速した』と、彼はそう言いたいのだ。そんな話、聞いたこともないぞ。

 にわかには信じられない話だが、俺より豊富な知識を持っている織春が言っている事だ、あながち的外れではないのかもしれない。

 仮に、そう仮にだ!百歩譲ったとして、あの水晶が自発的に減速したとしよう。

 てことはつまり、あれには何らかの意志のようなものが存在しているって事にならないか?


 そんなバカげた話があってたまるか!!!


 俺がそう必死に自分の考えを否定している間にも、織春はクレーターの縁から飛び降り迷う事無く水晶のもとへと歩き出した。


 「おっ、おい織春!ちょっと待てよー!どこ行くんだよー!」


 俺は不安にかられながらも、そそくさと歩く織春の後を追った。





 やがて俺達は水晶の前で足を止めた。

 高さにしておよそ十メートル。五階建てのマンションに匹敵する高度を持つそれは、なぜか当初よりだいぶ光量が和らいでいた。

 そのおかげで不透明だった全体像があらわになり、細部までしっかりと観察する事が出来た。

 しかし、それが逆に俺をさらに混乱させる原因となっていた。

 水晶の外装はつるつるとしており、鉱物というよりかは金属に近い光沢を放っている。それに加え表面には幾何学模様らしきものが描かれており、数秒ごとにその図柄を変えていた。

 もっとも驚いたのは、落下の際に破損したのか、その隙間から内部の構造を見る事ができ、中からいくつも機械らしき物が顔を覗かせていた事だった。

 以上の事からこの物体は、自然に出来た物ではなく、人工物だという事が誰の目から見ても明らかであった。


 「すっ、すごい。夜真十......これってUFOだよな?」


 「............」


 俺は織春の問いに素直に答える事が出来なかった。

 『自分の目で見たものしか信じない』そう公言している立て前上、目の前の現実を受け入れるべきなのだろう。それが現実主義者というものなのだ。

 しかし、俺の理性はそれを強く拒んでいた。先ほど否定した自分の考えが正解だったなんて絶対認めたくなかったからだ。

 こんな事が現実に起こるはずが無い。いや、起こって欲しくない。これは夢だ!

 そんな願望が己の信念を曲げ、俺を現実逃避へといざなっていた。だが残念な事に、俺の悪夢はここからが本番であった。


 突如、水晶に異変が起こった。

 今まで以上に強い光を放った後、中央に二メートルほどの穴が開き、その中から神々しい光をまとった一人の少女が姿を現したのだ。

 その少女の顔立ちは息を飲むほど美しく、肌や髪の色は雪のように白い。そのせいか、ピンクサファイアを彷彿させるきらびやかな瞳が、少女の神秘性をよりいっそう際立たせていた。

 少女の頭部からは触覚らしきものが一本生えており、それがピンと伸び天を穿っている。

 何より俺達を驚かせたのは少女の出で立ちだ。少女は衣服を一切身に纏っておらず、小柄な外見に相応しい発展途上の肉体を羞恥する事無くさらけ出していたのだ。


 「まっ......まじかよ......」


 衝撃のあまり、俺は息を吸う事すら忘れ少女を見上げていた。

 幽霊を捜しに来て、裸の宇宙人に遭遇するなど誰が想像できただろうか。

 横にいる織春でさえ、こういった事を待ち望んでいたにも関わらず、思考停止を余儀なくされているのだ。もはや俺には理解不能な状況であった。


 少女は辺りを軽く見渡した後、静かに目線を落としいき俺の横に居る織春へと視線を固定した。未知との遭遇で体が硬直している俺達とは違い、少女の顔に驚きの表情は一切見受けられない。まるで道ばたに転がる石ころでも眺めるかのような、無機質な瞳が織春に向けられていた。

 少女は数秒間織春を見つめた後、ふいに俺の方へと視線を移した。その瞬間、少女の表情が一変した。目を大きく見開き、まばたき一つせずじっと俺の方を凝視しだしたのだ。その美しい瞳には、先ほどとは違い、まるで獲物を狩るハンターの如く鋭い光が宿っているようにも見えた。


 (ちょっ、ちょっと待て!何でこっち見てんだよー!!!)


 俺は心の中で絶叫しながらも必死に頭を働かせる。今すぐこの場から逃げ出したかったが、背を見せた瞬間何をされるか分からない。こういった状況下では慎重に行動する事が絶対条件なのだ。

 森の中で熊と遭遇した場合も熊を刺激しないようゆっくりと後退するのが鉄則だと、むかし母親から教わった事がある。なら、そっと織春の手を引き、ゆっくりと少しずつ後ろに下がりながら......。

 と、対宇宙人用の逃走術を模索していたその時、突如、目の前にその少女が現れた。


 「うわああぁぁぁーー!!!」


 予想外の出来事に俺は勢い良く後ろへ倒れ込んだ。さっきまで十メートル以上も離れた所にいた少女が、突然瞬間移動したかのように目の前に現れたのだ。誰だって腰を抜かすだろう。

 織春もまた地面に尻を預け、大きく口を開いたまま動けないでいた。


 そんな俺達を気にも止めず、少女はふわりと俺の上に股がり、ゆっくりと顔を近づける。

 遠目からでも分かっていたが、こうして目の前に来られると、その美しさについ恐怖心を忘れ見入ってしまう。

 しかし、馬乗りになった少女からは、重さというものをほとんど感じなかった。

 例えるなら、上から薄い布でもかけらているような軽さしか感じないのだ。

 その不気味さが引き金となり、忘れかけていた恐怖心に再び火がついた。


 「なななっ、何なんだお前ー!俺なんか美味くないぞー!『フラワー』のカレーパンの方が、俺より数百倍美味いんだからな!だっ、だから、やめてーー!」


 何を言ってるのか自分でもさっぱり分からなかったが、それくらいこの奇襲に動揺していた。

 身を震わせガチガチと歯を鳴らす俺の顔を少女は突然その小さな手で優しく包み込んだ。


 ーー補食される!


 そう思い、ぐっと目をつむったその時。


 「ミ......ツケ......タ......」


 「......え?」


 どこかで聞いたような言葉を耳にした俺の唇に、突如、生暖かい何かが触れた。

 プルっとしていて少し弾力のあるそれは、今まで感じた事のない不思議な感触だった。

 なんとも言えない感触に興味を引かれ薄く目を開けたその瞬間、俺は絶句した。

 なんと、自分の唇が少女の唇と重なっていたのだ。

 それは、俺にとって正真正銘のファーストキスであり、思い描いた理想が崩れた瞬間でもあった。


 「なっ、ななっ!何すんだー!!!」


 俺は思わず少女を突き飛ばしていた。

 あり得ない!まさかこんな場所で、しかも、どこの馬の骨かも分からない地球外生命体なんぞにファーストキスを奪われるなど夢にも思っていなかったからだ。

 『ファーストキスは大好きな人と、夕日の沈むオシャレな公園で』と、乙女さながら心に決めていた俺にとって、これは最悪以外の何ものでも無かった。

 ふと半べそ混じりの顔を横に向けると、ほうけた顔の織春がそこにいた。織春も何が起こったのかまったく理解できない様子だったが、なぜか頬を赤く染め俺の顔をまじまじと見つめていた。


 なんでお前がポッとしてんだよ!そう怒鳴りつけてやろうと思った瞬間、突然俺の耳に奇妙な音がまとわりついた。それは犬が発する威嚇いかくの音にも似ていたが、何かが違う。

 どこか苦痛を耐え忍ぶ人の声のようにも聞こえたのだ。

 その音の発生源を探るべく、俺は全神経を耳に集中させ辺りを見渡した。そして、ある一点で視線を止める。どうやらその音は、未だ地面に横たわる少女から発せられているようなのだ。


 「しまった!!!」


 急に冷静さを取り戻した俺は、慌てて体を起こし少女の元まで駆け寄った。

 とっさの出来事で動揺していたとはいえ、女の子を乱暴に突き飛ばしてしまったのだ。

 それが例え宇宙人でだったとしても、そんな事は男がとって良い行動ではない。

 心の中で自分に罵声を浴びせつつ、俺は少女の上半身を抱き起こし声をかける。


 「おっ、おい!大丈夫か?!どこかケガしちまったのか?」


 腕の中の少女は返答する事なく、両手を握りしめただただ苦しそうに身を震わせていた。

 額からは大粒の汗が噴き出し、苦痛のせいかキレイな顔はその原型をとどめながらも大きく歪んでいた。

 これは緊急事態だ。とっさにそう判断した俺は、少女への恐怖心など忘れ、遅れてやってきた織春に助けを求めた。


 「織春!助けてくれ!コイツどこかケガしちまったみたいなんだ!こんな時どうすればいい?!」


 俺の無茶ぶりに慌てながらも、織春は少女の全身をくまなく調べていく。

 そして何かに気付いたのか、急に顔を上げ、引きつった顔をこちらに向けた。


 「いっ、いや......夜真十。これってもしかして」


 織春は大きく目を見開き、少女の腹部を指差した。

 織春が醸し出す緊迫した雰囲気に再び嫌な汗が流れ始めた俺は、すぐさまそこへと目を向けた。


 「はぁー?!!!」


 本日二度目のなんじゃこりゃであった。

 なんと信じられない事に、さっきまで平らだったはずの少女の腹部がどんどん膨らみだしていた。それも徐々にでは無い。ゴム風船に勢いよく空気を送り込んだ時のようなものすごいスピードでだ。

 それに比例して少女からは悲鳴が上がる。先ほど以上に大きく顔を歪ませた少女は、俺の服をギュッと掴み、必死に痛みに耐えているようだった。


 「おっ、おい!ちょっと待て。嘘だろ?......これって......」


 まったく異質だが、こんな状況に似た場面を俺は知っている。

 学校の保健体育の授業や、テレビなどでたまにこういったシーンを目にするからだ。それは生命の神秘であり、全生命体の出発点とも言える超一大イベント。


 そう、出産だ!


 ようやく俺が状況を把握したのと同時に、少女の苦痛がピークを超えた。


 「グウウゥゥゥー!アアアァァァー!!!」


 獣のような咆哮ほうこうを上げ、少女が大きく股を開く。

 そして、下腹部に全ての力を注ぎ込み、腹の中のものを押し出そうと力み始めたのだ。


 (こいつ妊娠してるのに何で地球に来たんだ?!てか、宇宙人の出産も人間と同じやり方で良いのか?あぁー!分っかんねー!つーか産むなら自分の惑星ほしで産め!)


 混乱しつつも俺はすぐさま行動を開始した。

 記憶を辿りテレビで見た出産シーンを思い出す。

 そして自分の体を分娩ぶんべん椅子代わりにするため少女の後方へと回り込み、少女が少しでも力みやすいよう震える手を強く握ってやった。

 織春も動揺を隠せなかったが、自分のやるべき事を瞬時に理解したのだろう。

 少女の股へ両手をかざし準備を整えた。

 少女は悶もだえながらも、全力を振り絞る。

 目には涙が溢れていたが、歯をグッと食いしばる事で、今にも飛んでいきそうな意識を必死に繋ぎ止めているようだった。


 (何か!何か他に俺が出来る事はないのか?!)


 無い頭をフル回転させるも、依然として良いアイディアが浮かんでこない。


 「くそっ!」


 こんな時になんの役にもたたない自分に心底嫌気がさす。

 俺が自分の無能さにへこんでいる間にも、少女の意識がだんだんと薄れ、体からは力が抜け始めていた。


 (なに弱気になってんだ!今一番辛いのは俺じゃなく、目の前のこいつだろ!何も思いつかないならせめて、今出来る事を全力でやれや!)


 そう思い立った俺は、少女に向かって大声で叫ぶ。


 「おい!しっかりしろ!大丈夫だ!もうすぐ産まれる!だから頑張れ!!!」


 俺は少女の手をさらに強く握り、祈るような思いで声をかけ続けた。

 それを見た織春からも励ましの声が飛ぶ。

 そんな俺達の思いが届いたのか、少女は意識を取り戻し再び力み出した。

 それから数分が経過し、この緊迫した時間が永遠に続くかと思われたその時、急に目の前の織春が声を張り上げた。


 「やった!やっと頭が見えてきたぞ!」


 「まじか!!!おい、聞いたか?後もうちょっとで産まれるぞ!だから絶対諦めんな!頑張れ!頑張れーー!!!」


 その言葉を理解出来たのかは分からないが、俺の呼びかけに答えるように少女がラストスパートをかけ始めた。

 声にならない声を上げ、少女も俺の手を強く握り必死にに力を振り絞った。

 それから数十秒後、ついに待ち望んだ瞬間が訪れる。


 「おぎゃーおぎゃーおぎゃー!」


 四人目の声が春の夜空に響き渡る。

 それはお世辞にも心地よい響きとは言えなかったが、なぜか、なんとも心を温かくしてくれる不思議な音色だった。その声を聞いた途端、達成感と共に張りつめていた緊張が一気に解け、どっと疲れが押し寄せてきた。

 何もしていない俺でさえこうなのだから、当の本人はそれはもう大変だったに違いない。

 小さな体で本当によく頑張ったな、と、そう賛美してやりたかったが、地球人の言葉が分かるはずもないので、代わりに肩で息をする少女の頭をそっと撫でてやった。


 少女の艶やかな髪を撫でながら、俺はある事に気が付いた。

 意外な事に、少女への恐怖心はもうどこにも無かったのだ。

 むしろそれどころか、親近感さえ湧いてくる。

 おそらく共に困難を乗り越えた事が、少女との距離をぐっと縮めてくれたのだろう。自分の単純さに苦笑いを浮かべながら、俺は織春へと視線を移した。


 元気よく産声をあげる赤ん坊を落とさないよう慎重に取り上げた織春は、「女の子だよ」と告げた後、少女にゆっくりと手渡した。

 本来人間なら、産まれた直後に子どもと母親を繋ぐへその緒を切るものだが、その赤ん坊にはそういった物は見当たらなかった。

 羊水に濡れたつるんとしたお腹が月明かりを受け、てらてらと優しい光を放っている。


 少女は赤ん坊をそっと抱きかかえ、不思議そうに顔を覗き込んだ。

 母親に抱かれる赤ん坊の姿を後ろから眺めていると、ふいに目頭が熱くなるのを感じた。

 たとえ宇宙人たにんの子であったとしても、新しい命が誕生する瞬間というのはやはり感動的なものだ。昔からこういった感動的なシーンに弱い俺は、知らぬ間に号泣しながら少女にねぎらいの言葉をかけていた。


 「うぅ......よっ、よかったなぁ。お前よく頑張ったよ。きっとお前の旦那も喜んでるはずだぞ」


 安堵からか崩れ落ちるように腰を下ろした織春も、「うんうん」首を縦に振り俺の言葉に賛同してくれた。

 そんな心温まる時間がいくらか経過した後、少女は急に体を起こし俺に向き直った。相変わらず無表情なため感情を読み取る事は出来ないが、今にも閉じてしまいそうなその瞳から、疲労している事だけは強く感じ取れた。

 少女は息を切らしながら、か細い腕に抱いた赤ん坊を、そっと俺の前に差し出した。おそらく出産を手伝ってくれた事への感謝の気持ちとして、大事な我が子を抱かせてくれようとしているのだろう。


 なんだこいつ、もしかしたら意外と良い奴なのかもしれないな。

 そんな事を考えながら俺は、少女から赤ん坊を受け取り優しく自分の方へと抱き寄せた。手から伝わるプニプニとした感触がたまらない。それに産まれたばかりにも関わらず、赤ん坊の顔は非常に整っており少女に似てとても美しかった。


 「ははっ、元気良いな。それに、こんなに可愛いと将来が楽しみだな。そう言えばお前、この子の名前とか決めてんのか?」


 俺の質問を理解できたのか、少女は小さく返答する。


 「......アーナ。......アーナ......タッ......コ」


 「アーナ:タッ:コ?......ははっ、何か変わった名前だな。あっ、でも俺が地球人だからそう思うだけか?そうか......アーナか。良い名前だな」


 そう言って俺は、赤ん坊をあやしながら少女に微笑みかけた。

 しかし少女は否定するように首を横に振り、赤ん坊を指差し再度口を開く。


 「チッ......ガウ......ソノコ、アナタ......ノコ」


 「............ん?」


 俺は満面の笑みを浮かべたまま首を傾げた。


 (えっ?......こいつ、今なんて言った?なんか、すごい言葉をさらりと口にしたような気がしたが......)


 俺は最初、少女が何と言ったか理解出来なかった。

 そもそも宇宙語など、この俺に分かるはずが無い。

 なにせ中学生レベルの英語ですらチンプンカンプンなのだ。

 だが、冷静に思い返してみれば、少女は最初から日本語を使っていたような気がする。さっきは気が動転していたせいで、そんな事を考える余裕は無かったが今は違う。いたって冷静だ。

 目の前の少女はこちらの言葉を理解しており、その証拠に俺の質問に対しちゃんと受け答えをしている。と言う事は、少女が発っした今の言葉は......。


 ーー違う。その子、貴方の子。


 「はあああぁぁぁぁーー!!?」


 思わず俺は今日一番の大声を喉から喉から絞り出していた。

 急激に酸素を失った事と、予想だにしない言葉のせいで、頭が完全にショートしてしまい目の前が真っ白に染まっていく。そんな思考停止状態の俺に向かって、少女はさらに追い打ちをかける。


 「ワタシハ......ミラ。コレカラ、ヨロシク」


 こうして俺、いちじく 夜真十やまとは、高校一年の春、訳も分からないまま一児の父となってしまったのだった。

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