第1話
「おい、
下校中、俺は突然そんな言葉を投げかけられた。
言い出したのは、隣を歩いていたなんとも端正な顔立ちをした好青年。
短くカットした髪を茶色く染めてはいるが、不思議な事にチャラついた印象は受けない。
むしろ春風のような爽やかさを彼からは感じる。
その要因となっているのは、彼が見せる屈託の無い笑顔だ。
それは、同性でさえキュンとさせてしてしまうほど不思議な魅力に溢れていた。
そんな人懐っこい雰囲気を醸し出すこの青年の名は、
俺、
織春は、うちの家の近くにある『
実家が神職で父親に似て自身もオカルト好きなせいか、織春はたまにこういった訳の分からない事を口走る。正直、幽霊だの超能力だの、そういったオカルト的なものを俺は一切信じてはいない。
なぜなら、自分の目で見たものしか信じない現実主義者というやつだからだ。
ゆえに、こんなバカらしい誘いに乗る気は無いが、一応そう思い立った経緯だけは聞いてやろうと、横にいる親友に向かって問いかけてみる事にした。
「何だよ急に?またおっちゃんに何か変な事でも吹き込まれたのか?」
「違う違う。いやさー、クラスの女子に聞いたんだけど、うちの裏山って結構人気の心霊スポットらしいんだよ!あそこで幽霊を見たっていう目撃情報も多いらしくてさ、だから本当に出るのかどうか調べに行こうと思って」
「アホか、そんなのいる訳ねぇーだろ。あんなもん脳が作り出したただの幻覚だ!てかっ、誰だよ?そんなバカなこと言ってる奴はよー?」
「花澤」
「なにー!花澤さんだとー?!!」
俺は急に足を止め織春に向き直った。
なぜなら、織春が口にした名が、密かに思いを寄せる少女のものだったからだ。
ーー
容姿端麗にして成績優秀。
そのうえ、性格も良く小動物のような愛くるしさも兼ね備えているため、男子の中ではマドンナ的存在だ。運良く彼女と同じクラスになれたは良いが、俺は彼女に避けられていた。
その原因は間違いなく俺にある。
男女問わずすぐに友達ができる人気者の織春とは違い、俺は元来人見知りな性格ゆえ、人と話すのが苦手だった。織春のように昔から慣れ親しんだ奴であればまったく問題無いのだが、それ以外の者に対してはなぜか、緊張のあまり鬼の形相となってしまうのだ。
もともと無口で目つきの悪い俺が、さらに凶悪な顔になるのだ。相手からすれば、まるで蛇に睨まれた蛙の如く、それはもう恐ろしいものに映ったに違いない。
それゆえ、言葉を交わしてくれる者は徐々に減っていき、いつの間にか俺はクラスでも浮いた存在となっていた。
そんな俺を見兼ねたのか、何度か彼女の方から話かけてくれる事もあったが、その度いつも以上に顔が強ばり、思う存分彼女を怖がらせてしまっていた。
その事が原因なのだろう。最近ではろくに目も合わしてくれなくなり、いつしか声をかけずらい間柄となっていた。
「そうそう。お前が大好きなあの花澤さんだ」
「アッ、アホ!声がでけーよ!』
「はいはい。分かったから、まぁ聞けよ。あいつもオカルトとかに興味あるらしくてな、たまにこういった話とかすんだよ。んで、うちの裏山の情報を教えてくれたってわけ」
「へぇ......あの花澤さんが」
なるほど......。花澤さんもそういう話が好きなのか。
俺は心のメモ帳にそっとその事を書き加えたあと、ふと頭をよぎった疑問を口にする。
「経緯は分かった。でもよー、それで何で俺がお前と一緒に行くはめになるんだ?」
「何でって......はぁ〜冷たいねー、俺たち親友だろ?何するにしてもいつも一緒じゃん!」
「まぁ、そりゃそうだけどよ」
「それにお前、最近あいつと全然話せてないだろ?」
「うっ......」
こいつ、さらりと痛い所を突いてきやがる......。
「だからさ、話題作りにはもってこいかな?って思って。あっ、そうそう!断っても無駄だかんな。花澤には、お前と二人で調べに行って、その結果をお前の口から報告させるって言ってあるから、ぜってー逃げらんねーぞ」
そう言って織春は、爽やかな笑顔をこちらに向けた。
昔から少し強引だが、俺が何か困っている時、救いの手を差し伸べてくれるのはいつだって織春なのだ。
幽霊の存在などまったく信じてはいないが、結果がどうであれ彼女と話せる事に変わりは無い。
そういう風に織春がお膳立てしてくれたのだ。
それにこの機会を逃したら、この先二度と彼女とは話せないかもしれない。
自慢じゃないが、俺はそこまで積極的な性格ではないのだ。
なら、答えは一つ。心優しい親友が作ってくれたこのチャンスを最大限に生かし、明るい学園生活を送るのみ!
そう決心した俺は、織春への感謝の念を抱きつつも、気恥ずかしさゆえついつい憎まれ口を叩いてしまう。
「たくっ、しゃーねーなー。分かったよ、ついて行ってやるよ。まぁ、明日からゴールデンウィークで学校休みだしな。たまには、夜更かしもいいかもな」
「だろ?さっすが夜真十!そう言ってくれると思ったぜ!」
「そっ、それと......」
「ん?」
織春は、何か言いたげな俺の顔を覗き込む。
「あっ、ありがとな。色々と考えてくれて」
照れくささゆえ、目線をそらす俺の横顔を見つめ、織春は満面の笑みで頷いた。
「おうよ!んじゃ飯食ったら俺ん家集合な!」
こうして俺達は、ひょんな事から幽霊探しに出かける事となったのだ。
夕食を終え織春と合流した俺は、不破神社の裏山へと足を踏み入れた。
不破神社が所有する裏山ーー通称『プリン山』は、そのあだ名の通り山全体が平べったいプリンのような形をしている。
なぜそんな奇妙な形をしているかは謎だが、オンシーズンにもなれば全国から紅葉を楽しむ人で賑わう地元でも有名な観光スポットだ。
標高もさほど高くはなく、俺達の足でもせいぜい四十分ほどで頂上に着く。
それに山道はきちんと舗装されており、いくつか明かりも設置されているため、夜道でも安心して山を登る事が出来た。
しかし明かりがあるとはいえ、さすがに夜の山の中は暗い。
闇が深々と辺りを覆う中、虫の鳴く声と俺と織春の足音だけが山中に響く。
ふと視線を横にそらすと杉林が広がっており、今にも木々の間から白い顔をした女性がぬらりと出てきそうなほど、周囲は不気味な雰囲気に包まれていた。
それに加え昨晩の大雨のせいで空気は多分に水気を含み、なんとも言えない陰湿な空間を作り出している。
しかし、そんなナイスシチュエーションにも関わらず、幽霊どころか小動物の姿すら発見する事もなく、俺達はプリン山の山頂まで辿り着いた。
「ほら見ろ!やっぱ幽霊なんかいなかったじゃねーか!」
「あっれ~?おっかしいーな。ここら辺が一番出るって花澤が言ってたんだけどな......」
俺からすれば当然の結果だが、織春はまだ納得できないのか、不満げな顔で辺りを散策し始める。
諦めてもう帰ろうぜ。そう提案したい気持ちはもちろんあった。だって、幽霊なんて100%いないんだから探しても絶対に時間の無駄だ。
しかし、今回の件で織春には大きな借りがある。それでなくても日頃からこいつには色々と世話になっているのだ。
まぁ、たまには恩返しの一つでもするか、と、柄にもなくそう思い立った俺は、説得を諦め林の中に消えて行く織春の姿を見送った。
一人取り残された俺は、織春が戻ってくまでの間、頭上に広がる満天の星空を見上げ時間を潰す事にした。
山頂という事もあり、普段は目にできないような小さな星までもがはっきりと見る事が出来る。
大小いくつもの星々がダークブルーの夜空を彩り、視界いっぱいに幻想的な世界を創り出していた。
それはまさに絶景と言える光景だった。
しかし残念な事に、こんなロマンチックなシチュエーションにも関わらず、一人というのが泣けてくる......。
「はぁ......この星空を花澤さんと一緒に見れたらな......」
神秘的な星空に、明るく微笑む彼女の姿を幻視していたその時、ふと、ひときわ強い光を放つ星が目に入った。
それはどの星よりも大きく、まるで太陽のようにさんさんと輝いている。
なんとなく興味をそそられた俺は後ろを振り返り、宇宙や星の事にも詳しい自称天文博士と豪語する人物に大声で尋ねてみる事にした。
「なぁ、織春ー!あの一番でかい星ってなんだー?」
その声が届いたのか、しばらくすると暗い顔をした織春が林の中からぬっと姿を現した。
どうやら、幽霊は発見出来なかったようだ。織春はぶつぶつと言いながらこちらまでやって来ると、俺が指差す星を
「えーっと、あれは......ん?......何だ?.あそこに、あんなでかい星なんてなかったはずだけど......」
「おいおい。あんなでかい星が今まで見つからなかったわけねーだろ?」
「あぁ......だから変なんだ。それに......ん?」
織春は急に両目をこすると、再び顔を上げて眉をひそめた。
「どうした?目にゴミでも入ったのか?」
「いや......なんか、あの星......ちょっとずつでかくなってるような......」
「はぁ?お前何言ってんだ。んなわけ............!!?」
織春から前方へ視線を戻した俺は、信じられない光景を目の当たりにした。
なんと、先ほどの星が三倍以上も膨れ上がっていたのだ。いや、正しくは現在進行形でその大きさを増している。それと比例するかのように、飛行機とはまた違った奇妙な風切音が鼓膜を揺らす。
天文学などそういった知識が無い俺でさえ、それがどういった意味を持つのか容易に理解できた。
目の前で光っているモノは星なんかじゃない!あれは、間違いなく隕石だ!
それも信じられない事に、猛スピードでこちらに向かって落下してきていた。
「なっ、なぁ夜真十......これって......ヤバくないか?」
「アッ、アホー!ヤバいどころじゃねー!!!」
俺は慌てて織春の手を引きその場から逃げ出した。
冗談じゃない。あんなもん、もろに喰らえば即死どころか骨すら残らねーじゃねえか。それに、こんな所で死んでたまるか!俺には花澤さんに告白するっていう大事な使命があるんだ。
なんとかこの場を切り抜けようと俺は死に物狂いで足を動かした。
しかし、いくら頑張ってみても頭が混乱しているせいか、いつものようにうまく走る事が出来きない。
「くそっ!」
苛立ながらも後ろを振り返えってみると、織春もまた足に力が入らないのか、何度も転びそうになりながら一生懸命地面を蹴っていた。
そんな俺達をあざ笑うかのように、隕石はさらにスピードを上げすぐ後ろまで迫る。
「夜真十!あれ!」
突然織春が勢い良く前方を指差した。
俺はすぐさま織春が指を差した方向へと視線を送る。
襲い来る死神の鎌を振り払わんと全力で駆ける俺達の目の前に、やっとこさゴールが見え始めたのだ。
「やったぞ織春!後もう少しだ!」
あと二十メートルほどで下山道へ差し掛かかかろうとした次の瞬間、とんでもない爆発音と共に衝撃波が俺と織春の背中を叩いた。
「うおおぉぉぉー!」「うわああぁぁぁー!」
すさまじい爆風で体が宙に浮き、俺達はまるで映画のワンシーンのように十数メートル先の雑木林へと吹き飛ばされた。
あれから、どれくらいの時間が経過したのだろう。
はっきりした事は分からないが、おそらく十分以上は気を失っていたに違いない。
目を覚ました時、俺はうつ伏せで地面に倒れていた。
口の中に入り込んだ泥がざらりと舌の上で踊り、かすかな草の香りが鼻孔をくすぐった。
体はきしむように痛かったが、感じられる症状はそれくらいで、どうやら致命傷は免れたようだ。
半分開いた瞳の先には織春がいた。織春もちょうど意識を取り戻したようで、口に入った泥をぺっぺっと吐き出している所だった。
「痛ててて......織春、大丈夫か?」
「あぁ......何とか」
お互い泥だらけでところどころ服は破れていたが、運良くかすり傷程度しか負ってはいなかった。
普通なら死んでいてもおかしくないほどの距離を飛んだのだが、幸い木に体を打ち付ける事も無く、落下した場所がぬかるみの上だったため大事には至らなかったようだ。
昨日の晩に大雨が降っていなければ、今頃どうなっていたかは言うまでもない。
考えただけでもゾッとする......。
自分達の強運に驚きながらも、ほっと胸を撫で下ろした俺は、
目に映ったのは、先ほどとはまるで違った散々たる光景。
山頂を埋め尽くしていたはずの木々は、隕石落下による衝撃で見事なまでになぎ倒され、視界を遮るものがほとんどなくなっていた。
周囲には木を燃やしたような焦げくさい臭いがたちこめ、空に舞い上げられた砂ぼこりの量が、どれほどすごい爆発だったかを如実に物語っている。
それに、この山の頂上が広大で平べったい地形をしていなければ、今頃俺達は山のふもとまで吹き飛ばされ、全身を血の海に染めていた事は間違いないだろう。
まさに奇跡であった。
「こんなんでよく生き残れたな......まじで奇跡だぞこれ」
生への喜びをひしひしと感じていた俺に、突然目の前の織春が震えた声で問いかけた。
「なっ、なぁ夜真十。......あれって何だと思う?」
そう言って織春は、震える手で俺の後方を指差した。
その緊迫した表情に嫌なものを感じた俺は、恐る恐る背後を振り返える。
最初に目に飛び込んで来たのは光だった。
自分達がいる場所から数百メートルほど離れた所からまばゆい光が上がっていた。
遠目からでははっきりと分からないものの、それが異様な物である事は充分に理解できた。
なぜなら、視線の先にあったのは、神々しい光を放つ謎の巨大な物体。
未だ熱を帯びた隕石のようにも見えるが、それにしては光量が異常過ぎる。
その物体の周りだけが、真昼の如く夜の闇を切り裂いていたのだ。
「なんだ......あれ?」
あまりにも現実離れした光景に、俺は呆然と立ち尽くすしかなかった。
だが、そんな俺を尻目に織春は、急にその物体に向かって歩き出す。
「え?おっ、おい!織春!どこ行くんだよ!?」
慌てて俺は織春の腕を掴んだ。
「あれが何なのか確かめに行く」
「はぁ?!お前何言ってんだ!危ねーって!いいから早く帰ろうぜ!」
「夜真十こそ何言ってんだよ!あれがただの隕石なはずないだろ?こんなミラクル滅多に起きないぞ!もしかしたら世間を震撼させる大スクープかもしれないじゃないかー!」
そう言って織春は、俺の手を振り払い意気揚々と走り出した。
昔からこういった事に目がない彼にとって、この状況はまさに神が与えてくれた奇跡と言っても過言ではないのだろう。こんなチャンスを逃すまいと、織春は全力で謎の物体へと駆けて行く。
「はぁ......。かんべんしてくれよ」
こうなった織春に何を言っても無駄だ。
奴は幼い頃から自分の気が済むまで絶対に家に帰ろうとしない迷惑な性格なのだ。
その事をよく知っている俺は、一抹の不安を抱えながらも、仕方なく織春の後を追う事にした。
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