★コズミック ラブ★

岸波 神社

プロローグ

 六畳一間の狭い空間に、けたたましい騒音が鳴り響いていた。

 それは、テレビや机の上に置かれた携帯からではなく、もっと俺の身近な所から聞こえてきていた。


 「あり得ない......これは夢だ......こんな事が現実に起こるはずがない......」


 帰って来てからかれこれ三十分。

 ボロボロになった服を着替えもせず、俺は全力で現実逃避に勤しんだ。

 口をぽかんと開き、力ない瞳を自分の部屋の天井へと向け、精一杯己の殻に閉じこもった。

 しかし、いくら『これは夢だ』と自分に言い聞かせてみても、手から伝わる体温がそれを一向に肯定してはくれない。もう、否応無しにその存在をアピールしてくる。

 このまま何もなかった事にしたいのはやまやまだが、残念な事にこれ以上逃避を続けたところで現状は何も変わりはしないだろう。

 現実とはそんなに甘くはないのだ......。

 なくなくその事を受け入れた俺は、非情な現実と向き合うため、天井から自分の腕の中へと視線を落とす事にした。


 「おぎゃーーおぎゃーー」


 そこにいたのは、バスタオルにくるまれた産まれたばかりの赤ん坊。

 頭部には薄らと産毛が生え、お腹が空いているのか、マシュマロのような白く柔らかそうな頬を赤く染めながら元気一杯に泣きわめいている。

 普通、産まれたばかりの赤ん坊と言えば、小猿のような印象を受けるものなのだが、この子は違う。

 すでに顔立ちはとても整っており、将来美人になる事は間違いないと断言できた。

 そんなダイヤモンドの原石を思わせる赤ん坊を抱えた俺の耳に、突如、ガサガサと紙袋がこすれる音が聞こえてきた。


 そうだ......。この部屋には俺とこの子以外にもう一人いたんだった。

 気持ちを落ち着かせるため深く息を吐き出した後、俺はゆっくりとその音がした方へと目を向けた。

 この現実離れした状況を作り出した元凶とも言えるあいつに......。


 視線の先にいたのは、小柄な一人の少女。

 腰までとどく白く繊細な髪が、部屋の明かりを受け神々しい光を放っている。

 その髪の色と同様に肌の色もまた白く、ピンクサファイを彷彿させるきらびやかな瞳をより一層際立たせていた。

 それに加え少女の面立ちはつい息を飲んでしまうほど美しく、まるで漫画の中から飛び出して来たかのような華やかさをその身に宿している。


 そんな神秘性を秘めた美少女が、部屋の隅に設置された勉強机と本棚の間に挟まるようにして座り、明日の朝飯用に買ってきておいた俺のカレーパンを無表情でほおばっていた。

 普通、自分の部屋に美少女が居たら思わずガッツポーズをとりたくなるほど嬉しいものなのだが、こいつに至ってはその逆だ。


 なにせ、目の前の少女は普通とはほど遠い存在なのだから......。


 少女が纏まとっている服は、白いウエットスーツのようにも見えるが、表面には何やら幾何学模様らしきものが描かれており、淡い光を放ちながら数秒ごとにその図柄を変えていた。

 それだけならまだ良いのだが、どうしても解せない部分が一つあった。

 それは、少女の頭のてっぺんから生えている一本の触覚のようなものだ。

 長さにしておよそ十センチ。小指ほどの太さを持つそれは、何かしらの感情を表しているのだろうか、犬の尻尾のようにブンブンと左右に大きく揺れていた。


 そのあまりにも奇怪な出で立ちに、自然と俺の喉がごくりと鳴る。

 そのわずかな音に気がついたのか、二つ目のカレーパンを食べ終えた少女が、首を傾げ不思議そうにこちらの様子をうかがった。

 少女はそのまま数秒間こちらを見つめていたが、ふと何かに気付いたのか、徐々に目線を落としていき、やがて俺の足下にあった最後のカレーパンへと視線を固定した。

 それから一分ほど、少女は瞬まばたき一つせず、じっとカレーパンを見つめる。

 その無言のプレッシャーに耐え切れなくなった俺は、未だ泣き止まない赤ん坊を片手に抱え、空いた手で彼女のお目当ての物を差し出した。


 「もっ......もう一個食うか?」


 少女はコクリと頷くと、とことこと俺のもとまで駆け寄り、そっとカレーパンを受け取った。そして元いた場所まで戻ると、触覚をブンブンと振りながら再び一心不乱に食べ始めたのだ。


 「なぜだ......なぜ、こうなった......?」


 口元をカレーでべとつかせた少女を見つめながら、俺は事の成り行きを思い出していく。


 そう......。


 全ての始まりは、今日の下校中、親友のあいつが言ったこんな一言から始まったのだ。

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