第78話 全魂疾走

 地球で言えば成層圏の上層、人工衛星の軌道よりちょっと先辺りへたどり着いた俺を、一人の天使が出迎えた。


『レミィから緊急要請が来たんで飛ばしてもらったら……これは一体何のつもりだ、狩猟者プレデター


 三対の翼と見せ掛けたブースターの炎に、その周りを還流する粒子。

 機械天使だった頃の名残を見せて、九番目のウリエル、いや、信が怪訝な目を向けてくる。


『いやいや、ちょっと遊ぼうとね?』

『……』


 警戒してるなぁー。

 不可解な行動の裏を探ってるのか何なのか。

 とりあえず、スキャンは効かないようになってるみたいだな。よしよし。


『……まぁ、イザヤと遊びに来たってのは本当だ。途中まではな』

『目的は何だ。また、壊すつもりなのか』

『……もしそうだったら、どうする?』

『止める』


 焔が吹き出た翼が輝いた

 黒く擬装された粒子が、闇として焔を取り囲んでいる。多分あれで焔を制御してるんだな。


 ……あー……やっぱ、綺麗。


『やっぱり、お前を野放しにしておくべきじゃなかったんだ。旅行なんてしてる場合じゃなかった』

『……それで?』

『神条 神鵺……お前を、一度、殺す。自分の方が強いと再確認する為に。"私"の為に……死んでくれ』

『……ほう?』


 そうか。

 お前もお前で、やり方を決めたみたいだな。


『来いよ』


 だが。


……――ニヤァやぁあなこった!!!!』


 わざわざ殺されてやるほど、お人好しじゃぁねぇんだよ!

 下方へ向けて《加速》!


「『だぁあれが好き好んで殺されるかよバァァァァアアァァアアアカ!!!!』」




 * * *




……ポク……ポク……ポクハ?』


 ……え?

 逃げた?


 ……逃げた!?


『ハァ"!?』


 逃げた!? あの野郎逃げやがった!?

 お前、普通に戦えるだろ!?


 逃げんなよこれじゃぁ自分が恥ずかしいだろ!!?

 リトラに頼み込んでやっと飛ばしてもらったのに!


「『ぁ、おい待て!! ふざけんな!!!! "神鵺"ぁああ!!!!』」


 殺す!!! ゼッテェ殺す!!!

 大ッ嫌いだ、あんな奴!!


「『待てゴラァアアアアアアッ!!!!』」




 * * *




 ガレージから専用装備も取り出して装備し、再突入完了。

 惑星へ舞い降りたらすぐに装備を脱ぎ捨てて、逃走再開だ。


「あれ?」


 おっと、環奈とすれ違った。

 然り気無く吹っ飛ばされないように外から見える隔離世へ移動してやがる。器用だな、おい。


「作戦遂行中だ! 信来るから気を付けろ!」

……ポク……ポク……ポク


ブチッ


「お前喧嘩しにいったんじゃねぇのかよゴラァァアアアアッ!!!!」

「ギャハハハハハハハ!!! そうだっけ!?」


 何も、喧嘩するなんて俺は一言も言ってないだろう?

 俺のやる事は鬼ごっこだ。

 言ったじゃねぇか。遊びに来たって。


「おまっ……~~ッ! ッハァァ…………大丈夫なのか、あれで……」

「神鵺ぁぁああぁぁああぁああ!!!!!」

「あっ、堕天使」


 おっと、信が追い付いてきた。

 はい《加速》! もっと《加速》!

 極超音速でひたすら真っ直ぐ前進だぁ!


「待ぁあてこのクソがぁああぁぁあぁあああ!!!」


 待って。信の奴、エネルギー弾と化学反応弾ヒートバレット撃って来たんだけど。

 極超音速で撃ってるからもっと凄まじいスピードで迫って来るし。普通に怖い。


 あっ、化学反応弾がハジケた。

 そりゃそうだ。機動戦でも弾が耐えられるのは極超音速までだし。下手したら核融合起きるじゃん。


 俺らだって最高速度は時間のズレが生じないギリギリのラインだもん。だから亜光速一歩手前が限度なんだし。アインシュタインの相対性理論だか何だか言う奴ね。専門的なアレコレは知らんけど、大体の理屈は分かる。知力Sってスゲェなこれ。理解力が天井突破してるから、ネット検索で拾ってきた知識が体感には自動的に纏めて頭ん中に入ってくるんよ。ちょっと楽しいよこれ。


 でもエネルギー弾、お前はぶっちゃけ電気だから普通に光速で届くのよね。

 装甲削れてますやめて怖い。


「速度出ねぇ……もう、邪魔!」


 あ、武器投げ捨てたパージした

 ヤベェ加速してきた捕まるどうしよう。

 速度下げるわけにもいかんし。

 かと言ってあんまり速度上げても危ないし。

 かくなる上は、これしか無いな。


 機体を左120度回転!


「曲がれぇえぇぁああああああぁぁああああ!!!」


 メッッチャ長ぇドリフト!

 あ、ヤベェこれ超楽しい。


 うん。カーチェイスの要領で撒いていけば逃げ切れるわこれ。

 そんじゃぁ二人仲良くデートフライでもしようか!


「フォァアアアアアアアアアアアッハハハハハハハ!!!! 超気持ち良いぃいい!!!」

「何でお前楽しんでんだよクソムカなぁおい!?」

「お前だって飛ぶの気持ち良いだろ? ははっ、鬼さんこちら!」

「鬼ごっこじゃねぇんだぞチクショウ! もう何なんだよ! 何がしてぇんだよお前ぇ!!」

「俺とお前で楽しく遊ぼうって話だ! これ以上無いほど簡潔だぞ?」

「だっ……から、もうふざけんのも大概にしてくれよ! 何考えてるか全く分かんねぇしやる事なす事やり過ぎるし! 意味分かんねぇよ! 何だってそこまで勢い有り余るんだよ!! お前のせいで、お前のせいでこんな……お前が行き過ぎた事するから、こんな怖い思いしてんじゃねぇか!!!」

「――なるほど」

「……あっ」


 やぁっと信の不良エラー原因を検出出来た。


 恐怖か。


 不老不死で"命が無い"機械が、含機械生命体マシーナリーになる事で命の祝福と寿命の呪いを獲得した。命を得て死の可能性を持った生き物ケモノが最初に持つもので、根源的な感情である恐怖を初めて体感した信は、それを受け流せずにずっと引き摺ってきた。長い事自分の身体に胡座を掻いて、常識として染み付いちゃった考えを変えられずに精神を削られた。

 と、こんなところかな?


「はぁ~そうか。そう言う事か」 「やっ、ちがっ」

「やっと正直に言ってくれたな」 「違う今のは!」


「嫌だ止めて! もう無理恥ずい!!」

「良いか、信」


 何か、一つの指標ぐらいはあった方が考えやすいだろ。


「怖いって思うのはな、なんも恥ずかしい事じゃ無い。それも、俺ら生き物ケモノにあるべきものだ。怖かったら逃げて叫んで、助けてもらえりゃ良いだけだ。お前にゃ助けてくれる奴がいんだろ、いっぱい」

「……だから、そう言うんじゃ……」


 スキャンせずとも分かる事だが、かなり恥ずかしいって声してるな。

 泣きそうな顔が目に浮かぶ。


「……まぁ今のは、俺の持論だ。認めたくないなら勝手にしろや」

「じゃ、何で言ったんだよ……」


 んなの単純明快簡潔な動機だ。


「お前の情けねぇ姿、何時までも見てらんねぇんだよ。こっちがいい加減にしろだド阿呆」

「……何で自分が怒られてんの」

「俺にその惨めな姿を見せんなっつってんだ。この、タコ!!!」

「ンナッ"!?」 ガーン

「おめぇそれでも濡羽一族最強か、あ"ぁ"!?」

「……な……お、ま……お前、何なんだよその言い方! 自分が全部悪いってのかよ!」


 ははっ、理不尽な物言いにまたキレた。

 そうだ、怒れ怒れ。


「うーんどうやろ」

「だからふざけるなっつってんだろ!!」

「なんかめんどくさくなってきたな。良いや、捕まえられたら何か一つ言うこと聞くって事でどうよ」

「人の話を……!」

「良いねそれで。んじゃ! ここまでおいでや!」


 ちょっと無理してもっと《加速》!


 コッチのペースに持ってって考えさせないようにしないと、着いてきてくれないからな。思考を許さないって、表面上は自分に利あって相手に害しか無いスキルなんだなぁって、改めて思う。俺もこれの被害に遭った遭った。思い出したらムカついて来た。


「…………あぁ、もう、聞いてくれよ!」


 信も加速して来た。


 何だか試練っぽくなってきたが、まぁ良い。


 来いよ。

 俺のとこまで来てみろよ六天 信。

 何もかんも振り切って、俺とお前とを隔てる壁でも突き抜けてみせろよ。


 俺は、お前のその美しい姿が見たいんだ。




Detect_Code信号検知.




 おっと、何か景色が歪んで来たぞ。

 おかしいな、まだ亜光速には達していないのに。しかも何だ、信号検知って。俺何かした? 何かしたんだよね。何だろ。まぁ良いや。


 いつの間にか真っ白い世界に来やがった。

 何だこれ。


 そして何だか背中のブースターが悲鳴を揚げてるように感じるんだけど、これって気のせいだよねぇジェイク?


『ブースター出力0%。隔離世内ジェネレータからのエネルギー供給途絶を確認した。パージする』 ガシュアァッ!

「ノアッ!?」


 夢を見させてはくれないようだ。

 夢の無いAIめ。"俺"の癖に。

 って言うか今何をした。パージ?

 推進力が能力を使用した《加速》の他にそれしか無い中、それをパージした? エネルギー供給が切れたからって? 軽くしようって事?


『走れ』

「は?」

『走れ』

「ぇ、ぁ、ぁあそう言う!? うぉっ!」


 まぁ言ってしまうと。

 このまま減速したら信とぶつかって大変な事になってしまうぞと。もう何か、何かすっごい事起こっちまうぞと。何かって何だよそれ。まぁ良いや。

 なので兎に角走って速度稼いで、激突しないように逃げましょうと言うわけだ。


「っしゃぁ!!」


 そう言う事ならやってやろうか。

 全身全霊全魂込めて、俺の脚でスピードを越えてみせよう。


「《全魂ソォォオオオオオオオオオオォォオオオウル疾走ダァアアアァァァアアアアァァアアアアッシュ》!!!!!!」


 物理法則も何のその。

 例え時間がズレようが関係無い。

 ただひたすらに前向いて、この世界をまるっとグルグル駆け抜けてくのみよ。




 * * *




 何で、あそこまで全力なのか。疑問に思っていた。

 奴は、どうしていつもやり過ぎるのか。


 自分が生きてきた中で、あそこまで、ブッ飛んだ奴は初めてだ。

 そこまでしなくたって、ただ普通に、やる事やるだけで十分なのに。

 何故なんだ。何故、もっと先へ行こうと急ぐ。


 不可解だ。

 不快だ。

 とても、虚しいんだ。


 一人で次々先へ進んで、そのまま、自分らを置いて行ってしまうんじゃないかって。


 この真っ白い世界の中で、全力で走る奴の背中を見ていたら。

 何故だか、無性に苦しくなって来るんだ。


「待って……! ッ、あっ……!?」


 ブースターがイカれた。

 これじゃ姿勢を維持出来ない。


「ぁあくそっ、クソっ! クソッ!!」


 否応無く、パージした。

 そうなったら、脚で走るしかなくなるな。


 遂に翼まで手離しちまった。


「クソが、あぁ……ぁぁああぁぁぁあああああああああああああ!!」


 何でこうなっちまうんだ。

 自分が一体何をした。

 堕落して、天界を追われて、こんな奴の下に就いていった事がそんなに悪い事だったって言うのか。


 いや、もう、良い。

 そんな事は、もう――。



「もう、知るかぁぁあああああぁぁぁあああああああああああああぁ!!!!!!」



 そんな事より。

 そんな事よりもだ。


 この自分が、ガキ一人の背中を何時までも追い続けてる事にそろそろ限界を感じてきた。


 大体だ。何で自分が、あんなふざけた野郎に感情動かせられなけりゃならないんだって話だよ。

 そもそも奴は、自分より何百歳も年下の小僧だぞ。


 今更形振り構っていられるか。

 何としてでも走り抜いて、追い付いてやる。


 捕まえてボコらねぇと気が済まない。


 神条 神鵺。

 自分は……"私"は、お前の事が……!!


「ダァアイッキライだぁぁあああああぁぁああああぁぁあああああぁぁあああ!!!!!」


 言ってやった。

 言ってやったぞ、コンチキショウ!

 そうだ、私はお前の事が大っ嫌いだ!


 全力で生きるお前が、羨ましくて妬ましくて疎ましいんだ!

 ちっとは私らの事も考えろこのド阿呆!!


「好い加減……!」


 手が届くまで、あともう少し……!


「つか……! つかま……!!」


 もう少しだ、もう少しで奴の手が掴める……!


「やぁだね!!」 ギュンッ!

「あっ! もう少しって時に加速するなぁ!!!」


 くそっ、後ろからじゃダメだ。

 前に出るんだ。


「クソがッ!」


 もっと、スピードを出して。


 脚を回して。

 腕を振って。

 私自身を、前へ!


 前へ!!


 前へ!!!


 奴を追い越して、目の前で……! ガッ!


「あっ……!?」


 ――――足が、引っ掛かった。

 この速度で、倒れたら……私、木っ端微塵になるんじゃないのか?


 待てよ、嫌だよそれ。

 こんなんで、死ぬって?

 こんなふざけた事で?

 黒幕からしたら、ただの遊びな、これで?


 嫌だ。

 嫌だ死にたくない。

 やだそんなの嫌だ止まれ嫌だ死にたくない誰か!!


 ……誰か……?


 ……誰か……誰か!


「助け――! ぅわっ!?」



 手を掴まれた。

 おかしいな、今手を掴めるのは、ヤツしかいないはず、なのに。


「ぁ、神鵺!?」


 抱き寄せられた。

 神鵺が、私の手を引いて……抱き寄せた?


「戻るぞ!」

「えっ? えっ!?」


 神鵺が後ろを向いて、私の事を抱き締めていた。

 事実だけを述べると、そうなる。




 神鵺の肩越しに、真っ白な世界が前方から裂けていく様が見えた。

 青空を映したら、もう次の瞬間には、あの剣と魔法の世界へ戻っていた。


 ――亜光速の一歩手前で。

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