第69話 vs濡羽一族オルタネイティブ

 地球と太陽よりも近い距離にある恒星。

 その暑さが地面を、砂を熱し、蜃気楼となって遠くの景色を連れてくる。


 既に朽ち果てた廃墟の残骸と、涸れた仙人掌サボテンのような植物。

 何時かの日に壮絶な戦いと、一方的な蹂躙を受けた世界は、生命と呼ばれる存在を失い骸と化していた。


 ある日の少年が口にした、あの発酵飲料も、銃器を制する戦いも、そこには既に無く。

 ただ、静寂のみが支配していた。


 その光景は、一瞬の揺らめきによって書き換えられた。

 ボロボロの廃墟跡はビル群へ。何も無い砂丘は緑の丘へ。

 あれほどまでに近かった恒星は、1億5千万km弱の距離まで遠ざかった。


 ここは見掛け倒しのハリボテ世界。

 仮想現代再現世界バトリス。


 地上には、三つの人影。

 そして成層圏では、武装展開した神鵺がホバリングしていた。


 * * *


 バトリスへ情報を上書きする事に成功し、見掛けだけなら間違い無く地球だと勘違いする程完璧な偽装工作が完了した。

 勿論、高度な演算能力を持つコンピュータを内蔵した含機械生命体マシーナリーの俺だから出来た芸当だ。父ちゃんに関する情報を改竄した時よりも造作無かった。


『んじゃぁ防衛頼むぞお前ら、なるたけ早く済ませるからな』

「任された」

「腕が鳴るのぉ」 バキボキ

「……最低限の防衛だからな、やり過ぎんなよ」


 信、ケイン、ミキへ向けて思考通信を飛ばし、俺は自身へステルスを掛ける。

 今回の俺の仕事は、向こうの俺と言う要素を探し出して、繋ぎ合わせて存在を修復して会う事だ。演算能力を全てここに割く為、配下達に防衛を任せるってわけ。


 信とケインには奈落の獣を10万ずつ、ミキには30万匹連れさせている。

 コイツらは、言わば魂の残骸を寄せ集めて作った人造の霊みたいなもんだ。犬とも猫ともつかない姿形に、半ばドロドロした肉、剥き出しの骨と埋め込まれた兵器の数々。使い捨ての尖兵には持って来いと言わんばかりの獸共だな。


 一番指揮が上手いんで、総大将にミキを指名して全体を動かすように言っといた。

 俺は言わば参謀って所だ。見えない所で作戦捻って暗黒顔してるわけ。


『あー。テステス、聞こえる?』

『優か。感度良好だ』

『おぉ凄い、本当に通信出来る……』


 隠しておいた地球には、環奈とリトラ、優、ヒリウス親子、(凍らせといた)足立姉妹を置いている。

 優には環奈の傍で第一指定解除と第二指定解除の間、近似的第二指定解除の状態にしてもらってる。積極的に多数の未来を観測し、其の中でも比較的優位な未来を選択してそこに誘導してもらうんだ。あくまで望む未来をピンポイントに搾るんじゃなくしてるから、第二指定ほど負担じゃない。


 ん? でも能力使うと少なからず寿命削れるだろって?


 うん、俺もそう思ってたんだがな。何かコイツ、知らん内に訓練してたみたいで。気付いたら個体ランクがBになってたんだわ。《超越能力エクスオーバー》専用の演算回路が出来上がってやがったんだぜ? 「第二指定までなら日常生活と平行出来るようになったよ! 軽い頭痛のデバフ掛かるけど!」なんて言いよった時には拳骨一発喰らわせちまったよ。んな黙って勝手に自殺みたいな事する奴にゃ必要なお仕置きだよな?


『こちら金緑変石アレキサンドライト黒金剛石ブラックダイアモンド、こっちの対策も完了だ』

『了解。万が一に備えておけよ』

『……本当に上手くいくんだろうな』

『んん? お前の憧れる黒金剛石ブラックダイアモンド様を疑うのか?』

『ッ……お前……!』

『赤くなってんぞ』

『……ったく……頼んだぞ、神鵺』

……ニヤァおう』


 さぁて、優に観測してもらった予定時刻が近づいて来た。


「最終確認、実行」

『了解した』


 メインシステム、点検モードへ移行。

 《思考世界メタサイド展開ログイン

 確認用サブルーチンを実行する。


 所要時間、無しnull


 濡羽一族クリミナルクラスタ各員素体に不調無し。


 武装点検開始。

 完了。不備無し。

 捜索サブルーチンのテスト開始。

 完了。不備無し。

 各種インターフェースに対する違和感の有無を確認。

 完了。操作性、約99.86...%。

 etc...

 etc...

 etc...


 含機械生命体マシーナリー黒の御使いシュヴァルヅェーラフ、機体コンディション良好。


 確認用サブルーチンを終了する。

 《思考世界メタサイド終了ログアウト

 メインシステム、通常モードへ移行。


『絶好の状態だ。暴れられないのが残念だな』

「そう言うな。そら、繋がったぞ」


 世界中にゲートが開き、敵が攻め込んで来た。

 こちらが用意したのと同じような奈落の獣がわんさか流れて来やがった。しかも向こうの濡羽一族まで来たか。

 同位体ドッペルゲンガー同士で戦わないようには言っといたが、それを奴等が聞くタマじゃぁないってのは分かってる。

 その為の対策も完了済みだ。


 心配?

 するだけ無駄無駄。

 だって心配な要素はぜぇ~んぶ潰したもん。フラグでもねぇぞ。


「よぉーしお前ら、前回から着想を得たあの形態で穴開けるぞ」

『境地の次?』

『……他の存在を世界に変える必要無くゲートを開けられるようにする』

『つまり……こう?』


 銃口が横に二つ付いた、つまり二連装砲が出来上がった。

 世界間移動用次元歪曲砲、P-004-2禁門。

 兵器としての使用は絶対禁止。

 何故かって? 明らかに兵器の粋を越えてるから。対生命体最強兵器とかそんなん怖くて使えねぇわ。


「まずはアンカー射出っ」 ドシュンッ


 空間を貫き 、前回で言う無の空間のような場所へアンカーを飛ばして極小の隔離世を生成。やっぱ条件さえ揃えば誰でも隔離世作れるんだな。ちなみに条件って言うのは、世界外限定って事。初めに説明したろ、隔離世も異世界だって。

 環奈の能力は場所に関係無く作れるって能力っぽいし、あれも結構強いよな。


向こうの世界オルタネイティブの座標を取得。第二アンカー射出』


 隔離世内に転送した銃口から、もう一発のアンカーを射出。向こうの世界にたどり着き、これで橋渡しが完了した。


 後は次元の綻びを抉じ開けて、《情報操作》のハッキングで固定化。この行程を経て初めてゲートが完成する。


 魔方陣めいた代物ではなく、ルルイエに放り出された時みてぇな次元の穴だ。

 渦ってわけでも無いし、一般人でも通る事が出来るかもな。


「開ぁ~きまぁ~したぁ~」

『それじゃ、我等は眠ってるよ』

『有事の際は……我を呼べ』

「オウラィおやすみ。んじゃ行くか。ジェイク」

『システム、スキャンモード。オペレーション サルベージを開始する』

「ひさっしぶりにこの合図するな。神条 神鵺、異世界訪問トランスファー




…………

………

……




「行ったな」

「行ってしまったの」


 神鵺が向こうの世界オルタネイティブへ赴いた後、信、ケイン、ミキの三名は空を見上げていた。


 大空を埋め尽くさんとするほど大量の敵。

 その向こうには、三対の翼を広げた信がホバリング飛行していた。


「よりによって私が最初か」

「では、当初の予定通り。私とケインで奴の相手をしよう。信は向こうの私とケインに喧嘩を吹っ掛けて、注意を引き付ける事」

「オーライッ。んじゃ死なないよう天にでも祈っとけ」


 靄の掛かった光の翼を三対広げて、超音速で移動する信。

 残されたケインとミキは、共に戦闘準備を瞬時に行い、そして完了した。


「別の軸とは言え、一度負けた相手に再び挑む事が出来ようとは。老いぼれが歳不相応に昂って来たぞ?」

「まだまだ若いだろ吸血鬼。それに奴は、今の信よりも先の時間軸って話じゃないか」

「ハハッ、だから良い。では……参る!」

「掛かれぇ!!」


 飛び上がった奈落の獣達を踏み台に、高速で上昇するケイン。

 その後ろ姿を見送りながら、ミキが号令を掛けた。



…………

………

……




 おひさ。六天 信だ。

 現在奈落の獣を蹴散らしながら向こうのゾンビと吸血鬼を探してるんだが、一向に見つからない。

 って言うか。この広大なハリボテの地球バトリスをたかだか超音速で探し回れだとか、ムチャブリにも程があんだろ。光速出させろよ。何だよ原子同士がぶつかるとか光速超えたら時間移動してしまうだとかそうなったらバタフライエフェクトがどうたらこうたら。自分そんなの知らないんだけど。


「……」


 今のバトリスは一見すると急な異世界侵攻に人々が恐れ慄いている地球そのものなんだが、これを全部、あの狩猟者プレデターが再現してるって思うと改めて”恐ろしさ”を感じる。

 普通、こんなの人間には不可能だ。いや、奴は既に人間じゃないが、そう言う事じゃないんだ。


 まるで、こんな事は出来て当然だとでも言いたい様な態度なんだ。もし奴があのAI野郎と世界統合リングオンをしてなくても、こうする事を考えて、そして最終的に今と同じような状況を作り出していたんじゃないかって。始めっから答えが知れていて、今はただ、その結果に辿り着く為の知れた工程をわざわざ踏んでいるだけのような、そんな気がする。いや、だってさ、明らかに計画が杜撰なんだぞ? なのに「これで上手くいく」なんて根拠の無い安心をしてる。


 何か巨大な意志によって動かされてるような感じがするんだ。

 お父さんなら、この違和感の正体を知っているのか。


 アイツは、一体何者なんだ。


「……あっ、みっけた」


 今考えても仕方無いか。

 目の前にいる奴等を足止めしないと。

 別に、あれらを倒してしまっても構わんのだろう?


「やはり、お前さんが来たか」

「やぁ九番目のウリエルUriel=Nine。一度君と戦ってみたかったんだ」

「自分を相手に随分余裕の姿勢だな。そっちでも百人抜きを見たんじゃないのか」

「……私達も、な」

「百人抜き、出来るんじゃよ。儂は52秒」

「私は45秒」

「……自分のあれが本気だとでも?」

「思ってないさ」

「しかし、本気を引き出せるぐらいの自信は持ち合わせておるぞ?」

「ほーん……ちなみにな。あの時本気を出した場合、記録はどうなると思う?」

「……10秒……いや、5秒かの」

「2秒かな?」

「1以下だ」


 奴等の足元に潜ませておいた方陣から、 裁きの炎をレーザーとして照射。

 避けようとした隙に蹴りを食らわせて、ゾンビを四肢四散の大破にさせる。同時に手から灰色の光を放って、吸血鬼を怯ませてから、機関乱突ギガントラッシュで戦闘不能へ追い込み完了。

 記録は……あぁ惜しい、1.004秒か。

 手加減の範疇に入るギリギリの最大速度出したのに。


「……ズルいぞ、そんな出鱈目な速さ……しかも本気じゃないな……」

「ぉぉぉ……ぉぉ……」

「お前、シンヤより強いだろ」

「伊達に熾天使セラフやってねぇからな。今は堕天使フォールンだが」

「……あぁ、完敗だ……とでも言うと思っ」


 《裁きの光》。


 穢れを浄める天の光だ。アンデッド二人に対しては最強の兵器になる。

 え、堕天使がそんなもの使うなって? 使えるんだから仕方無いだろ。


 まぁ、消しはしないから大人しくしとけ。


「……ズル過ぎる……」

「ワシの扱い毎回雑な気がするんじゃが……」

「こっちのアンデッド共も今頃負けてるだろうし、おあいこって事で一つ。金緑変石アレキサンドライトの事も何とかなんだろ。狩猟者プレデターの奴、また何か思い付いたっぽいから」

「……そうか」

「良い感じに踊らされとるのぉ……」


 さてと、そろそろ向こうの自分も来るか。

 もしかしたらこっちのアンデッド共連れて来るかも。まぁどっちもボロ負けだろうし、互いに触れる事は無いとは思うが。


 あっ、来た。

 二人連れて来ちまったかぁ。


「よぉ自分」

「また派手にやっちまったな」

「すまない。完璧に負けてしまった」

「ぅぉぉぉぉ………………」


 首から下がまる団子になったゾンビと、白眼向いてる吸血鬼。

 コイツらかませにも程があんだろ。悲しいなおい。


「回復までは待たせてやるよ。その間に自分らで決着付けようぜ」

「……やっぱり狙いはそっちか」

「……ん~?」

「こっちは、金緑変石アレキサンドライトが狙われてるって知って防衛を始めた。そこで伸びてるアンデッド共も、その認識で間違い無かった」


 そうだ。

 元々コイツらは、そういう目的で来てた。

 金緑変石アレキサンドライト、天宮 環奈を探す事が最優先のはずだ。


「なら何でだ。真っ先に金緑変石アレキサンドライトを探そうとせず、自分等に仕掛けて来る?」

「……」

「別の目的があるんだろ。わざわざ同位体を会わせてるって事は、もうそりゃ一つしか無ぇ」

「……伝言通りにしてみたが。やっぱそっちも察してたのか」


 偽装確認、ALL CLEAR。

 ジェネレーター起動オン

 ブースター点火オン

 黒霧パーティクル展開オン

 各種武装に異常無し。










 ”メインシステム、戦闘モードへ移行”。










「自分ら全員の……」

「いや、下手したら世界両方の……」


 向こうも戦闘準備は整ってるな。

 ここまで来りゃぁ、やる事は一つだ。


「「統合!」」


 超高機動戦闘ハイマニューバ、開始!

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