第66話 神か世界か親なのか

 S市O通りに、赤い塔を望む少女アリ。

 鴉の羽が如く、艶やかな黒の長髪。幼い容姿に大人の風格を匂わせ、可憐な衣を見に纏う少女。アキは、愁いを帯びた顔で塔から目を離した。


 道行く人々を見て、一人一人、その存在をスキャンしていく。


「……」


 沙藤 雪。女子高生。援交している。加山 泰介。サラリーマン。苦しく無い死に方を考えてる。相生 孝子。モデル。家庭教師の古鷹。主婦の奥方。etcエトセトラ……etcエトセトラ……。


 無自覚に世界を歪め、その血液と成り代わっている意志持つ獸達。既に大多数が、その事実を忘れてしまっている。己の野生に蝕まれながら、その責任を世のせいだと転嫁する。日々を生きる彼等にとって、この世は酷く、窮屈なのだ。


 こんなにも疲れきった世の中で、人々の内には破滅願望が絶えない。それらの行使権を握っている唯一人の男がいる事なんて知らず、どうせ自分は関係無いとばかりに好き勝手な妄想を隠す事無くダダ漏れさせる。餌に過ぎない塵芥が、"世界"に対して如何に無礼を働いているか。


「……堕ちるなら、一人で堕ちてよ」


 思考が、思わず口に漏れる。

 確かな怒りを含んだ言葉は、ある種の魔法へと昇華し、人々の内に見えない粛清を与える。


 絶交、不死、醜態、不審、浮気、等々。


 お望み通りの破滅を与えてやった。

 時が来れば、皆一様に失意の底へ墜ち、無為に帰す。そんな祝福呪いだ。


「……あー……またやっちゃった。新人の内にここまでやっちゃったら手続きが」

「何の手続きだそりゃ」


 反省の色を示す少女の後ろに、一人の少女。


 Yシャツにジャージ、短めのスカートと、動きやすいスニーカー。かなりラフな格好をしているが、認識阻害を掛けている状態で無遠慮に広げる三対の翼は、よりどす黒い靄を纏い、より苛烈に光り輝いていた。


 堕ちる熾天使、六天 信だ。


「"9番目のウリエルUriel=Nine"……いや、サリーって呼んだ方が良い?」

「自分をサリーって呼んで良いのは、リトラだけだ。信って呼びたくないならウリエルで良い」

「いいや、信って呼ぶね」


 訝しげな顔をする信を前に、少女は能面の様な笑顔で名乗った。


「私はアキ。"管理者Cradle"の三人目ドライよ」

「"管理者Cradle"……父さんの仲間か。何でアイツを閉じ込めた」

「鍛えようと思って」

「それでアイツが暴走でもしたらどうするつもりだよ。ましてや死んだらどうする。最悪、消えるかも知れないんだぞ」

「大丈夫、環奈ちゃんが一緒だから」

「……」


 嫌な予感がした。

 目の前にいる少女が、何を考えているのか。

 分かりたくは無いのに分かってしまう。


 世界をそのまま捻じ曲げる程に強大な本質的願い。

 その力は、ある存在を無かった事にしたり、過ぎてしまった時を巻き戻す事まで出来る絶対的な権能。


 その代償は、糧として魂を呑み込まれる事。

 今までに喰らい尽くした魂ごと、その石に食まれてしまう。


「……テメェ、アイツのダチを」

「勘違いしないで」

「あ゛ぁ゛? 何が違うってんだテメェ」


 翼が躍動する。

 光は尚白く、靄は尚黒く。

 互いが互いを蝕む様に、悍ましい様相を呈している。


「落ち付いて、別にただ打算的な理由でそうしたわけじゃないの。あの子に、もっと強い想いの力を付けさせたかった。世界を変える程の、強い想い」

「……それに必要なのが、金緑変石アレキサンドライトだったと」

「そう」

「やっぱ納得行かない。ドッチにしろそんなの金緑変石アレキサンドライトが無事じゃ済まねぇだろ。そんなん嫌に決まってんじゃねぇのか」

「……そうだね」


 笑顔に陰りを浮かばせて、少女は俯く。

 己が何をしているか、良く知っているからだ。

 失敗しても取り消しにしてやり直せる。確かにそれも、天宮 環奈を共に送り出した理由だ。それには大きな代償が伴う事も知っている。それに対して神鵺が並ならない怒りを抱くだろう事も分かってる。その上で決行したのだから。


 この世で誰よりも愛しい者の為に、心を鬼にして。




「勘弁してくれや」




「――ッ!」

狩猟者プレデター! お前戻って来れたのか!?」

「ご覧の通り」

「地獄から舞い戻って来たぜ、クソがッ!」


 * * *


 フンッ。5個ほど異世界を犠牲にしたが、何とか元の世界に帰れたぜ。

 と思ったら何だこれは、信がまた意外な行動を起こしておるし。


「……はぁ……いやもうさ……」 グシグシ


 しかも今聞き捨てならねぇ事まで聞いたし。

 まさか”今回も”アンタのせいだったなんて発想は無かったぞ。


「好い加減俺以外にまで迷惑掛けんの止めてよ――”母ちゃん”」


 俺の言葉に「ヅーン!」と涙目を強いられる少女を余所に、信と環奈は目を見開いた。

 まぁ、そんな反応にもなるよな。


「……か……」

「……かあ……ちゃん……?」

「「母ちゃん!?」」


 随分見た目が変わっちまってるが、俺には分かる。


 この人は、今までにあった幾つかの事件の黒幕で、そんで。

 俺の、血の繋がった母親。


 神条カミジョウ 亜記アキだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る