第65話 新たな世界


 幾何学的に狂った角度とは、すなわち視覚での認知が困難な角度とも言える。存在する筈の無い角やくぼみがそこにあるようなものだ。とある映像作品じゃ調査隊員の一人がその角度に落ちるなんて演出もあったな。そうだな、例えば階段があるとして、その段と段を繋ぐ板の丁度くっ付いている所が、視覚的にはくっ付いてるように見えて実は離れていた。と言ったようなものだ。自分で説明しててワケ分からなくなってくるな。


 俺の開いた門は、まさにそんな場所へ設置してある。そこは、今、異形の者共によってギッチギチに詰まっていた。


 解放感が足りませんねぇ。


「はいっドーン!!!」


 そんならゲートの向こうから反物質反応砲ブレイクバレットで整地してやんよ!!


 ほらスッキリ。

 ゲート周りが焦げ付いちまったが問題ねーだろ。


「ハッ、たわいねぇ」

「相変わらず派手だなぁお前の技」

「良いだろ? ……って……そろそろ危なくないすか」


 足立姉妹への仕置きがこちょばしから性感攻めに変わっておる。

 二人ともメロメロじゃねぇかそしてよりにもよって日和の方がスゲェ気持ち良さそうにビクビクしておるぞ。


 お前そんな顔出来たのかよ。

 無駄にエロい顔しやがって興奮するじゃねぇかバカヤロウ。


「バトリスの一件以来興味湧いてな」

「……」

「……あっ」


 ほぉほぉほぉ。

 もっと詳しく。

 あ、待って止めて胸ぐら掴まないで。


「今のは忘れろ」

「ハイ」


 取り敢えず離して、足立姉妹も離して、後はウルネラとアルバロに見張らせるから。


「ァ……ハッ……」

「ハゥ……ァゥ……」


 ……まぁ、一応、これ以上変な事しない様にな。


 いや、まさか環奈がエロ方面に走るとは思わなかった。

 ちょっとビックリした。つい変な事考えてしまったぞ。


「とりま、俺と環奈でならクトゥルフ殺せるみたいだぜ」

「マジか!」

「一度ブリーフィングしとこうか。失礼」

「ん?」 トンッ


 額に二本指突いて、作戦をイメージで直に送る。

 《情報操作》って本当に便利だなぁ。


「……なるほど、乗ってやる」

「助かるぜ」

「頑張ってね、ユーザー」

「……我等がいなくとも、出来る……そんな顔」


 なぁに謙遜しておる。


「お前らが足立姉妹を守るんだ。おかげで遠慮無く暴れられる」

「そう言う事だ、派手にやってやるぜ!」


 嗚呼。

 環奈はやっぱ、これが一番だ。

 ワイルドガール、天宮 環奈。


 俺の隣にいてくれる友だ。



 * * *



 爆音と、太く大きい叫び声の響くルルイエ。


 俺達は、超高速機動戦闘によってクトゥルフを翻弄している。


 狂った角度を破壊し、石壁を吹き飛ばし、端から端へと粉砕し続ける。


「攻撃当たんなよ環奈! 一発で消滅だかんな!」

「オワタ式なんざ楽勝過ぎるぜ! タイムアタックでも持ってこい!」


 作戦は至極単純だ。

 クトゥルフを"無"へと放り込む。

 そう。この"無"に囲まれた世界こそが、俺達の持ち得る最強にして最恐の武器だ。


 真空空間ってあるだろ、アレが空気の充満した箱の外にあるようなもんでな。

 要は世界を片っ端からブチ壊してって、何も無い場所へクトゥルフをポイだ。宇宙船から外へ放り出すと言えば分かりやすいと思う。


『ルルイエ、目標強度に到達』

「よし環奈! ぃやれぇえぃ!!!」

「うぉおっしゃぁあ!!!」


 追って来るクトゥルフを、影で捕捉。

 そのままゴリ押しで、拘束する事に成功した。


「んんんんんんんんんぬぅぅぅぅぅぅぅううううううううううぁぁあああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 おぉおぉ流石最高ランクの筋力S+3、あの巨体を振り回すか。

 アレに当ったら問答無用で消えるんだよなぁ怖えぇぇ……。

 ルルイエがみるみる内に壊れてくし……。


「ッダァアッ!!!」


 良しっ、ブッ飛んでった!

 サヨナラホームラン! 丁度世界の端っこぶち抜いたぜ!


 けどやっぱそう簡単には放り出されない。

 どういう原理か知らんが、端っこを掴んで留まった。


「ッフゥ!!」

「んじゃっ、後は任せぃ」

「おう、キッチリ頼むぜ」


 隔離世へのゲートを開いて、後は"俺"がトドメの一撃を食らわせれば完了。


 なのだが。


 クトゥルフめ、何のつもりか巨大化しやがった。


「ッ!?」


 チクショウ、崩壊がコッチにまで来たじゃねぇか。

 ヤベェ環奈が"無"に落ちちまう。


「失礼!」

「ぴっ!?」


 何とかキャッチして、離れないように抱き締めてやりながら滞空飛行は出来たものの……迂闊にゲートが開けん。片手じゃ環奈を落としかねないし……分厚い胸部装甲が裏目に出てしまった。


 参ったな、これじゃぁトドメの武器第5形態がお披露目出来ねぇぞ。


「……ハッ! し、神鵺、こうなったら私が撃つ! 奴らを寄越せ!」

「ダメだ、アレはエネルギー炉のある俺用に最適化されている。生半可な攻撃じゃ、アレは止めらんねぇ」

「じゃ、どうすんだよ!?」

「何とか出来ねぇものか……」


 クソッ、何か良い方法無いのか。

 このままじゃ、俺等まとめて何にも無い場所で永遠を彷徨う事になっちまうぞ。

 クトゥルフは未だ敵性反応を示してる、世界統合リングオンの余地も無い。お前人間よりも高度な知性持ってるはずだろ、だのにこの状況で……それは、プライドなのか。お前もまた感情に左右されるのか、偉大なる神よ。


「……俺がやるしか無いか」

「……神鵺……?」


 仕方ねぇ。

 信すまん、二度も約束破る事になっちまう。


「ジェイク、脱出するぞ」

『……15%は侵蝕される。それでもかパイロット』

「……」


 他に方法は想い付かん。


 異世界との接触不可能。

 完全崩壊まで残り50秒。

 クトゥルフの到達まで、残り30秒。

 もうこれしか無い。


 黒金剛石ブラックダイアモンド、俺を解放しろ。


「ああ……虚ろのホロウ……」

「__神鵺ッ!」









「ダメだよユーザー」

「背負い過ぎは……似合わない」







 氷の弾丸が、一発。

 クトゥルフの身体へ命中し、凍らせて巨大化を防いだ。


「__馬鹿共ぉお!?」


 ウルネラ、アルバロ、お前らどうやってここまで来た。

 足立姉妹はどうしたんだおい。


「二人は……凍らせておいた」

「で、"我"の権限の許にゲートを開いた」


 またとんでもねぇ事を……いや、そうか。

 コイツらも俺だしな。ゲートが開けて当然か。


「……何だか知らんがとにかく良し!」


 良いのかよ環奈。


「と言う事で、ほら」

「ユーザー」


 なぁに手差し出してんだよ。

 お前らそんなキャラじゃねぇだろ。


「……手よりも出すもんがあるんじゃねぇか?」

「あっ、そだね」

「身を任せる……」


 二つが一つになり、陰陽玉のような軌跡を描く。白の中に黒、黒の中に白。一つの世界を表す印だ。

 やがて、空間の歪みと言う形でしか認識出来ない、色彩の概念から外れた銃が完成した。


 マガジン無し、リボルバー無し、ハンマー無し。あるのは持ち手と銃口、トリガーだけ。つまりはただの筒を銃の様にしただけのモノ。

 P-004境地。


「何だそのオモチャ」

「これが俺の力を最大限に放出出来る最適な形だ」

「神鵺の……力?」

「見てな」


 手には持たず、しかし四肢を動かすかの如き当たり前さで標準を合わせる。

 的は巨大だが、相手は霧状にすらなれる変幻自在の神。これで当たるかは分からない。正直どんなタイミングで霧状になれるんだか忘れちまってる。まぁとりあえず当たらない可能性もあると言うこと。


 そうなると、ここからは俺とクトゥルフとの精神対抗ロールが始まる。


 初めて指向性熱線砲フィンガーライフルを放った時の事を思い出すんだ。

 当てる。いや、当たる。いいやそのもっと上の思考。と言うか事象。

 当たったと言う事実を認識する。


 後は、純粋な俺の力を放出するだけだ。


「これで、トドメだ」


 折角だ。発射と同時に再現リプレイを環奈の意識に見せてやろう。

 1カメ。2カメ。3カメ。視点を変えて同じ場面を見せる昔懐かしの演出だ。

 バキューンバキューンバキューンと、効果音もバッチリ入れてるぜ?


「ふるっ!?」

「バッカお前!? これが渋くてカッコイイんだぞ!?」

「知るか何でこんなタイミングでボケるんだお前!?」

「いやだってこんな良いシチュエーションなのにカッコ付けないとかありえないし!?」

「流石の私も草しか生えんわ!」

「んっだよガンマンなら一度はやりてぇシチュだろ!」


 クトゥルフが世界から放り出されて「無限の彼方へさぁ行くぞ!」してる間に、何でギャーギャー言い合ってるんだ俺達。


 お互い黙っちまったじゃねぇかよ。

 何だよこの変な沈黙。


「……」

「……」


 締まらねぇよなぁ。


「……プッ……フフ……」

「んだよ……フッ……プクッ、フフフ」


 あー、ダメだ。

 何か変なテンション入ってるわ俺達。


「~ッハハハハ……!! いや、おかしいなって」

「何が、フヒッ……あぁー……もう、何これ」

「っはぁ~……帰るか」

「……ん? 帰れるのか?」

「アレを見てみ」

「……?」


 クトゥルフが消えた筈の場所に、時空の歪み。

 そう、穴が出来ていたのだ。


 実を言うと、境地はただ単に強力な力を解き放つだけの代物じゃあない。

 その真なる力は、名前の通り境地。すなわち心、魂の場所を設ける事だ。


 それは言わば、新たに小さな世界を作り出す事と同義でもある。

 クトゥルフは、今、新たな世界として再構築されたのだ。


 そう。《情報操作》を用いた、存在の強制更新を促す弾丸を打ち出すのがこの境地だ。


 技名を付けるならば、《世界化アルターワールド》か。


 この部分は作戦共有の時に伏せていたんだ。

 驚かせたくてな?


「世界の周りが無に覆われてる、つまりサーバーが回線に繋がってないなら? 簡単な話だ。有線で繋いだ機器を外に放り出して、そこでサーバーとして機能させる。無線の様なやり方で別の異世界と繋ぎ、中継点にしたって所だな」

……………ポク ポク ポク チーン

「……」


 この手の話をしても分からないよなそりゃ。

 一つ反省点っと。


「外が真空状態で音が出ないから、そのもっと外の音の出る場所に通話状態の電話放り投げてSOSって叫び続けてるようなもんだ」

(厳密には違うが)

「あっ、ちょっと分かった」

「そりゃ良かった。まぁとりあえず、行こうか」

「おう」

『次の世界はどんなところかな』

『……涼しい場所が良い』


 初めて自分の力で繋いだ、異世界へのゲート。この先がどのような場所かは分からないが、そんなのは関係無い。


 何とかして元の世界へ戻り、美味い珈琲とシュークリームを味わうのだ。


 さぁ、行き当たりばったり多世界旅行の開始だぜ。

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