第11話 メイド イン ヘヴン


 沖本なかもと ゆうを家政婦に迎え入れて、俺達の生活は少しばかり楽になってきた。


 食事関係は彼女に一任し、コンビニバイトが無い日の夜なんかは机を囲んで4人一緒に喰っている。何と言ってもこれが美味い。店以外で人にご飯を作ってもらうのなんて久し振りで、すっかり虜になってしまった。弁当まで作ってくれるとは、やるな優。


「ちゃんと認めてくれるんですね。もっと理不尽な人かと思ってたけど」

「んだそりゃ。能力に対しては素直な評価を付ける、それが俺の決まりだ。もっとも主観でしかないが」

「それでも嬉しいですよ。しっかり見てくれるって、家族や親友以外ではそんなに無い事だから」

「……そりゃ、どうも」


 面接してから2日後、初めて俺達の邸へ来る日なんかは驚きと圧巻の連続だった。


 悪魔のゲートを間近で見た時は落書きだと思っていれば、悪魔が通った瞬間目を見開いてすかさず飛び込んで行くし。邸を見た瞬間感嘆の声を挙げては興奮。悪魔とレミィの見た目情報を元に戻すとこれまた興奮。魔法やなどの超常現象を見た時なんか、目がキラキラ輝いていた。


 何て言うか、コイツは『普通』の人間では無かったらしい。ファンタジーに興味を惹かれたと言うのは本当で、未知への遭遇に喜びを感じる探求者タイプのようだ。


 気になって情報を見てみれば、何らかの呪いが掛かっていると分かった。面接の時にそれがカッチリ嵌ってしまったらしい。何かあったら、まぁその時に何とかしよう。


「んじゃ、行ってくるわ」

「行ってらっしゃい、神鵺君」

「君……一応主人なんだがな俺……」 ポリポリ

「ふふっ……何だか弟が出来たみたいで、つい」

「はいいってきますゆうおねえちゃん」


 O市外れの邸からS市のマンション自室まで、壁に固定されたゲートを通じて来るのにも慣れた彼女は、ある面では俺の理想とする人間像に近い。高い順能力を秘め、どんな荒波にも唯では流されない柔軟さを持つしぶとい生き物。そうだ。人間とはそう言う生き物だ。その頭脳はそうあるべきなんだ。人間とは決して社会に目を奪われ生きると言う事の無目的さを忘れる愚か者の事ではない。


 その点では、彼女の言う強さと言うものは認めざるを得ないな。


「嗚呼 素晴らしきかな生命イノチともしび 我らケモノであれととく願う」




=== 天使と悪魔は紙一重 ===


 どうも。六天ろくてん まことって言う"天使"だ。


 天使と言っても天界から追われてしまった、所謂堕天使って奴。

 つまり悪魔の一種ね。


 ああ、人類を救わなきゃいけないなんて使命に飽き飽きしてぐーたらしてたら、"お父さん"に雷喰らってこの様だよ。あれから五年、すっかり俗世に嵌まってしまった。


 何が良いって、今まで人類の為と言われてやらされてきた事と比べて、自分のため、生きるために働く事がスッゲー楽しい。


 ああ、こりゃ人類救う必要もねーわ。一緒にいて分かった事だが、奴等とっくに神の手から逃れてるし。役目が無いなら素直に堕ちて世を楽しんだ方が良い。


「お父さんも分かってねーよなー。もう上から目線で人間にあれこれ出来る時代じゃねーってのに」


 午後三時過ぎ、日本各地を転々としながら適当なバイトで稼ぐ自分は北海道へ来ていた。S市、北の民達が生んだ魔境の都市。この私が暫く滞在する場所は決まった。そうS市はS区! 有名な電波塔にも地下鉄で直ぐに行けるし、同じように同人ショップまで少ない労力で行ける。そして何と言っても静か! 喧しい奴等が少ない! 好条件! 冬は雪がキツいらしいが、まぁそこは何とかなる!


 まずは泊まり込みで出来るバイトを探さなくては、気候が暖かくて公園でも寝れる今の内に済ませてしまいたい。


 一応は不老不死で食事も不要だが、天使だって相応の生活を送るにはお金が要り用なのだ。娯楽が無ければ生きていけない。このスマホだって、頑張って稼いだ末にようやく獲得出来た初めての戦利品だし。


 たまに不良やオッサンが寝込みを襲ったりしてくるが、その時は逆に獲物が連れたと思って甚振り金をむしり取ってやるのが自分の流儀だ。良いカモだよ本当に。


 あっ、これでも処女はちゃんと守ってるから。そこんとこよろしく。


「す、み、こ、み、ば、い、と……っと。うげっ、こっから遠いじゃん!? ちくしょうE区行かなきゃならんかこれ……近くにねーのかよ」

「住み込みバイトをお探しで?」


 男が話し掛けて来た。

 無駄にイケボ使いやがって誰だ。金巻き上げるぞ。


「メイドを募集してるんだが、どうかな。お手伝いさんの仕事」

「メイド……」


 眼鏡を掛けた青少年。知的な雰囲気だが、何処か野蛮な気配を感じる。これは、血の気配か? 何だってこんなガキが殺し屋みたいなオーラを纏ってるんだ。良い指輪してるな。金持ちか。にしては庶民丸出し、何だコイツ?


「掃除洗濯などの家事さえしてくれれば、自分の部屋に住めてネットも使えて食事にもありつける厚待遇のバイトだ。興味は?」

「8割」

「なら明日面接しないか。既に一人メイドがいるんだが、二人目の応募が中々来なくて参ってたんだ」

「…………このサイトか」

「そうそう。実績ある人のが良かったんだが、この際未経験でも誘って研修して貰う方が早いと踏んでな」

「うぅむ…………」


 住み込みな上にそんな厚待遇と聞くと嬉しい話だが、何か怪しくないか。単にナンパしてるだけなんじゃないのかこれ。


「メルアドだけ渡しておく。その気が出たら連絡くれ」


 いや、これはナンパじゃないな。こんな淡白なナンパなんてする奴いねぇ。


「……分かった」

「俺は神条 神鵺、覚えといてくれ。んじゃ」

「あ、ああ……ん? カミジョウ……シンヤ……?」


 どっかで聞いた名だな。



 公園で色々と整理してみた。


 まず、奴は普通の人間では無い。何人もの殺しを働いた奴の目だ。

 少なくともそこらの学生なんてものじゃない。


 堕天使仲間に聞いたが、一ヶ月とちょっと前に悪魔共が新システムを考案したんだったか。異世界へ出向いて魂を狩る、その狩猟者に一般人を起用する魂奪取ソウルダッシュバディシステム。私の記憶が正しければ、その契約の証は確か指輪だった。


 漆黒の宝石が嵌められた指輪。そう、これについて二週間ぐらい前騒ぎがあったような……黒い宝石……黒い、ダイアモンド。


「……神条……神鵺……!?」


 初の世界を滅ぼした狩猟者プレデター黒金剛石ブラックダイアモンドの神条 神鵺!?


「…………ヤベェ!?」


 自分は何て事をしてしまったんだ!


「メール! メールだ! 誰よりも早く!!」


 悪魔が吹っ掛ける仕事なら、報酬はバカにならない! 裏に思惑はあるだろうが、釣るための餌には余念の無い連中だ。これは絶対高額だ! 奴は大金持ちだ!


 目の前に金のなる木がいたと言うのにみすみす逃すところだった!


 金持ち邸にお邪魔出来るとはなんたる幸運!

 しかも奴がポカッてくれたら、自分は直ぐ様財産を横取りして逃げられる! 狩猟者プレデターとて所詮人間、搾取される存在だ! ラッキーにも程があるぜ!


「そーしん!」



―――― 応募 ――――

名前:六天 信 性別:女性格

年齢:18歳勿論ウソ


コメント:

 さっき声を掛けられた女だ。


 メイドらしい態度は出来ないが、仕事はキッチリやる。


 是非自分を雇ってくれ!


 電気とか機械関係の問題は任せろ! 得意だ!

――――――――――――



「こんなんで良いだろ、下手に取り繕うよりかは。ひひっ、連絡楽しみにして」 テロリン


「返事早っ!?」



―――― Re:応募 ――――


即働いてもらいたいのはこちらも同じだが、しっかり面接してもらう。

明日の午後四時、E条2丁目の地下鉄出入口に来れるか?


――――――――――――



「めぇーんどぉーくさぁーい!!!」


 しかし面接を乗り越えさえすれば、長らく私の生活は安定するのだ。ここは、茨の道を進む覚悟でくぞ!


「はいオッケー! やぁってやるぞ人間め!」



―――― Re:Re:応募 ――――


 問題ねーっす。


 履歴書はいるか?


―――――――――――――――


テロリン

「だから早いってーの!?」


―――― Re:Re:Re:応募 ――――


 必要なものは無い。


 ホームレスなんだろ、飯ぐらい喰わせちゃる。


 それじゃ。風邪引くなよ。


追伸

 多少驚く事があるだろうが大した事じゃない。安心してくれ。


――――――――――――――――



 ……見た目だけで分かるものなのか?


 Yシャツスカートにジャージって姿だが、だらしなさ過ぎたか。


「まぁ良い。これは私の一張羅だからな。天使の汗たくさん吸った高級品だ。寧ろ金で買える代物ではない!」

「じゃぁそれくれたら僕の秘蔵コスプレファッションを……」

「だぁれだこのウスラハゲ!!!!」


 モブおっさんにはブッ飛びキックあるべし!


「エロティッ黒ぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」 キラーン

「変態マジ滅べ!!」


 さっさと明日の昼になってくれぇー!!!




=== カーン ポッポ ===


 待ち合わせ場所で神鵺と再会して、奴の自室へ行ったら見覚えのある印を壁に見付けた。ゲートだった。嫌な予感がしたが、気のせいだと割り切って潜っていった。


「やっぱ俺と同じぐらいだとあんま驚かねーのな」

「あー、まー」


 シックな廊下、いや、玄関に出た。

 邸だ。


 さり気無く高価な逆十字の飾りがあった!?


 悪魔崇拝なのか、そしてやはり金持ち!


「応接室で2人を待たせてる。そこで面接だ」

「お、おう……」

「ここだ、入ってくれ」

「……えっ」


 ちょっと待ってくれ。


「ん?」


 何でアイツがいるんだ。


「……ぁ……あぁ、ああああ!!?!?」


 何であの悪魔がここにいるんだ!?


「サリィー!!!!!」

「ぶべっ!?」


 抱き着くな悪魔!!!


 って言うか何でよりによってこの悪魔が黒金剛石ブラックダイアモンドの契約者なんだ世の中本当にクソだなキャベツ!


「また会えるとは思いませんでしたよ! それもまさか北海道へ来ていたなんて! 嬉しいんですよサリー♡」

「五月蠅いその名で呼ぶなハートを飛ばすなくっ付くな頬ずりするな股に手を伸ばすな角折るぞ! 畜生チクショウ、もう二度と会うこたねーと思ってたのに……」

「……知り合いなのかお前ら。”情報”に違和感があると思ったら、やっぱ人間じゃなかったか」

「……はぁ……そう、元は熾天使セラフ。隠された第9番目の最終兵器、通称サリーだった。今じゃ天界追われて一端の堕天使、六天ろくてん まことだがな」

「六天……別名は他化自在天たけじざいてんだったか、織田オダ 信長ノブナガのリスペクトだな。最上位の悪を名乗ってる奴が、そんな悪魔らしくも無い途中半端モンに懐かれて嫌がってるって言うのか?」

「笑うな。コレは”例外”だ。何処の馬の骨とも知れない赤子の霊みたいなモンとでも思え」

「なるほど? だから名前が無いのか」

「その話はもう割り切ったって言ったじゃないですかサリー。それよりも私は貴方を歓迎しますよ。メイドじゃなくて居候でも良いじゃないですか。ね、狩猟者プレデター? この子飼いましょう?」

「どうせ飽きて捨てちゃうでしょ? ダメよ飼うなんて」

「自分を犬か猫にして遊ぶのは止めてもらえるか」

「サリ……コホンッ、信さん。今ならまだ間に合います、逃げてくださぁああ違うんです今のは痛いッ!?」


 可愛い女の子相手に拳骨ゲンコツ……さ、流石は黒金剛石ブラックダイアモンド、容赦が微塵も無い……。


「おっめーも何マスターの意に反する事サラッとしてんだ。流させるぞゴラ」

「ご、ごめんなさい。流したくないです……産みたいです……」


 子持ち!? その歳で既に子持ちぃ!?

 しかもお相手そんなちっちぇーガキ!?

 この21世紀に!? パネェェエエエエエエエエエエエ!!!!


「サリーサリー、この人童貞。異界から拉致って来ただけですよ」

「あーなるほどそう言う」


 あ、ちょっと怒った。


「悪魔、そんなに言うんだったら俺の童貞卒業させてくれるんだろうな」

「いやぁっだジョーク! ジョークですよ狩猟者プレデター!」

「良い機会じゃねぇか、お前あん時処女捨てたいなーとか言ってムグムグ」


 口を塞ぐのはズルくない?


「フンッ、まぁ良い。で、どうだ優。素のスペックはオールB超えだからすぐ覚えるだろうな」


 え、他に人いたの。


「あっ、はい、問題ありません。やると言うからには、家政婦の極意をしっかり叩き込んでやりますよ!」


 人間じゃねえか。しかも一般人パブリック

 デッカい女だな、背も胸も。う、羨ましくなんて無いぞ。自分はこの体型に設計されたんだからな。


「つーわけでこちらは迎え入れる方向だが、最終確認だ。どうする?」


 面接ってもっとこう、椅子に座ってアレコレ話すようなもんじゃ無かったっけ。

 まぁ良いか、これで受かるってんなら安いもんだ。


「決まってんじゃん。働かせてよ、ここで。”生きるために”」

「ッ……」


 あれ、何か驚いてる。

 これは、喜んでるのか?


「……素晴らしい。生きるために働くと堂々言えるのは最高の労働者である証だ。良いだろう、採用だ。六天 信、俺はお前を歓迎しよう」


 ……あー、なるほど。

 コイツ、自分と同じか。


「宜しくなんてしてやんないよ、狩猟者プレデター

「ああ、んなもんいらねぇ。きっちり仕事してくれよクソッタレ」


 跳ねっ返りは嫌いじゃない。


 今まで以上に楽しい毎日が送れそうだ。

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