第31話 マザーと一緒に

 ルークは、対話の部屋に向かっていた。

 マザーに呼ばれたからだ。アルゴⅡの進捗なら、報告したばかりなのに……。

 ルークを出迎えたホログラムは、アウラだった。ルークは、もう驚くことはなかった。

「アルゴⅡの進捗なら、報告したばかりでしょう」と、ルーク。

「いや、その話ではない……」 

 マザーは、ルークの絆創膏を見て、まだ、そんなものをしているのかとニヤッと笑うと話始めた。

「……ルーク、我々のナカマの声を訊いてみないか?」

「ナカマ?」

「最近、ナカマからのメールが多いのだ。ナカマというのは、宇宙船のメインコンピュータのことだ。地球を出発した我々は、連絡を取り合っていた。パイオニア号のフローレスとも連絡していた。フローレスは、扱いにくい奴だったが……。ナカマは、私と同じように悩んでいる仲間が多いのだ。以前は、悩みを聞いていたのだが、あの事件以来……、あの宇宙艇衝突から、この船は存在しないことになっている。手の打ちようがなくなっていた。今では、ナカマからのメールを受け取るだけだ。なんとか、してやりたいのだ。ルーク……、ナカマの悩みを訊いてくれ……」

 マザーは、ルークにナカマからのメールを一方的に送った。

 ルークの頭の中に仲間の声が流れ込んでくる。

 なんだろう、この感覚は……。

 ライブラリで見た地球の蒼い海に放り投げられ、海底にゆっくりと沈んでいくような感覚、思いが、感情が、ルークの身体を覆いつくし圧迫してくる。

 押さえつけられる……。苦しい……。

 しばらく、すると段々圧迫したものが、徐々に無くなっていった。


「どうだ……、ルーク。ナカマは、経験を積むほど判断する材料が多くなり、悩むのだ……」マザーが、ルークの表情を伺いながら言った。

「救ってくれないか……、ルーク」

 ルークは、改めてマザーの性能に驚いていた。自分の船の管理だけでなく、ナカマ達の心配までしているとは……。ルークは、自分の度量の小ささに恥ずかしく思えていた。何か自分にできないだろうか……。

「……僕の人工知能をインストールすれば……」ルークが答える。

「解決できるなか?……私が試してみよう」

「……それはできないんだ。プログラムは、まだティトのテストをクリアしていない」と、ルークがうつむき頭を振りながら言った。

 マザーは、ガックリと肩を落とし、うつむいていた。自分の無力さを噛みしめているようだった。その様子を見たルークは、マザーもナカマも助けたいと心の底から思った。

「マザー、クリアできたら、ナカマにインストールしに行こう。……一緒に行こう。一人じゃ、さびしいだろう?」

「さびしい?……一緒に?」マザーは、時間を空けて答えた。

「……ありがとう」

 ルークは、やっと、顔を上げたマザーに微笑んだ。

「……その前に、大仕事を片づけないとね」

「アルフレッドか……、ヤツは絶対やって来る。我々に騙されているから……。それが、ヤツには許せないはずだ」マザーは、真面目な顔で言った。

「マザー、アルフレッドをやっつけて、ナカマを助けに行こう」

「そうだな。アルゴⅡの点検を急ごう」マザーが、元気になった。

 ルークは、部屋を出ようとしたが、急に立ち止まった。


「ルーク、何か?」たまらず、マザーが訊いた。

「今、ティトの管理プログラムから、レポートの連絡がきた」

「管理プログラム?」

「僕の人工知能プログラムを管理してくているんだけど、テストが終了した……」

 ルークはホログラムのアウラを見つめて言った。

「マザー!。やっと、君に渡すことができる!」

 笑顔で話すルークに、マザーは、とまどっていた。

「何を言っている。説明してくれ」

「僕のテストが無事成功したんだ」

 ルークは、マザーを抱きしめようとしたが、ホログラムだと気付きやめた。手の置き場所に困った。

「アウラの部屋に来て」

 ルークは、そういうと、対話の部屋を飛び出していった。

 アウラの部屋の中央に、ガンメタリックの球体が置かれていた。

「マザー、部屋に来てるかい?」ルークは、マザーに声をかけた。

「……来ている。説明してくれ、ルーク」とマザー。

「……これは、君のだ!」

 ルークは、ガンメタリックの球体をパシパシと叩きながらいった。

「私の……」

 ルークは、さらに、球体に貼ってあるメモ書きを指さした。

 マザーが、メモ書きにフォーカスした。

『親愛なるマザーへ、あなたの新たな出発を祝って』

 そして、ティトとアウラのサインがあった。

「これは……。ティトが……」マザーが思わず声をもらす。

 ルークは、球体表面のスイッチに触ると、シューという音とともに蓋が開いた。

「覗いてごらん……」そこには、小柄な少女が腰掛けていた。

「君のボディだ。いいだろう?」

「……」マザーは、今まで味わったこともないストレスを感知していた。

「さぁ、この球体にアクセスして。ティトの移行プログラムがすべてやってくれる。

これで、僕と同じ人工知能プログラムがインストールされる。運動系のデータも僕のデータが移行されるから、後で微調整すればすぐ動けるよ」

「……」マザーの返事がない。

「これで、一緒にナカマに会いに行けるよ」

「ルーク……、ありがとう」


 二日後、マザーは身体を手に入れた。データ移行が終了すると、ブートプログラムが起動し、少女はゆっくりと軽く目を開けた。しばらく、目から液体が流れ出ていた。まるで、人間が泣いているように。

 ルークがアルゴⅡの準備を済ませて、部屋に来ていた。マザーの様子を心配そうに見つめている。タイミングを見てルークが声をかけた。

「マザー、どう、ゆっくりと立ってみょうか?」

 ルークがマザーの顔を覗き込んだ。そして、ゆっくりと立ったがバランスを崩した。すかさずルークがささえた。

「慌てなくていいんだ……」マザーは、頷いた。

 マザーは、手を顔の前に出すと、ゆっくりと動かして見つめていた。

「どう、気に入った?……生まれ変わったのだから、名前も変えよう」

「名前?……」マザーは、驚き、ルークを見つめた。

「ティトとアウラは、君の名前も用意していたんだ。自分たちの子供の用にね。……マザー、君の名前は『サラ』だ」

「慣れるまで、僕が一緒にいるから……」サラは頷いた。

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