第17話 アウラを失った後で

 ティトは、丸二日間、眠りについていた。

 三日目にルークがティトの部屋を訪れた時は、ティトは椅子の上で膝を抱えていた。ティトは、あの黒いカプセルをじっと見つめていた。アウラが入っているカプセルだ。

 ルークは、ゆっくりとティトの横に行くと、横の椅子に腰を落とした。ティトは、ルークに気付き、ちょっとだけルークに目を向けたが、直ぐにまた黒いカプセルに視線を移した。ティトは、遠くを見ているようだった。波のあらい海のずーっと先の地平線を見詰めているようだった。

「……大丈夫ですか?」我慢できずにルークが話しかけた。

「ああ……」ティトの返事。

「食事しましたか?」

「ああ……」

「きちんと食べてください。あなたまで居なくなったら、僕はどうしていいか……」

 ルークの声は、大きくなっていた。

「私は大丈夫だ……」ティトは、相変わらず遠くを見ていた。

「何をしているのですか?」

「ただ、アウラを見ているだけだ……。不思議だろ。アウラは死んだんだ」

 と、ティトはルークに目を向けた。


 ルークは以前、農園で動かなくなっていた蜂を見つけたことを思い出していた。

 ルークが、足元に転がっていた蜂をそっと右手で摘み、左手の掌に載せ観察していた時だった。

「どうしたの、驚かせちゃった?」アウラだった。

「この蜂、動かないんだ。壊れた?」ルークは、蜂を乗せた手をアウラの方へ差し出した。アウラは、ルークの掌の蜂を見て、言った。

「残念ながら死んでいるわ」

「……死んだ?」

「分からない?……なんて言うのか、電池がきれたって感じね」

「電池を取り換えると動く?」

「生物は、電池を取り換えることができないの」

「生物?アウラも」アウラは、微笑んで言った。

「そうよ。生物はみんなそう」

「そうですか、大変だ、気を付けなくては…」

「そうね、気をつけなくてはね」アウラは優しく微笑んだ。


 あの時の感じと、今は全然違う。

 何もしたくないのだ。動きたくないのだ。頭の中が重く感じていた。

 これが人の死なのか?蜂の時とは、違っていた。


「ルーク、一人にしてくれないか……」

 急に、ティトが言った。この声が、ルークを現実へと引き戻した。

「…わかりました」

 ルークは、ティトが訊いているかわからなかったが、静かにに部屋を出で、自分の部屋に戻った。


 ルークは、いつものように服を脱ぎ、透明なカプセルに入った。自動的にシャワーが流れ、ルークの身体の汚れを洗い流していた。

 ルークは、アウラをあの黒いカプセルに入れた時を思い出していた。


 ティトが眠ってしまってから、ルークは、アウラを近くでじっと見つめ、軽くアウラの頬を指でなぞった。さっきまで、笑っていた、動いていたアウラが…。

 ティトが言うには、アウラはもう治らないらしい。もう、動かないらしい。

 これが“死”っていうものらしい。

 なんだろう?この感じは…。

『お前の仕事は、アウラを守ることなのに……』

 ルークの頭の後ろから、誰かの声が聞こえたような気がした。

 そうだ、僕がアウラを守らなければならなかったのに……。

 あの時、僕だけで宇宙船の穴を塞ぎに行っていたらこんなことには、ならなかった……。

 アウラではなく、僕が事故にあったら、ティトは同じように悲しんでくれただろうか?

『何を言っている。お前は悲しんでほしいのか?

 お前の仕事は、なんだ?……人間を守ることじゃないのか?

 それができなかった……できなかった……できなかった。

 アウラを治せた?

 治せなかった……治せなかった……治せなかった。

 それじゃ、お前は、居ても居なくても同じ存在なのか?』

「やめてくれ!!!そんなことは判っている」

 ルークは耳を塞いでいた。カプセルの中は、シャワーから温風に替わっていた。

 疲れている?まさか……冗談じゃない。疲れるはずがないじゃないか……。

『お前の頭は、特別じゃなかったのかい……』

 また、頭の後ろの方から声が聞こえる。

 足元の光の円が緑色に替わり、扉が開いた。

 筒には、『異常なし。滅菌終了』と表示されている。

 ルークは、ガンメタリックの球体の中に倒れるように横になり目を閉じると、吸い込まれていくように眠りについた。

 

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