第10話 農園で
ルークが目覚めたところだった。
ルークは、今日、夢を見なかった。
それは、ルークにとっては残念な事だった。
人間は必ず夢は見ているらしく、ただ、起きた時に覚えていたら夢を見たことになり、覚えていなかったら、夢は見なかったということらしい。
ルークは、たまに夢を覚えていることがある。
高いところから落ちたり、何か恐ろしいモノに追いかけられる夢であっても、夢を見たという事実が、うれしかった。
ルークは、夢の断片が頭のどこかに残っていないか思い出そうとした。
その断片が次の断片を呼び、ジグソパズルように夢の全体が浮かび上がることがあるからだ。
ルークは、今日の夢を思い出そうとしたが、全くという程、思い出せなかった。
それは、昨日の記憶や今日の予定が頭の中を猛烈な勢いで占領してきたためである。
ルークは、まばたきし、ベッドに備え付けの時計を見た。
六時か、ルークは、ゆっくりと上半身を起こし、部屋を見渡した。
いつもの朝だ。部屋は上から見ると円形の壁に囲まれていて、その壁は大きなスクリーンで出来ていた。好みの映像を映すことができた。
スクリーンには、山脈が広がっていた。
まるで、山頂にいるようだ。風や気温まで伝わってくるようだった。
今、その山に朝日が昇ってくる。思ったよりも早く日は昇ってきた。ルークはあまりの美しさに目を離すことができなかった。
ルークは、黄色の光が点滅しているのを視界の隅で感じていた。
部屋の隅に直径一メートル高さ2メートルの透明な円筒カプセルがあった。そのカプセルの床の淵が黄色に光っていた。三回点滅すると消え、また、黄色い光の線が円を描いている。
わかったよ、今、行くよ、とルークはその透明なカプセルに向かった。
円筒の前にくるとカプセルが開いたので、服を脱いで、その中に入った。
このカプセルは、シャワールームみたいなもので、滅菌処理までしてくれる。
カプセルの扉が開いて、ルークが出てきた。カプセルには、『異常なし。滅菌終了』と表示されている。その表示を横目で確認しながら、服に手を伸ばした。
ルークは、袖に手を通しながら、苺のことを思い出していた。ルークの農園に植えた苺。苺はどうなったのだろう。
ルークは、ズボンのベルトを締めながら部屋を出た。
ルークの部屋を左に出て、真っ直ぐ行くと農園がある。
この場所はルークのお気に入りだった。苺は、小さい緑色の実を付けていた。
「……ミ・ツ・バ・チ……」
ルークは、思い出していた。
初めて、この農園に来た時、真っ赤な苺を見つけた。
苺の赤が、目に焼き付き記憶される。
ティトとが、苺をもいで口に入れた。
「うん、甘いよ……アウラ」
「ルーク、これに苺を入れてね。赤いのを取るの」
と言って、アウラから籠を渡された。二人は、苺摘みに夢中だった。
ルークは、二人に背を向けると、そーっと苺に手を伸ばし、摘むと目の前に持っていき、くるくると回してじっくりと観察していた。そして、苺を口に入れた。
「……あ・ま・い……」
ルークの味覚・臭覚センサーが、すごい勢いで記憶していった。
そんな様子に気付いたティトが、ルークに声をかけた。
「ルーク……ルーク」
振り向いたルークの口の周りは真っ赤だった。
「ルーク!」ティトが、ルークに走り寄った。
「口を開けて、ルーク!」ティトは、ルークの口の中を覗いた。
「アウラ!……ルークが、苺を食べた!」
アウラが、落ち着いた足取りで、やってきた。
「大丈夫よ……食べたって……」何でと、ティトがアウラの顔を見た。
「食べても大丈夫なように、作ったから」
「そうなの……」ティトは、安心したようだ。
アウラが、ルークの口の周りをハンカチで拭いてあげた。
「ありがと」とルーク。
「甘かった?」笑顔のアウラ。
「うん、とっても……」ルークも笑った。
「うわー!蜂よ」ティトが、急にしゃがんで頭を手で隠した。
「ミツバチよ」と、アウラがお腹を抱えて笑った。
「ミ・ツ・バ・チ」ルークは、ミツバチを目で追って情報収集している。
「そうよ……ミツバチ……ミツバチに受粉してもらってるの」
「ジュ・フ・ン」ルークは、受粉を検索し理解していた。
「ミツバチって、すごいのよ。ミツバチは、蜜を集めるのが仕事なんだけど、花を傷付けることはないの。蜜を取る時に受粉させるの。いい関係ね」
その時、足元に転がっているミツバチを見つけた。
ルークは、ミツバチを突いてみる、微かに動いている。
そっと右手で摘み、左手の掌に載せた。
とても軽い。右手の人差し指で突いてみる。
動かなくなった。石ころのようにコロコロと転がった。
「どうしたの?」
ルークの頭の後ろから声が聞こえた。ルークは、ほんの少しびっくりし、少し肩を竦めた。
「驚かせちゃった?」それは、アウラだった。
「この蜂、動かないんだ。壊れた?」
ルークは、蜂を乗せた手をアウラの方へ差し出した。アウラは、ルークの掌の上の蜂をじっと見て、言った。
「残念ながら死んでいるわ」
「死んだ?」
「分からない?なんて言うのか、電池がきれたって感じね」
「電池を取り換えると動く?」
「生物は、電池を取り換えることができないの」
「生物?アウラも」アウラは、微笑んで言った。
「そうよ。生物はみんなそう」アウラは淡々と答えた。
「そうですか、大変だ、気を付けなくては……」
ルークは、何か悪いことを訊いてしまったようで困っていた。アウラはその様子を悟ったように、優しく微笑んだ。
「そうね、気をつけなくてはね」
そういうとアウラは、ルークの育てた苺を見るために腰を下した。
「なかなかね……」と、アウラがうれしそうに言った。
「かわいい苺でしょう」ルークは自慢げに苺の実をやさしく持ち上げた。
「苺は、匂いも味も独特だし、かわいいから特に女性からの支持は絶大よ」
「そうなんですか」ルークは苺をまじまじと見つめた。
「その苺はまだ早いわ……食べちゃだめよ」
「それくらい僕にもわかります」
からかうようにアウラが言ったので思わずルークは口を尖らせた。
「ごめん、怒らせちゃったみたいね。お詫びにこれをあげるわ」
アウラは、左手に持ったボールから何かつまむとルークの口に入れた。
「噛んでみて……」
ルークは、口に入れられた粒粒を噛んだ。酸っぱさと青臭さが口中に広がり、その情報はルークの頭の中にすごい速さで記録された。思わず顔をしかめていた。
「ラズベリーよ」
アウラは、いたずらっぽく軽く笑い振り返ると農園を出て行った。ルークは、口を開けて掌に吐き出した。それは、苺の赤とは違う綺麗な赤だった。
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