第3話 アルゴ号で

 広大な宇宙の闇の中を一隻の宇宙船が航行していた。

 宇宙船の名前は『アルゴ号』。

 アルゴ号は、映画に出てくるようなカッコイイ宇宙船ではなかった。

 それは全長数百メートルの巨大なミノムシのようはものだった。

 地球の周りに放置されたスペース・ジャンクの中から使えそうなものを収集し、宇宙船のまわりに貼り付けていたからだ。

 スペース・ジャンク収集は、地球への落下物を減らし、猛烈なスピードで飛んでくる別のスペース・ジャンクから宇宙船を守り、宇宙船の補修用の資源になり一石三鳥くらいのアイデアだった。

 この宇宙船が目指していたのは、こと座のベガとはくちょう座デネブに挟まれた領域。地球型惑星が存在する可能性が大きいという結論に達したからだった。というか、別の領域を探す時間が人類に与えられなかったといった方が正しいかもしれない。

 宇宙船は、暗い宇宙空間の旅を続けることになった。存在するか分からない人類の移住先を求めて……。

 焦ることはない。時間はたっぷりあるのだ。

 この旅は、永遠に続くかもしれない。膨張し続ける宇宙の端に追いつくことは無いのだから……。

 宇宙の風景は、全く変わらない。

 変わったことといえば、過去に人類が打ち上げた望遠鏡を見たことぐらいだ。

 時間は、時計を確認するしか術がなかった。

 この変化のない環境は、悪いことばかりでもなかった。

 自分の時間が取れるということ。つまり、自分のしたいことができるということ。

研究やアーチストのような創造する者は、好きなだけ時間を割くことができるからだ。そういった人間には、よい環境かもしれない。

 それに、人は時間を忘れるくらい集中している時は、時間が止まるらしい。細胞が時間を忘れた分、老化が進まないと言われる。


 この宇宙船の研究者、ティトは自分の部屋にいた。

 部屋の壁はスクリーンになっていて、自由に映像を映し出すことができた。

 ティトのスクリーンには、いくつかの論文や報告書のアイコンが貼り付けられていた。それは、考えを整理する時のティトのやり方だった。

 ティトは、椅子にふかぶかと腰掛け、スクリーン全体を見渡し、ポインターをアイコンに合わせ、クリックした。

 ティトは、左ひじをつき顎を支え、顎を軽く指で撫ぜると、伸びかけのヒゲがシャリと音を鳴らした。繊細な黒い瞳は、スクリーンを見つめたままだった。


 ティトは、スクリーンの片隅にウィンドウが開いたのを目の端で捕らえた。

“訪問者:アウラ”のメッセージとキラキラした黒い瞳が映っていた。

 ワザとカメラに顔を近づけ覗き込んでいたからだった。

「入っていい?」アウラが、いたずらっぽく微笑んでいた。

 魚眼レンズがアウラの可愛らしい顔を強調した。

 アウラは、腰の後ろに腕を組み、体を軽く左右に振りながら、ドアを開くのを待っていた。

「いいよ……」ティトの背後のドアが開くと、アウラが部屋に入ってきた。ティトはウィンドウからまだ目を離さない。

「な・に・してるの?」

 アウラは、ティトの後ろから手を回して左耳に囁いた。そして、ティトの見つめているウィンドウに目を移した。

「何?……」

 こんなものが面白いのとでも言うように、唇をちょっと前に突き出した。

「ああ……」ティトは相変わらずウィンドウを見ている。

「……これかぁ」ティトはつぶやくと、ウィンドウの一覧からクリックした。

 オーウェンからのメールが再生された。アウラが席を外そうとしたが、ティトがアウラの腕を引っ張ったので、アウラはバランスを崩して、ティトの横に倒れこんだ。

「オーウェンからのメールさ。居ていいよ」

 ビデオメールが終わると、アウラが言った。

「彼……元気そうね」

「コーヒーを飲もうか……」

 ティトは、お姫様をダンスに誘うようにズヴェズタへ誘った。

 ズヴェズタとは、食事・トイレ・シャワーなどの共有モジュールである。

 アウラは、お姫様のドレスは着ていなかったが、紫色のストレッチ素材の制服が女性特有の曲線を強調していた。

 ティトは、スーッと椅子を引き、アウラを座らせるとコーヒー味を選択しボタンを押した。すぐに、コーヒーの心地よい香りがする。

 ティトは、コーヒーをテーブルに置いて、アウラの横に座った。

 アウラは、チラッと様子を伺い素早く、ティトのコーヒーを一口飲んだ。アウラの顔がゆがんだ。

「うわっ……、甘い……」

 アウラは、こんなのいらないと、眉間にシワを寄せ、ティトにコーヒーを戻した。

 こんなアウラの仕草が、たまらなく可愛くて好きだった。

「……頭脳労働者だから、糖分が必要なんだ」ティトはニャッと笑った。

「……病気ね」アウラは、知らないと言う様に肩をすぼめてみせた。

 ティトは、一口飲むとそのままコーヒーカップを見つめていた。

「考え事?……」アウラが訊いた。

「オーウェンのことだけど……なんか引っかかるんだ。人工知能の研究は、ヤツの方がちょっとだけ進んでいるけど、早すぎるような気がするんだ……」

「気がするだけでしょ……」

「そうだけど……、その全てがうまく行きすぎているような」

「また、ティトの病気が出た。考えすぎよ」

 アウラはカップを両手で包むように持って、じっとティトの顔を見た。

「大丈夫、すぐオーウェンに追いつくわ。アンドロイドのボディ設計は終わっているから、すぐに制作に入るわ」というと、急ににやついた。

「……なんだよ、その顔?」ティトはアウラに訊いた。

「……すごいイケメンだから、焼きもちを焼かないでよ」

 アウラは茶目っ気たっぷりに笑う。

「イケメン……焼きもちだって……機械に焼きもち……」

 ティトもアウラにつられて笑った。ティトは、アウラを引き寄せ、軽く抱いた。

「イケメンなんか必要ないって、思ったでしょう?」

 アウラが、ティトの顔を覗き込んだ。

「綺麗な方がいいのよ……」アウラが、また、いたずらっぽく微笑む。

 ティトは、そんなアウラを見るたびに、心が躍るようだった。なんてカワイイんだろう。アウラの妖精のような容姿と小悪魔のような仕草が、ティトを虜にしていた。

 ティトは、アウラを抱いていた腕に思わず力が入る。

「……時々心配になるんだ。僕らはいつまで生きられるのだろう?この生活がいつまで続くんだろうって……。突然、終わってしまうじゃないかって……。僕はいつまでもアウラと、こうしていたいんだ」

「……私も」アウラは、ティトの顔を見上げた。

「永遠に続かないのは、わかっているさ……」

 ティトはアウラを見つめた。アウラは一呼吸すると切り出した。

「……生まれ変われるって見た事があるわ」

 ティトは知っていると大きく頷いて、カップから口を離して言った。

「……もし、僕が死んで生まれ変わったら、僕だってわかる?」

「一番ふしあわせな者を探して」すぐにアウラが返した。

 そう、アウラは、すぐに答えを返してくれる。

 アウラの読書好きなところも大好きだった。


 ティトは、物語の一説を思い出した。

『この子は、死にいくんじゃない。生まれるんじゃないか』

「生まれるか……」ティトがつぶやいた。

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