名家の系譜(4)

 さて、青嵐の騎士と後世に語られるリュカ・ラファイエットは何処にいるものか。サミュエルは修復士特有の第六感で本の歪みを探知していた。アルベールもそうやるのだろうか。

 アルベールは白い手袋に包まれた左手をすっと宙へ差し出し、人差し指で何かを描き始める。筆記体のような滑らかな指の動き。その軌跡はぼんやりと淡い光を放ち、彼が綴った文字を顕現させる。「Lucas la Fayette」――リュカ・ラファイエット。


「なるほど、なるほどですね! マドモワゼル、我が祖先はこの要塞の内側にいるようです」

「わかるんですか?」

呪文スペルは私の感覚を増幅させるための手段、とでも申しましょうか。対象の名を綴ることで本の世界のどこに探し物があるか、見つけることができるのです」


 サミュエルが「なんとなく」でぷらぷら歩くせいでセレスティーヌは「普通」がわかっていなかったのだが、どうやら一般的な修復士はこうやってさがしびと(あるいはさがしもの)を見つけるらしい。アルベールは意気揚々と要塞の扉を潜っていく。セレスティーヌも慌てて続いた。明確な目的地がわかっているという頼もしさは、サミュエルとの探索では無縁の経験だ。


 要塞の向こうにあるのは立派な壁とは対照的に簡素な作りのキャンプ地だった。柱を立て、布を被せただけの作り。すぐに撤収できるよう、機動性が重視された野営地と言うのが相応しい殺風景な世界だった。

 そのテントの一角に、青銅色の鎧に身を包んだ大男が佇んでいた。戦いに詳しくないセレスティーヌにもわかる。他者を寄せ付けない精練された一個の傑物……リュカ・ラファイエットは芸術品アートのようにそこに存在していた。


「親愛なる我らが騎士の誉れ、リュカ・ラファイエット卿! 探しましたよ!」

「……貴殿は」

「私は修復士アルベール・ラファイエット。ラファイエット卿、あなたの気高き子孫です」


 傍目にもわかる胸のそらしっぷりはいっそ清々しかった。ラファイエット家という名を誇るのがわかる朗々とした語り口でアルベールは名乗りをあげる。底抜けな明るさがどうしてか、セレスティーヌの胸をちくりと刺した。


「子孫……修復士とな? 我は戦しか知らぬ男ゆえ、そういった生業には疎いのだが」

「ラファイエット卿、ここは本の世界。私たちは未来に語り継がれるあなたのため、はるばる会いに来たのです」


 本の世界の存在は、すべてが「そこ」を空想の世界と知っているわけではない。リュカ・ラファイエットのように現実の延長として存在している場合もある。そこに突然「未来から来ました」などと言っても釈然としないのが人間の心というものだ。


「あなたの心は囚われている」


 まるで戯曲を演じるかのように、軽快なステップを踏みながらアルベールは台詞をそらんじる。


「未来から騎士の系譜が失われようとしている。それはよくない、よくないことです。ゆえに私は青嵐の騎士たるあなたを救わねばなりません。それがラファイエット家の誇りだからです」


 アルベールは編み上げたブーツで砂利の上を舞う。それはカウンセリングというよりも、演目を見せつけるショウマンに似ていた。この人はどうやって本を救うのだろう――セレスティーヌの疑問は増幅する一方だった。


「本を未来に残すには、一切の穢れなき魂が必要です。軟弱さは騎士に不要。どうしてあなたの魂が腐食されているのか、残念でなりませんが……

「なん……!」


 セレスティーヌが異論を唱えるのと、アルベールの術式が発動したのはほぼ同時だった。茶化すような道化のステップはその実、リュカ・ラファイエットを捕らえるための下準備。青嵐の騎士を囲むように描かれた舞踏の軌跡は、耳をつんざく音とともに檻を顕現させる。


 ――檻だ。これを檻と呼ばずしてなんと言えばいいのか。

 光で編まれた柔らかな鳥籠。なるほどアーティスティックで幻想的な作品である。しかしいかつく、一切の美醜から隔離された無骨な男を覆うそれは、生き方すらも否定するような残酷な檻としての面ばかりが強調される。


 騎士すらも、鳥籠で歌わされる。華やかで薄情な演目。これが修復士アルベール・ラファイエットの手腕だと言うのか。

 籠の鳥となったリュカ・ラファイエットは怒声をあげた。


「貴様、何のつもりか!」

「我らが誇り高き騎士、ラファイエット卿。その軟弱な魂を浄化すべく、私はあなたを救います」

「救いだと?」


 リュカ・ラファイエットは 咆哮する。

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