虹色のメルヒェン(6)
「ボクたちは諦めない、諦めない! この程度の修復でボクたちの願いを潰せると思うな、偽善者ッ!」
偽善者。眼前で叫ばれたコグマの最後の言葉に、セレスティーヌはただただ涙を流すしかできなかった。
凍り付いていたものが一気に解凍される。堪えていたものが一気に噴き出していく。こみあげた思いは嗚咽になって、虹色の光に導かれて霧散したコグマの傷跡をなぞるかのようだ。
「わ、たし……」
「頑張ったね、セレス。辛かったろう」
眼の前の大きな穴はいまだに存在している。「自分たちの存在を認知させる」そういった叶わぬ願いを押し付けようとする本がいるのも、また現実だ。セレスティーヌだって、これは初めての経験ではない。
ただ、それが自分の愛した本であったことが、辛かった。
「私……大好きなんです、この本が」
「うん」
「たとえ彼らが、私一人のことを忘れても……私は、やっぱりこの本が大切だから」
「うん」
童話は作者の意図を汲んだ存在である、とは言い切れない。完結され、装丁をまとった時点でその物語は一冊の「意思持つ本」になる。心を持ち、願望を抱き、読まれない現実に苦悩する。それは決して珍しくないのだ。
作者の手を離れた本は、自らの願望のために存在することになる。
「きみの思いは、大切に抱いておくんだ。コグマさんはああ言ったけど、きみのような読者が一人いるのといないのとでは、本への『救い』が変わるんだ」
「すく、い」
「そう。きみは本を救える。ぼくのような方法ではなくても、きみは最高の読者だ。それだけで、本にとっては幸せなことなんだからね」
救えると。サミュエルはそう言い切った。セレスティーヌにはサミュエルのような修復の才能はないのに、救えると。
劣等感をいだいたことはない。本に囲まれるだけでよかった。大好きな本を読み、愛し、本に関する仕事をできていることは、セレスティーヌにとって至福としか言いようがなかった。
その想いだけは、偽りがない。
「さあ、セレス。本を治そう。この穴を塞ぐのはきっと容易ではないし、いつかまた開いてしまうけれど……きみのような読者が増えれば、少しずつ癒えていくものさ」
【二冊目:修復完了 ※要経過観察】
***
その日、彼は新しい委任状を手渡されていた。
「ついに……ついに国立図書館への配属となったのですね! これは夢か、夢なのか」
頬をつねる。痛い。ほっぺたが赤く染まっただけで委任状は消滅していない。つまりこれは、現実。
銀縁のメガネのフレームを押し上げ、緩む頬を無理矢理整える。姿見の前で身なりを整えた。モノトーンのローブよし、金色の徽章よし、編み上げブーツよし。固めた髪はオールバックに。一房の綻びもない、美しい。
男は満足げに微笑んだ。
「修復士として、念願の国立図書館での勤務……! 名家ラファイエットの名に恥じぬ仕事ぶりを、ええ、してみせますとも!」
リュミエール皇国でも数少ない才能・修復士。その一人アルベール・ラファイエットは高らかに宣言した。
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