第9話

 和義の通っている高校には、向かい合った二つの校舎があり、各学年の教室は南棟に特別教室などは北棟にまとめられている。

 彼は、北棟に向かうため渡り廊下を通っていた時、花壇の側に[異様なもの]を見かけた。ただ、何を以て異様だと認識したのかが、すぐには分からなかった。

 一人の女子生徒が、中庭から彼を見つめていた。彼女の姿形は、早紀にそっくりだ。それでも和義は、話しかけようという気にならない。

 夕陽で分かりづらいが、よく見ると髪の色が違う。早紀は黒髪、中庭の少女は茶髪だ。面持ちもまるで違った。感情表現が乏しい早紀とは対照的に、懇願するような強い情動が、少女の顔に色濃く表れている。

 また、どんな人間でも生来持っていて、ごく自然に表れる生々しさの様なものが感じられない。その一方で、強い意志がある事も分かる。生き物を模した作品…といった印象を持つ。

(早紀に似せた人形みたいだ)

 見慣れた顔が、見慣れない表情を浮かべている。おどろおどろしい容姿でなくとも、形容しがたい恐怖心が生じた。

 思わず距離を取ろうとした彼の頭の中に、彼女の呟き声が伝わった。

「早紀を信じて」

 その声音には、懇願と非難の感情が入り交じっている。和義は狼狽して咄嗟に「えっ」と声を漏らしたが、瞬きをする間に少女の姿は消えてしまった。

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