第52話「さよなら、鉛筆交換」
僕が小学校4年生の時の話だ。
ある晴れた午前の授業中に、ジュンの母ちゃんが、ジュンを迎えに来た。あいつは、なにもかもをランドセルにしまいこみ、母ちゃんに連れていかれてしまった。
母ちゃんに手をひっぱられて校門をすぎる姿が、今でも目に焼付き、まぶたを閉じると、どうしても涙が流れてしまう。
◇◇◇
小学3年になってクラス替えをしてから、顔を合わせりゃ喧嘩になってしまう奴がいた。それがジュンだったんだ!
本当になんだかしらないが、そのうち、喧嘩になってしまうのだ。
そうそう、 ジュンには妹がいた。
「妹がいじめられた!!」
と、言っては、いじめた奴をブッとばしに行っていた。 でもそのブッとばしかたがあまりにひどいので、周りが止めに入るほどだった。(僕もよく止めた!)
でも、それほどあいつは、妹を大事にしていた。それはそれは、うらやましいほどだった。
そうそうジュンとの喧嘩は、凄まじいものだった!絶対に、血が出ない事はなかった。本当の本気だった! (特に口の中をよく切った!授業中はずっと血の味だった)
でもそんな大喧嘩でも、終わってしまったら何事もなかったかのように、二人で大笑いしていた!そして、一緒に悪ふざけしては、先生に怒られていた!
忘れもしないのが集会日の時だ。体育館で集まる時に歩きながら、なぜだか二人で肩をくんだんだ。そしたら……
「俺たち、親友だよなあ」
と、ジュンがボソリとつぶやいていた。
今にして思うと……それはジュンからのサインだったのだ。
あいつには、親父がたくさんいた。 着替えの時の事だ。
「どうしたんだ、それっ?」
と、聞くと……
「今の親父が、やったんだ」
と、教えてくれた。それを聞いた瞬間、頭に来た! ジュンの背中には煙草を押し付けた跡があったからだ。
「なんだよ、それっ!」
ジュンは、何事もなかったのごとく……
「いつもの事だよ。前の親父の方がヒドかったぜ!殴られてブッとんだよ。いつも口の中、血まみれ!!」
と、言ってアハハと笑った。煙草の痕が見ていて痛かった。
ジュンの母はホステスだった。旦那は毎回……な、奴らだった。
「俺と妹だけで暮らすんだあ」
「えっ!?」
意味が分からなかった。どういう事?と、聞いてもジュンは、困った顔で笑っているだけだった。
そして……あいつは施設に行く事になった。 朝、先生がそう言った。
最後の日、隣に座っていたジュンは自分の鉛筆の、六角の一面をナイフで削り、自分の名前の「ジュン」と書いて俺にくれた。俺も、同じようにした。
『俺たちは、親友だよな』
の、言葉が耳もとで聞こえた。 だから俺は言った。
「俺たち親友だよなあ!」
ジュンは俺の鉛筆を握ると、ニッコリとした。
ある晴れた午前の授業中に、ジュンの母ちゃんが、ジュンを迎えに来た。あいつは、なにもかもをランドセルにしまいこみ、母ちゃんに連れていかれてしまった。
母ちゃんに手をひっぱられて校門をすぎる姿を俺は、二階の窓から見ている事しか出来なかった。
その後、もらった鉛筆は使いきった。とっておこうと思ったが、なんか違う気がした。薄々は分かっていた。いつかは、こんな日が来るって。だからその事を、互いに殴り合いながら、確認しあったのだと思う。だから使いきったんだ!あいつは教室にいないが……
使う事であいつが、そばにいる気がして。
おしまい
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