第35話「新昔話・野菜のお化け」
「あれ?さっき洗ったのになあ」
父がふと見ると、鍋の中に、野菜クズがこびりついていた。それを見た僕は……
「野菜のお化けだよ!」
と、言った。それを聞いた父は……
「何だって?野菜のか!?アハハハ」
と、大笑いしていた。その次の日からだった。
「あっ!またあった。それも昨日より大きい」
と、父が言ったので、僕は……
「やっぱり、野菜のお化けだよ!」
と、言った。次の日も、また次の日も野菜クズがあり、日に日に大きく、クズではなく野菜の形になってきた。
「とうとう鍋から、野菜が出てくるようになったなあ!」
父は毎日、野菜が出てくる鍋にビックリしていた。
僕らは過疎が進んだ海辺の町に住んでいた。その年、野菜の高騰があり、深刻な食料危機になった。だけど我が家には、この鍋があったおかげで困らず過ごす事が出来たのだった。
「パパ、これどうする?」
鍋からは、毎日のように野菜があふれかえっていた。
「捨てるには忍びないなあ……」
と、いう訳でこっそりと、周りの人たちにも分けていった。そしてある日の事だった。
「突然にすみません。おっぱいが出なくて」
知らない女の人が、泣いてる赤ちゃんを連れてやって来た。
「持っていきな」
「いいのパパ?無くなっちゃうよ」
「元々が無かったんだよ。ここで欲に負けちゃいけない!必ず、周り回ってかえってくる」
そう言うと、父は分けてしまった。僕は、自分の家の分が無くなるのではないかと、不安で不安で仕方なかった。そして不安は的中した。それから噂を聞きつけて……
「分けて下さい!」
「お願いします、これと交換して下さい」
と、沢山来るようになった。でも父は……
「おう!もってけもってけ」
と、言っていた。でも僕の心配をよそに……なんと!集まってくる人の数に合わせたように、鍋からはさらにさらにと、野菜が溢れかえって来たのだ。
「ありがとうございます。これで家族が助かります」
「そうか、良かったなあ」
父はニコニコして、毎日毎日、来る人来る人に野菜を配っていった。
そこでまた不安になった。もし今、鍋から野菜が出なくなったらどうしよう!?きっと、父のせいにされてしまうだろう。そう僕が考えて、怖くなった泣いていると……
「大丈夫だ。他人に分けている限り、きっと無くなりはしないはずだ。お前が言っただろ?これは野菜のお化けが差し伸べたチャンスなんだよ。きっと人間を試しているのさ。まあ、俺は神もなんも信じないがな!」
と、言うと、アハハハ!と、父は笑った。
「でも、でも……」
そう僕が言うと、父は厳しい目になって……
「でも、もしそうなったら……二人でこの町を出よう……」
その父の言い方に、子どもながら強い決意を感じたのだった。
だから僕は安心した。そうパパが言っているのだ。信じようと思った。
鍋からは、どんどんどんどん野菜が溢れた!なので始めは、家の中にあった鍋も、庭先に作った配給所に移り、そして公民館、さらには学校の体育館へと場所を移し、みんなに野菜を分けて行った。
それからだった。過疎だった町が賑やかになったのは。
◇◇◇
「そうやってこの辺りの人間は、生き延びたんだよ。それからまた少しずつ、人間が増えていったんだ」
僕は息子に、昔話を話して聞かせた。
その翌週、僕の父は亡くなった。眠るような亡くなり方で大往生だった。葬儀には、とんでもない数の人が集まった。もはや国レベルだった。
それもそのはず、この地球に生きているのはこの辺りの人間だけだったからだ。そんなみんなを救ってくれた鍋は今、町の記念館に保存されている。
ちょっと遠くて新しい昔話。それは野菜のお化けが僕らを救ってくれた、そんな話だ。
おしまい
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