第15話「おんぶしてあげるね」
僕らの家からは、お医者さんの所へいくのに、ふたつ山を越えないといけなかった。僕は、よく病気になったから、その度にお婆ちゃんが、おんぶして連れて行ってくれた。
お婆ちゃんと出会ったのは僕が4歳の時だった。置き去りにされ、泣いていた僕を……
「こっち、おいで!」
と、片言の言葉で呼ぶと、しゃがんで背中を向けるお婆ちゃんがいた。そして、背負われて、その日から僕は、お婆ちゃんちの子どもになった。
お婆ちゃんは、、荷方(にかた)の仕事をやっていた。荷方とは重い荷物を背負って山を越える仕事だ。この辺の山は、岩で出来ていて荷車は通れなかった。
お婆ちゃんは大の男でも、なかなか持ち上げられない荷物を、ひょいと持ち上げては、山から山へ、人が歩いてもやっとの道を、歩いては届けて銭を稼いだ。
「また病気になってゴメンナサイ」
病気になり、お婆ちゃんの背中に背負われた僕が言うと……
「なんも気にせんと、お前が悪い訳じゃない」
と、お婆ちゃんは言った。
14歳になり、相変わらず病気の多い僕だったが、少しは、お婆ちゃんの仕事の手伝いを出来るようになった。そんなある日。
「あなたの親御さんが見つかりました!」
と、役場の人が来て教えてくれた。僕がお婆ちゃんを見ると、お婆ちゃんは家の中に入り、扉をしめ、しばらく出て来なかった。
次の朝、僕はお婆ちゃんに連れられ街にいた。
「そんな格好じゃいかん」
と、お婆ちゃんは服屋に行くと、一番上等な服を持ってこさせた。僕らはその日、ほとんど話しをしなかった。でもその夜。
「いつか、こんな日が来ると思ってた」
と、お婆ちゃんは、ぼそりと言った。
僕の本当の祖国に帰る手配は、役所が全部やってくれていた。そんな中……
「僕は行かないよ」
と、僕がお婆ちゃんに言うと、お婆ちゃんは目を丸くした。
「何言っとんじゃ!親の身にもなってみろ。会いたいに決まってる。だから探したんじゃないか!」
「でも、僕は置き去りにされたんだよ」
「それには、何か理由があったんじゃよ。またいつ会えるか分からん。ちゃんと会って来い!」
お婆ちゃんは怒って、言っていた。
次の朝。僕は出掛ける事にした。朝もやの中……
「また、帰ってくるよ」
と、僕はお婆ちゃんに言った。お婆ちゃんは……
「帰ってこんでいい!」
と、言った。
「ちゃんと帰ってくるって」
「帰って来なくていいんだよ。お前はちゃんと親の所へ帰れ。ワシはお前といられて楽しかった。それだけでいい」
「だから帰るって!」
と、僕が言うと、お婆ちゃんは僕を叩いた。
「はよ行け!二度と帰ってくんな!!」
今まで僕の事を、叩く事のなかったお婆ちゃんの姿に、僕は涙した。
「はよー、はよ行けー!」
僕は、追い出されるように家をあとにした。ちょっと行ってから振り返ると、お婆ちゃんは立っていて、大声で……
「帰ってくんなー!!」
と、叫んでいた。
それから僕は、僕の本当の祖国という所に行った。そこには、僕の家族がいて……
「お兄ちゃん、お帰りなさい」
「ごめんなさい!あの時はああするしかなかったの……」
初めて会った弟と、泣き崩れる両親が、温かく迎えてくれた。
祖国での生活は楽しいものだった。言葉がやや不自由だが、不思議な事に家族とはなんとなく通じるのだった。やはり、それが家族と言うものなのだろうか?
お父さんにも驚いた!仕草が同じなのだ。腕の組み方、うなづき方、歩き方やクシャミの仕方。
「やっぱり家族だね」
と、周りに言われた。
僕は時々、お婆ちゃんに手紙を書いた。でも……返事は来なかった。
家族には、僕がお婆ちゃんに拾われ、それから生きながらえて来れた日々を話していたから、返事が来ないことを、同じように心配してくれた。
「ねえ、お兄ちゃん。どうかな、こっちに呼んでみたら?」
弟が、父にも進言してくれた。家族の皆が了承してくれた。僕は手紙を書いた。
『一緒にこっちに住もう』
と。
しばらくして手紙が届いた。
『私は代筆を頼まれました者です。お婆様のお気持ちをお伝えしますが、その前に……』
僕はその手紙を読み……決心した。
改めて両親、そして弟に、僕の気持ちを伝えたのだった。
「僕に家族の愛情を与えてくれた人がいます。だから……僕はお返ししたい
」
両親にそう話すと……
「分かった」
と、納得してくれた。最後に僕は弟家族達に……
「両親を頼んだよ」
と、言った。
祖国にいた時間はわずか3年だったのに、もう10年も経ってしまった気がした。手紙には、お婆ちゃんの足腰が弱ってしまった事が書かれていた。そして、最後にお婆ちゃんが言っていた言葉と、その様子が書かれていた。
『もう、帰ってくるな。自分の家族と幸せになれ。そう、お婆様は言われていました。けっして流すことはありませんでしたが、あふれるほどに涙をためていました』
僕が、お婆ちゃんに拾われた時、もうすでに、お婆ちゃんだった。
だから、僕が大きくなると、もっとお婆ちゃんになっていた。
そして小さな背中に、体より大きな荷物を背負っていた。それでも、いつまでも、いつまでもその生活は、続くと勝手に思っていた。
僕はとても、とても恥ずかしくなった。
◇◇◇
「あんた!なにやってんだよ」
お婆ちゃんは、僕の姿を見てそう言った。
「帰ってきたよ」
僕は帰ってきた。
目の前には、本当にお婆ちゃんになってしまった。小さいお婆ちゃんがいた。
「本当の親の所に帰らなきゃダメじゃないか!!」
「お婆ちゃんも……僕の家族なんだよ」
僕が言うと、お婆ちゃんは家に入り、しばらく扉を閉めてしまった。
それからは僕が、荷方の仕事をやっている。お婆ちゃんはすっかり弱っていて、寝込んでいたからだ。そして、その年の冬。
初めて、お婆ちゃんが風邪を引いた。
「すまんのお、意気地がなくて。体がゆうこときかん」
「婆ちゃんのせいじゃないさ。今度は僕が、おんぶする番だよ」
僕は、お婆ちゃんを背負い山道を行く。僕の首筋に、お婆ちゃんの涙がしみてきた。
僕がまだ小さい頃
道端で泣いていると
あなたが助けてくれました
僕は背負われて、あなたの家へ
今度は僕が、守る番です
「本当に、すまんのお」
「いいんだよ、今度は僕が……
おんぶしてあげるね」
おしまい
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