第14話「天井の女の子」
『ダレカ、タスケテ』
僕はクラスでぼっちだった。どうしてそうなったのかは分からない。気づいたら僕は友達の輪の中にいなくて、気づいたら僕は独りぼっちだった。
『ダレカ、タスケテ』
そして過ぎていく時間。いつものようにチャイムが鳴り、独りで昼ご飯を食べ、またチャイムが鳴ったら家に帰った。その繰り返しだった。
そんなある日の事だった。
ニョキ
頭だった。
明らかに頭が天井から出ていた。そして次に目が見えた!
『うわっ!』
僕は心の中で叫び声を上げた!
キョロキョロ……ジーッ!
目は辺りを見回すと、次に僕の目を凝視した!
「うわーーっ!」
さすがに声が出てしまった!!
「どうした!?」
「えっ何々!?」
「なんだよビックリさせるなよ!」
と、アチコチから声が上がった!
その声に僕は周りを見た。しかし叫んだのが僕と分かると、直ぐにみんな静かになった。そして先生だけが改めて……
「どうした?」
と、僕に聞いた。
僕は天井を見たが、頭はなかった。僕は……
「何でも……何でもありません」
と、つぶやいたのだった。
『あー!なんなんだよ、アレは!?いったいなんだったんだよ!』
僕の心は、見えないはずのものが見えた不安と、さらにぼっちに拍車がかかった事への苛立ちにいっぱいになった。その日は帰りのチャイムが鳴るまで、悶々とした気持ちのままでいたのだった。
頭を見たのは、あの時だけだった。それからは、いつもと変わらずの、ぼっちの日々が続いていた。そんなある日。
「じゃあ、答えてみて!」
数学の時間、先生に指された。僕は答えが分からなかった。先生までも僕に嫌がらせをするのだと思った。その時……
「答えはX=5よ」
と、頭の上から声がした。僕は天井を見た。天井からは顔が出ていた。僕は天井を見て、目を丸くしていると、先生が……
「おい!どうした?」
と、言った。
「答えはX=5よ」
天井から顔だけを出している女の子が、無表情のまま僕に向かって言った。僕は思わず……
「えっ、えっ、X=5!」
と、僕は震える声で言った。
「正解だ」
顔だけの女の子は、ゆっくりと天井に引っ込んでいった。
それからだった。
「答えは1192年よ」
「答えは未然形よ」
「答えは……」
と、僕が答えに詰まると必ず、天井から現れては僕を助けてくれた。あいも変わらず無表情だったが。そして分かったのは、女の子の声は僕にだけしか聞こえないという事だった。
しばらく経ったある日、僕はずっと教室にいた。いつもならチャイムが鳴ると同時に帰っていたが、僕は確かめずにいられなかったのだった。教室に誰も居なくなったのを見計らって、僕は天井に向かって声をかけた!
「ねえ!キミは誰なの?」
天井に変化はなかった。
「ねえ!そこに居るんだろ?ねえ!!」
僕が何度か天井に聞いていると……
ニョキ
と、顔が出て来た。いつものごとく、無表情の女の子がそこにいた。
「ねえ、キミは誰なの?」
逆さだが、良く見ればかなりの美人だった!
「それより、アナタこそ誰?」
女の子は冷たい瞳のままで、僕に聞いて来た。
「ぼっ僕?僕はただの……ただの……ただの学生さ!」
僕がそう言うと……
「そう……」
と、言って天井に引っ込もうとした。
「ちょちょちょちょ、待って待って!」
女の子の顔の半分が引っ込んだ所で、改めて顔が出て来た。
「何?」
無表情の女の子が僕に聞いた。
「あっあの~。なっ、なんで僕を助けてくれたの?」
そう僕が言うと、無表情の女の子がさらに無表情になった。
「アナタが助けてって言ったから」
「えっ!?」
と、僕がビックリしている間に、女の子は引っ込んでしまった。
でも、その後も女の子は僕が答えに詰まると現れては助けてくれた。そしてまた放課後の事だった……
「ねえ!キミは幽霊なの?」
何度も呼ぶうちに、天井の女の子はすぐに現れるようになっていた。
「分からない」
「だって頭だけ天井から出てるなんて変だよ!ね~幽霊なんでしょ?」
「じゃあ幽霊なのかも知れない」
と、女の子は無表情のまま答えた。僕はもう聞くのをやめた。その代わりに……
「ねえ勉強得意なんでしょ?僕に教えてくれないかな?」
と、天井の女の子に聞いてみた。すると……
「いいわ」
と、答えてくれた。
それからは放課後になると僕は教室に残り、天井の女の子と勉強をした。女の子の教え方はとても上手く、僕は段々と勉強が好きになっていった。それから僕は授業が楽しくなった!
「はい!答えは……」
と、積極的に答えたり……
「お前、成績良くなったなあ」
と、先生に誉められた。その日の放課後。
「先生に誉められたよ!」
と、天井の女の子に言うと……
「そう良かったわね」
と、無表情に答えた。
「キミってさあ。頭だけに頭がいいんだね!」
と、僕がいい気になって冗談を言うと、天井の女の子は一瞬、怒ったような顔をしたかと思うと、いつもの無表情になり……
「つまらないわ」
と、言ったが、少し微笑んでいるようにも見えた。
それからの僕の成績はどんどん上がっていった。またある日の放課後、天井の女の子と勉強をしていると……
「あの席の男の子の趣味は……」
と、今度は勉強とは関係のない話を女の子はしてきた。
「えっ!?」
「アナタの趣味は何?趣味は違っても趣味に対しての気持ちは、通じる事があるはずよ」
と、女の子は言った。それから、その話からすぐの休み時間の事だった。
「なあ、お前の趣味って何?」
天井の女の子が言っていた男の子から、僕は聞かれた。
「えっ!?趣味?趣味は……そっ、それよりキミの趣味は音楽だよね?音楽のどういう所が好き?」
「えっ!?お前良く見てるなあ。俺良く雑誌見てるからなあ。てかお前、人に興味ないのかと思ったよ!俺はさあ……いつか自分の音楽を作りたいんだ」
その後は、その男の子の趣味の話を延々と聞く羽目になった。さっぱり分からなかったけど……『会話っていいなあ』と、僕は思った。
「お前、面白いなあ。今日、俺んちに来いよ!」
僕はその日、男の子の家に遊びに行った。それは、友達と上手く関われた初めての瞬間だった。とにかく嬉しかった。僕はそれ以後、良くその男の子の家に遊びに行く事になった。
天井の女の子と会わなくなって少し経った日の事だ。
「あの女の子、体調悪いけど、誰も気づいてないみたい」
クラス移動の時だった。天井から急に声がしたので振り向くと、上半身が飛び出している天井の女の子がいた。
「あの女の子、危険だよ」
天井の女の子は無表情のまま、クラスから出ていく、その女の子を指差していた。その女の子は学年でも人気の女の子だった。でも僕は天井の女の子の緊迫感とは別に……
『髪、長いんだなあ』
と、天井の女の子を見て思っていた。
「何してるの!早く行って」
僕は天井の女の子に言われ、慌てて廊下に飛び出した。その女の子は階段を登る所だった。僕が追いついたその瞬間だった!
「あっ!」
「キャー!」
周りの女の子達が一斉に騒いだ。その女の子が急に倒れたからだ!後ろ向きに倒れる女の子。倒れた女の子は間違いなく、頭を階段に打ちつける事だろう。
その時は本当にスローモーションだった。とっさに飛びつき、僕は女の子を抱えたまま、横滑りした。
間一髪、間に合った。
「だっ!大丈夫ーー!?」
悲鳴をあげて駆け寄る女の子の友達たち。僕は、その喧騒をよそに、そそくさとその場をあとにしたのだった。
次の日の事だ。
「その腕……」
登校してきた、昨日、助けた女の子が僕に言った。
「ああ、家に帰ったら痛みだして……シップ貼ってるから大丈夫だよ」
女の子はセミロングで、シャンプーのいい香りがした。
「昨日はありがとう」
そう言うと、女の子は自分の席に戻っていった。学年一の美人で可愛い女の子に言われ、僕はとてもいい気分になっていた。
それからしばらくしての放課後の事だった。
「いつも教室に残って勉強してるよね?私にも教えてくれるかな?」
学年一の女の子が居た。僕は『これは夢だ!』と思った。
「いっ、いいけど……」
僕はチラッと天井を見た。天井は変わらず、いつもの天井だった。それから僕らは、いつも放課後になると一緒に勉強をした。
その辺りから僕の学校生活が一遍していった。自然に、僕の周りに人が増えていったのだ。
「同じ趣味だね!」
「一緒に飯、食おうぜ!」
「お前って物知りだなあ」
その時、気付いたのだった。
『そうか……避けていたのは、みんなじゃなかったんだ。避けていたのは、いや寄せ付けなかったのは……僕の方だ』
ぼっちだと思っていたのは思い込みだったのだ!そして誰も悪くはなかったのだ。ただ僕は、人のせいにしていたのだ。
「後夜祭で、一緒に過ごしてくれる?」
学年一の女の子に言われ、僕は有頂天になった!僕は誰かに話したくなった。
でも……誰に?
誰もいない放課後……
「ねえ!聞いてよ」
僕は天井の女の子に話したのだった。
「聞いてたわよ。ここで言われたの聞こえてた」
「あっ!」
そりゃそうだった。ここで学年一に言われたのだ。てか、一緒に勉強してたのも、もちろん分かっているのだ。僕は『失敗した~』と思った。
「毎日、いちゃいちゃしてたわね」
天井の女の子が、僕の心を見透かし、無表情に言った。
「べっ、勉強だよ!」
「どってでもいいわ。それより……」
「それより……?」
僕は唾を飲んだ。ゴクリと音がした。
「良かったわね、後夜祭」
天井の女の子は、無表情に微笑んだのだった。
いや……本当に微笑んでくれたのだ。
「私もアナタに言わなければいけない事があるの」
天井の女の子は、また無表情になった。天井の女の子は逆さのまま、天井から降りてきた。
いつも不思議に思うのだが、天井の女の子の癖のない長い髪は、天井に向かっておりていた。決して逆立つ事はなかったのだ。てか……
「あれ!?降りられるの!」
逆さのまま、僕らは見つめ合った。
「ありがとう」
どこか寂しそうな、でも嬉しい表情を浮かべ、天井の女の子の顔が近づいて来た。
チュッ
「私、先生になりたかったんだ」
「えっ!?」
キスをされた僕は、色んな意味で驚いた。
「そうなんだ!学校の先生に」
と、天井の女の子は言うと、懐かしそうな表情になった。
「助けてって、私も言ってたの。誰か私と友達になってって……こんな事なら自分を殺さなけりゃ良かったって思ってたの。そんな時に、アナタの声が聞こえた。『助けて』って。『誰か助けて!』って。その声に呼ばれて顔を出したら、私が居た教室だったの」
僕の知っている限り、この学校でそういった話は聞かなかった。
「もしかして、昔の学生?」
天井の女の子はうなずいた。
「もう、20年も昔の話。……アナタに会えて良かった。同じ思いが私を助けてくれたの。本当に……ありがとう」
そう言うと、少しずつ天井に引っ込み始めた。
「そういえば、さっきのキス。私のファーストキスだから」
「えっ!?」
天井の女の子は、上半身だけになると……
「バイバイ」
と、逆さのまま僕に手を振り、スッっと天井に消えていった。そしてその声を最期に、幽霊の気配はなくなってしまったのだった。
後夜祭では学年一の女の子と過ごした。目の前では、炎が高々と燃えていた。炎でユラユラと揺れる影と、オクラホマミキサーのメロディーが僕らを包んだ。僕はその炎を見ながら小さな声でつぶやいた。
「誰か、タスケテ……」
無意識のうちに言っていた言葉。
「うん?何か言った?」
学年一の女の子が僕を見て、幸せそうに目を細めていた。その瞳の中には僕がいたのだった。
その後、また幽霊に会いたい気持ちはあった。放課後、誰もいない教室で、天井に向かって呼んでみたが、天井の女の子は現れる事はなかった。 そして……
『もう成仏したのかもしれないし、誰かをあてにするのも良くないな』
と、思って僕はもう、言うのをやめたのだった。
『誰か助けて』
の、言葉を。
おしまい
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