第7話「夢と獏と」

 老々介護の日々。


「あああ!」


 また妻が、夢でうなされている。僕は急いで妻の元に見に行き。


「大丈夫か?」


 と、声をかける。


「怖いよ~」


 すると妻は、僕にしがみついた。妻は夢を見てうなされていたよだ。


「怖いよ~、また夢を見るから怖いよ~」


 と、その節くれだった手で、必死に僕の服をつかんで、眠る事への不安と怖さで泣いていた。


 その姿を見ていて、僕はふと遠い昔を思い出していた。


 小学時代。怖い夢を見たと言っていた女の子がいた。だから僕は、獏(ばく)の話しをした。


「パパが言ってたけど、獏って人間の怖い夢を食べるんだって!」


「本当?でも獏はいないよ。動物園だよ」


 と、言うので、僕は獏の絵を描いた。


「これを枕の下に入れておけば大丈夫だよ!」


 と、言って獏の絵をあげると。


「ありがとう!」


 と、女の子は喜んだ。その夜から女の子は怖い夢を、見なくなったと言っていた。


 僕はふと、その事を思い出し、妻の為に獏の絵を描いてやった。


「これで大丈夫だよ」


 と、妻に手渡すと。


「これっ、これっ」


 と、急に妻は、興奮気味に涙ぐんだ。


 混沌の記憶の中にいる妻は、遥か昔に僕が描いてあげた事を、つかの間、思い出してくれたようだった。


 その夜、妻は幼い女の子のように安心した顔で、僕の描いた絵を握り締め……







 やっと眠りについたのだった。


おしまい



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