第2話「神様のスイッチ」

ビー!


 ブザーが鳴った! 僕は目の前にある、大きな赤いスイッチを押した。これが僕の仕事だった。


◇◇◇


 僕は、新しい仕事についた。ハローワークで紹介された住所に向うと、ビルがあり、エレベーターを上がり3階の奥が僕の職場だ。僕の仕事は……


ビー!


 と、ブザーが鳴ったら目の前の、机の上にある赤いスイッチを押す事だった。


 初めて会社に来た時は驚いた。会社からは、前もってマニュアルが郵送で渡されていた。マニュアルにそっていくと……


 住所の書いてある所に行く。

 会社のドアを開ける。

 右手奥の3号室で業務となる。

 業務内容は、机の上の赤いスイッチを、天井のブザーが鳴ったら押す。

 業務時間は8時半から18時。

 12時から13時まで昼休み。

 午前10時、午後15時より15分の休憩。

 週5日の勤務。

 休みまたは遅刻、早退などの場合は、電話にてフリーダイヤルへ。その後、音声案内にしたがって手続きを取る事。

 etc

 

 などなど書いてあった。まあ、こんな感じで、僕の仕事が始まった。初めての内は、興味本位で続いたが……


「だだ、スイッチを押すだけかよ!?」


 段々と業務への熱意は消えて行った。ブザーが鳴り、スイッチを押す。ブザーはいつ鳴るか分らない。一日鳴らない時もあったし、ひっきりなしの時もあった。しかし……


「ただ押すだけかよっ!?」


 一ヶ月も立つと、仕事に嫌気が差して来たのだった。だから業務中……


「アハハハッ!」


 漫画を持ち込んでしまった。しばらく様子を見たが、何も言われなかった。とはいえ、それでも飽きて来る。僕は昼休み、他の部屋のドアも開けて見て回った。恐る恐る開けると……


誰も何もいない、真っ白な部屋だった。


 部屋は、1号から6号まであった。しかし、机と椅子があり赤いスイッチがあるのは、僕のいる3号室だけだった。


 トイレはあった。その隣りは給湯室で、良くそこでお茶を沸かしたり、会社のレンジでお弁当をチンして食べた。他の、どの部屋も真っ白で、窓がなかった。空調は効いていて、いつも同じ温度と湿度のようだ。


 そうそう、一度、会社に残ってみた事があった。18時までが業務時間なので18時になると帰っていた。しばらく、椅子に座っていると、18時半になった所で……


パチンッ!


 と、照明が消え、代りに非常灯が点灯した。大慌てで僕が出ると、ドアの鍵が、勝手にかかり閉まってしまった。

 

 とにかく、変な仕事だ。しかし、給与はちゃんと銀行に振り込まれていた。

 

 半年が過ぎた辺りから、僕はこの仕事が辞めたくなった。とにかく、やり甲斐を感じないのだ。


 毎日、会社に来て、ブザーが鳴ったらスイッチを押す。その事になんの意味があるのだろう?僕は段々と、いい加減な気持ちで仕事を始め、机の上にはテレビを置き、DVDを見たり、お菓子を食べながら、ブザーが鳴るとスイッチを押していたのだった。

 

 そんな折、地震があった。業務中に地震は起こった。かなり大きい揺れだった。その最中にブザーが鳴った。


ビー!


『なんだよ、こんな時に!』


 と、思ったが取りあえず、机の下から手を伸ばし、スイッチを押した。


「あれっ!?」


 スイッチを押すと同時に地震は止まった。ニュース番組をつけた。テレビでは、臨時ニュースをやっていた。


 そのまま、つけておくと、またまた臨時ニュースが入った。なんと津波が来るらしい!それもかなりの大津波だ。すると……


ビー!


 と、ブザーが鳴った。僕は反射的にスイッチを押した。すると臨時ニュースのテロップが修正された。なんと津波の規模が小さくなったのだ。

 

 それからは、僕はテレビだけでなくパソコンやラジオを持ち込んだ。


「そうか!ヤッパリそうなのかっ!?」


 僕は自分の仕事を理解した。


 テレビで速報が出た。火山の爆発だ!


ビー!


すぐさまブザーが鳴る。スイッチを押すと……


「あっ火山がおさまった、良かったあ」


 大した災害にならずにすんだのだった。

 

 パソコンからは、世界のニュースがキャッチ出来た。森林火災発生!このままでは、街が炎に飲みまれてしまう。


ビー!


 ブザーが鳴った!スイッチを押す。森林火災は突然の雨によって鎮火した。僕は、これは……


『神様のスイッチだ!』


 と、思った。

 

 僕はそれから、やり甲斐をもって仕事に励んだ。机の上には機材が並び、地球規模のデータが瞬時に分かるようになった。

 

 太陽フレアの増大!NASAより緊急発令。太陽風に乗り、今までにない電磁場が地球に襲いかかって来た!


ビー!


 ブザーが鳴った!スイッチを押す。今回の電磁場は、大した事なく済んだのだった。


 僕は変わった。心が物凄く広くなった。僕が人類を守っているのだ!こんな気分の良い話しはない。


 それから何百、何千という危機から、みんなを守った。そして気付くと30年余りが過ぎた。


 会社から手紙が届いた。あと1年で定年であるという通知だった。通いなれた道を行く……いつもように椅子に座り、ブザーが鳴るのを待った。


 それは突然に起こった。胸から飛び出るほど、心臓がバクバクと言い出したのだった。苦しさに僕は突っ伏した。

 

『心臓発作!?』


 頭の中に浮かんだ言葉。急に静かになり、ギュウッと痛みが襲う!意識が遠のいていった……


ー!、ビー!ビー!ビー!


 ブザーの音だ。


 僕は机に突っ伏したまま、無意識にスイッチを探した。スイッチに腕が触れる。


『これが最期の仕事か』


 そう思いながら、スイッチを押した……







 すると!僕の意識は、はっきりしてきた。


『助かった!』


 そう思った。スイッチを押した瞬間、さっきまでの痛みは嘘のように無くなった。僕はその後、すぐに119に連絡した。救急車が来るまでの間。


「ありがとうございました」


 と、僕はスイッチに向かって頭を下げたのだった。


◇◇◇


 そんな事もあったこの仕事。とうとう今日でお終いだ。18時になり、終了時間となった。僕が会社のドアを出ると扉は……




 二度と開く事はなかったのだった。


おしまい



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