第07話 誤解なんだぁぁ

アティラは、カーテンと名の布を退けて、硝子扉で自分の姿を映し出されている事に気づく。


「私が映っている。まるで湖みたい!」


 鏡の原理で説明をすれば、何故硝子なのに自分の姿が映し出されているのかはっきりとなるが、アティラに取って、水で映る自分の姿以外は知らない。

 けれど、今映っている自分の姿の物を水ではないとも理解していた。

 じゃあ、一体なんだろうと興味がそっち向けになりつつあったが、仁の言葉で目が覚める。


「アティラさん、その先の扉を開ければ、綺麗な景色があります」


 扉の意味が解からず、けど目の前の水の映し身の事なのだろうとすぐに理解できた。

 しかし、ここでもう一つの問題が起きる。


「開けるとは、何の事ですか?」


 そう、アティラには、物を開けるという意味が解からない。

 何故なら『開ける』という言葉は、魚の内蔵を取り出す為に、『お腹を開ける』という意味でしか使った事がないからだ。

 食べる必要のない部位を取り除く、それ以外に意味を成さないと思っているから。

 だがこの世界では、その考え方を変えねばと努力しようとは思うものの、やっぱり引っ掛かってしまう。

 彼女の思考を察してか否や、仁はすぐさま硝子扉を横にカラカラとずらし、彼女をベランダへ導いた。


「ほら、ここから見える夜景がとても綺麗なんだ」


 仁が指差す遥か遠い街並み。

 丁度海が挟みその向こう側から見える高層ビルの明かり。

 それに合わせて、海がチカチカと輝いていた。


「わぁ~」


 説明に困るアティラは、この絶景をどう表現する事はできようか。

 そして、連想する自分の世界の満天の星々に勝るとも劣らない美しさが今見ている光景にはあった。

 彼女を見ながら仁は、息を呑み込む。

 自分の部屋に誘ってしまった過ちに緊張と高揚が高ぶり、意識が朦朧とする。

 彼女の横顔が月夜の光に照らされて、一段と胸のときめきがぐーんっと上がった。

 だから、自分でも悪いと思いながらも、今抱えている衝動を抑える事はできなかった。

 アティラの手を握り、部屋の中へ連れて行く。

 そして、壁際に置かれたベッドへ押し倒してしまった。


「アティラさん、俺……」

「どうしたのですか、熊さん」


 その行動を理解できないアティラは、勿論今まで優しくしてくれた仁に対する恐怖もなく素直に受入れる。


(このまましてしまうのか?してもいいのか?)


 彼女の反応を見ながら、何も抵抗してこない様子を見て、もう一歩踏み込もうとしていた。

 仁は、顔を段々とアティラの顔を近づける。

 唇と唇が本の数センチまで近づいたその瞬間――


バタンッ!!


 玄関の扉が開き、開けた者の大声が聞こえる。


仁兄じんにい、母ちゃんからのおかず持ってきた――よ!?」


 まだ、幼いとも言えなくもない年頃の少年が仁の家に乱入し、仁が女の子を押し倒している姿を目撃してしまった。


「仁兄が……女の子を襲っている!!」


 疾風の如く、少年は部屋を飛び去り、『母ちゃ~ん』と叫びながら去ってしまった。

 目撃された仁は、顔が真っ青になり、自分のやらかしてしまった事を改めて認識した。


(やっちまった!!しかも良太りょうたにまでばれて、母さんに報告しに行きやがった)


 説明させる暇すら与えず帰ってしまった少年――実の弟――が母に今の出来事を暴露されれば自分の人生が終わる。


(誤解なんだぁぁ!!)


 何も解からないアティラだが、さっき仁が唇を近づけてきた時に胸の奥から妙にむずがゆい感覚だけが残った。

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